96 出現
討伐した赤毛虎を俺とペレッタで解体している間に、ハルは自身の火傷を治癒魔法で治している。
事前に掛けていた耐火魔法の効果もあって、火傷の程度は軽いようだがそれでも耐火魔法を超える熱量を発していたんだよな、あの虎。そんな虎に躊躇なく抱きつくとか、ハルの覚悟もなかなか怖いな。機を逃さずって事なんだろうけど、もし俺が同じ立場だったら迷い無く出来るかどうか疑問だよ。
そんな事を考えている間に治療は終わったようだ。流石は僧侶職、頬や腕に残っていた傷もあっという間に綺麗に消えたな。
「ふぅ、もうちょっとで終わりそうだよ」
二人掛かりで行っていた剥ぎ取りも漸く終わりが見えてきた。剥ぎ取った毛皮が地面に広がっている。剥ぎ取った赤毛虎の毛皮は大人でも二、三人くらいなら横になれそうほど大きい。魔石の大きさも中々だ。赤毛虎から取れる素材は毛皮と魔石ぐらいかな。肉と骨、内臓は地中に埋めて捨てていこう。
毛皮と魔石をアイテムボックスに収納し、二つ目の群生地を目指して出発した。赤毛虎の縄張りを突っ切ればすぐに到着出来る。
「ちょっと危なかったが無事に討伐出来て良かったぜ。赤毛虎の毛皮って高く売れそうかな」
「う~ん、まぁ高く売れるっちゃあ売れるけど。でもちょっと勿体なくない?」
「じゃあ売らずに自分たちで使うのか。虎柄の服でも作る気か? 派手すぎん?」
どこぞの蛮族みたいに全身虎の毛皮に覆われた姿を想像してみる。腰巻きにマント、いっそ頭の部分を使ってフードも付けるか。
「いやいや、そのまま使うわけじゃないし。商業ギルドを通じて鍛冶士か錬金術士に依頼して、装備品にスキルを付与してもらうんだよ。赤毛虎の素材を使えば発熱か耐火のスキルが付与出来ると思うんだよね」
なるほど。どういう方法で付与されるのかは知らないが、赤毛虎の素材ならかなり高性能な装備品が出来上がるようだ。
今回、ハルの掛けた耐火魔法は赤毛虎の熱量を抑え切れず衣服の一部と皮膚が焼けた。だが耐火を付与した装備品があればわざわざ魔法を使わなくても火傷を防げるし、浮いた余力を別の事に使う事も出来るわけだ。
「冒険者ギルドへの討伐証明は素材を提示するだけでいいんだし、毛皮を自分たちで利用してもいいんじゃないかなぁ。もちろん売るってのもアリだけど」
有用なら自分たちに使うのが良いんじゃないかな。でも金に換えてその分、高価な装備品を買うというのもアリか。
「ハルはどうしたい? 赤毛虎の毛皮の使い道」
「そうですね……。腹巻きなんてどうです?」
「は、腹巻き?」
え~と……。
「ちょっとちょっと、ハル姉。何で腹巻きなの? もうちょっとこう……マントとかローブとかあるでしょ」
「ほら、うちの小さい子達の寝相が悪くてよくお腹とか出てたじゃない。これから寒くなってくるからお腹を壊さないように腹巻きがいいんじゃないかなぁ~って」
「あっはっはっは! そりゃいいや、これだけあれば全員分造ってもまだ余裕があるぞ。ついでにマフラーなんかも造ったらいいんじゃないか」
「えぇ~。なんか勿体ないなぁ……あれ、誰かいるよ」
目的の群生地が近づくとペレッタの視線の先に先客の姿が見えた。向こうも近付いてくる此方の存在に気付いたようだ。
「誰だ……ん? アオバじゃないか」
「ぅお、何だよデッカい犬だな!」
「アオバ、犬じゃなくて狼ですよ」
最初は軍隊狼の存在に警戒していたが、その背に跨がる俺達に気付いて警戒を解いたようだ。
「こんにちは、ハルさんペレッタさん。今日はイオリさんも同行してるんですね」
ルリが意外そうな顔で俺を見ている。そう言えば聖なる盾に加入した事を話してなかったな。
「ハル達の聖なる盾のパーティーに加入したんだよ。で、今日は初クエストってわけだ。お前達もここの調査か?」
「そうですよ。私達ブルーリーフも薬草の群生地調査です」
「ブルーリーフ?」
「私達のパーティー名です」
ブルーリーフ。ブルー、青。青葉、か。
「名付けたのはアオバだな」
「そうですよ? やたらと推してきたんでブルーリーフに決まりました。何か思い入れでもあるんですかね」
漢字を知らなきゃ意味もわからないだろうし、本人が気に入ってるなら野暮な事は言わずにおくか。
「でも俺達も群生地の調査を依頼されたんだが依頼が被るなんてよくあるのか?」
「薬草の発育具合を確認する依頼ですからね。冒険者ギルドも複数の冒険者を動かして出来るだけ多くの情報を確保しようとしてるんでしょう」
ルリが見せてくれた調査記録では俺達が指示された場所とは違う場所の記録もあった。
意外とこういう場所は多いのかもしれない。
「おらぁ、ルリ行くぞ!」
「わかった! それじゃイオリさん、わたしはこれで失礼しますね」
「おう、気ぃ付けてな」
アオバ達が出発し、此方も調査を開始しようかと思った矢先。
「えっ……アレ、何?」
ペレッタが空を見上げ戸惑いの声を溢した。
釣られて見るとそこには蜘蛛の巣状のヒビが何も無い空間に広がっていた。
「……何か来る」
あれは空間移動の標だ。あの砕けた空間から何者かが出てくる……のだが。
「デカい」
見ている間にもヒビは広がり続けている。
「……ハル、ペレッタ! 軍隊狼に乗れ!」
何が出てくるにせよ尋常なものではない。
その場を離れようとする俺達の真上で巨大な空間のヒビがついに砕け、虚空の奥から瘴気を纏った腐死竜が落ちてきた。