91 悩む人々
「ちぃっ!」
アオバを遠ざければ勝てると思ったが、予想以上にシェリアがやる。少し甘く見ていたようだ。
二人を守る魔法障壁にヒビを入れたが、完全には砕けていない。アオバに掛かっている加速魔法の暴走状態が解ける前に何とか一本取らないと。
下手に近付いても魔法障壁に阻まれて動きが止まる。その隙を狙われるから魔法障壁を破壊するには剣より魔法を使った方が効果的だな。
氷か岩の質量攻撃なら砕ける筈と考え、魔法を使おうとした時、訓練場を転げ回っていたアオバの声が後ろから飛んで来た。
「二人はやらせねぇぞ!」
後ろへ視線をやると加速暴走する身体を辛うじて抑えて膝をついているアオバが剣を構えている。だがそこは間合いの遥か外。そこから前進しようとしても移動速度のコントロールが効かなくて狙った所で立ち止まれない筈。……いや、待てよ。
『斬空波!』
その場で剣を振るった。やっぱり遠距離用の技だ。正気かよ!
ここは位置が悪すぎる。空を飛ぶ斬撃は一直線に俺を狙っているが、俺の後ろにはルリとシェリアがいるんだぞ。俺が避けたら狙いを外した斬撃は脆くなった魔法障壁を砕き、確実に中にいる二人に当たるぞ。
「……やれやれ」
種族『人間 伊織 奏』 『』
職業『剣士』 『錬金術士』
『斬撃と木剣を組み合わせよ 付与』
迫る斬撃を錬金術で木剣に吸収させた。だが粗末な木剣ではアオバの放った強力な斬撃と釣り合わず、木剣は内側から弾け飛んだ。
「やったぜ!」
状況を理解していないアオバには、単純に斬撃で木剣が砕けたように見えたらしい。
ようやく暴走状態が解けたアオバは、俺が武器を失ってチャンスと思ったのか一気に間合いを詰めてくる。
後ろで魔法障壁を解いたシェリアが少し困った顔で拘束魔法を準備している。
彼女も先程の斬撃は俺が受け止めなければ自分達に命中していたのが分かるのだろう。
若干、心苦しいようだがそれでも攻撃の手は緩めないようだ。
『連環捕縛』
生み出された光の輪が俺の身体をキツく締め上げる。
「これで……終わりだ!」
勝利を確信したアオバが木剣を振り上げトドメの一撃を繰り出そうと警戒もせずに突っ込んでくる。甘いよ。
種族『人間 伊織 奏』 『』
職業『剣士』 『呪術士』
『我が身を蝕む術を受けよ 身代わり』
「うげっ! な、何だコレ」
俺の身体を縛っていた光の輪がアオバへと移った。呪術を使ってシェリアの拘束魔法の対象をアオバに変更したのだ。
急に動けなくなったアオバが前のめりに倒れるのに合わせて、腹に一撃を入れた。
「ぐへっ!」
「ふむ、一本! イオリの勝利だ」
審判役のギルドマスターが宣言し、模擬戦は終了した。
「くっそぉ……また、負けた」
「お前、先走り過ぎなんだよ。仲間と連携するのも大事だし、相手をよく見るのも大事だ」
「連携ったって、そんなすぐには……」
性格なのか、アオバは単独行動が目立つ。
今は格下を相手にする事が多いから何とかなっているが、さらに上を目指そうと思えばそう言うわけにもいかない。攻撃の幅を増やして行かないと。だからパーティーメンバーを募集したんだろうが。
「命が惜しかったらもっと学ぶ事だな。仲間からも、実戦からも」
「はぁ……面倒くせ」
「負けた奴が言うな」
不貞腐れるアオバの頭を引っ叩く。
ガックリと落ち込むアオバの元へルリとシェリアがやってくる。
「模擬戦、ありがとうございました。イオリさん……ほら、立ちなさいアオバ」
「ありがとうございました。予想以上の強さでした。三対一なら勝てると思ったんですが……」
「まぁ、パーティーを組んだばっかりなんだから。これからこれから」
実際、組んだばかりのパーティーであっても模擬戦で一本取られたからな。訓練を積んで実力を付ければすぐに上位ランクに届くだろう。
「後はアオバの前に出過ぎる癖を何とかするこったな」
冒険者ギルドを出て、屋台街で買い物をしていると不機嫌な顔で座り込むルウを見つけた。
「どうしたんだ、こんな場所で」
「あ、おじさん……お帰り」
「おう、ただいま。元気ねぇな」
何やら思い悩んでいる様子だったが一緒に屋敷へ帰る途中、歩きながらポツポツと話しをしてくれた。
「……前にさぁ、新しい商売をやりたいって言ったじゃん? それでおじさんが提案してくれた『猫科カフェ』の話しを商業ギルドに持っててみたんだけどさぁ……」
そう言えば、前にそんな事を言ってたな。この様子だと駄目だったか。イケると思ったんだがな。
「提案自体は面白いけど、出店するのに必要な額を融資するには色々と問題点があるって言われて……」
「そっか……まあ、そう簡単には行かないわな。ルウ的に手応えがあるのなら、その問題点を改善して再挑戦したらいいんじゃないか?」
「それはそうなんだけどさぁ……」
商業ギルドの職員に言われた金を借りるのに障害となる問題点というのが大きく三つ。
一つ、ルウの商業ギルドの加入期間。
二つ、出店場所。
三つ、出店した後の人員の確保。
大体この三つらしい。ルウが商業ギルドに加入したのがおよそ一年前で、必要な金額を借りるには加入期間がまだ短くて信用と実績が不足していると判断されたようだ。
それと今、アケルの街にはすぐに出店出来るような空き物件が無いそうで、もし新築で建物を作ろうと思えば金額が跳ね上がるそうだ。
そして人員の問題。店の規模からしてルウ一人では無理だし、特に店の売りとして考えている召喚獣を用意する召喚士を雇用するには、通常の給金以外にもそれなりの報酬が必要となってくる。毎日毎日、俺が店に居続けるわけにも行かないしな。
ルウと二人、頭を抱えて悩みながら屋敷に戻ってくると庭で遊ぶ子供達の賑やかな声が聞こえてくる。
「お、シンク。ただいま」
「ただいま、シン兄」
玄関先の階段に一人座りながら、呆然と外を眺めているシンク。声を掛けても返事が無い。
「どした、シン兄」
「え、あぁ、お帰りルウ」
ルウが眼前で手を振るとようやく此方に気付いたが、溜め息をついてまた呆然と外を眺めてしまった。
「……何だろ?」
「さぁな」