09 思い出の指環
冒険者ギルドの受付カウンターで、依頼人にクエスト受注の連絡を取ってもらい、詳しい内容の確認の為に近くの公園で待ち合わせをする事となった。
それにしても一ヶ月も前に無くした指環を冒険者に依頼してまで捜してるなんて、よっぽど大事な指環なのかな。まぁ、その方が見つかる可能性が高くなって助かるんだが。
待ち合わせの公園は、街に住む人にとって数少ない憩いの場のようで、散歩したり木陰で本を読んだり、ちょっとした広場で遊んだりと、何とも長閑だ。
依頼人のメーアという婆さんが、石のベンチに腰掛けて広場で遊ぶ子供たちを眺めていた。こころなし、寂しげな雰囲気だ。
「あぁ……メーア、さん?」
「? もしかして、頼んでた冒険者の人かい?」
どうやら間違いないようだ。
「あの日、いつものように散歩して帰ってきたら、指環が無くなってるのに気がついてねぇ。家の中も探したんだけど無くてねぇ」
無くした指環は、亡くなった旦那さんが結婚前にプレゼントしてくれた思い出の指環だそうで、諦めきれずダメ元で冒険者ギルドに依頼を出したそうだ。
「その指環、何か特徴はないのかい?」
「えっとねぇ、指環の内側に『悪かった』って掘ってある銀の指環なんだよ」
「?? それは、また妙な……」
何でもプレゼントされる数日前に大喧嘩をして、指環はそのお詫びとして贈られた物で、三十年以上大切にしていたそうだ。
「頼んでおいてなんだけど、見つからなくても気にしないでね。いい加減、諦めなきゃいけないと思うから」
種族『人間 伊織 奏』 職業『呪術士』
「まぁ、諦めるのは俺が捜して見つからなかった時でもいいだろ? 『強い想いをこの目に見せよ、想念糸』」
術者以外には見えない光の筋が、メーア婆さんの身体からある方向へと伸びていく。
よし、成功。この術は、強い想いが必要なのと捜し物が形を保っていることが発動条件なんだよな。発動してしまえば、あとは光の筋を追うだけ。楽勝だな。
「おっ? 意外と近いぞ」
光の筋の先を追うと、すぐに低い位置になり。
「あれ? 川の中かよ」
光の筋は、公園内にある緑色に濁った川の中に向かっていた。
さて、どうやって取ろうかね。
川の透明度が低いから、手探りで捜すのは一苦労だ。
「……よし。まずは、魔法使いに変身」
種族『人間 伊織 奏』 職業『魔法使い』
『水を隔てる円形の壁となれ、氷壁』
よしよし。イメージ通り、上手く川の底を露出させる事に成功した。続いて、変身。
種族『人間 伊織 奏』 職業『召喚術士』
『我が意に従い、手足となって動け、召喚・跳躍粘体生物』
地面に描かれた魔法陣から手のひらサイズのスライムが勢いよく飛び出してきた。
こいつはスライムの亜種で、基本能力は普通のスライムと変わらないが、ゴムのように弾むので移動が速いんだ。
「いいか、石と泥以外の物を取ってこい。食った物を消化するなよ」
氷壁で水を遮って出来た川の中の陸地に、スライムを放り込みしばし待つ。
泥の地面を這いずり回り、スライムが跳び上がって戻ってきた。
戻ってきたスライムが回収した物を吐き出す。
何かの布切れ、壊れた陶器の欠片、デカい木片、錆びた刃物、汚れた袋。
「無いなぁ、ゴミばっかり……お?」
泥で汚れた指環が出てきた。回収した物の中で指環はこれだけのようだ。
「よし、残りは全部食っていいぞ」
散らかったゴミをスライムに食わせて片付けると、指環の汚れを落とす。
「ん~……聞いてた特徴通りだな」
指環の内側に刻まれた文字は、一部が見え難くなっているが間違いない。
「あらまぁ! 見つけてくれたのね!」
指環をメーア婆さんに見せて確認すると、目を細めて指環を包み込むように握り締めた。
「あぁ、良かった……半分諦めていたけど、あなたに頼んで良かったわ。どうもありがとね」
「気にするな。金をもらう為にやった仕事だからな」
これで最初のクエストは、完了だ。
メーア婆さんは何度も礼を言って、家へと帰っていった。俺もギルドに報告に行くか。
「え? あのクエスト、クリアしたんですか?」
ギルドに戻って受付カウンターで完了の報告をすると、信じられないといった表情で職員が聞き返してきた。確かに特殊なスキルが必要だが、呪術士の冒険者なら同じようにクリア出来たと思うが。
「あぁ、依頼人の確認も取れてる。で、報酬は?」
「えっと、はい。報酬の銅貨二枚と次の懲罰クエストの内容です」
トレーの上に銅貨とは別に、新しいクエストが書かれた紙が乗っていた。
「石運び……期間は二日。報酬、大銅貨一枚」
「街の外壁の一部を修理してまして、そこで使う石材を遠く離れた石切場から運ぶ仕事です。このクエストでは、二日以内に規定量の石を運んで下さい」
街の外の石切場か。そこから工事現場まで相当離れているな。規定量は百キロだから、二日間だとギリギリか。
街の雑貨屋で野営の為に必要な道具類や、非常食に水袋を買い揃え街の門を出て、石切場へと向かう。
教えられた石切場までの道のりで出てくる兎型や鼠型の魔物は、こちらが近づくと直ぐ逃げ出す小物ばかりだったが、街から離れれば次第に犬型や小鬼のような狂暴な魔物も出てくるようになった。
戦えば苦もなく倒せるが、重たい荷物を運んでいては面倒かもしれない。アイテムボックススキルが使えれば別たが、商人以外は覚えにくいスキルなのかもしれない。報酬もさほど高くないし、他に稼ぐ方法があればわざわざ選ばない不人気クエストなんだろうな。
石切場に到着すると、そこには切り出した巨石が山のようにあった。随分前から運ばれずに溜まっているな。
「あんた、石運びの人?」
石切場の警備員らしき男が近寄ってきた。
「ああ、冒険者のイオリだ。クエスト内容は、二日間で石材百キロを運ぶって事でいいかい?」
「それで合ってるよ。まあ、運べるなら幾らでも運んでくれていいんだけどね」
だろうなぁ、ここにある石材を手作業で運ぶとなると何日かかるのやら。
「確認なんだが石材が多少割れたり、変型したりしても構わないか?」
「ん? 別に構わないよ。流石に粉々じゃ困るけど、割れるなんてよくあるからね」
よし、では始めるか。
種族『人間 伊織 奏』 職業『魔法使い』
『仮初めの命を与える、立ち上がれ 力の従者・石』
乱雑に置かれていた石材が、磁石に吸い寄せられる砂鉄のように一ヶ所に集まり、徐々に人型に形成されていく。
起き上がっていく石ゴーレムを見上げていた警備員がその大きさに圧倒されて後退りする。
「これで規定の百キロは楽にクリアしてるな。それじゃ工事現場まで歩かせてくる」
「お、おう」
数十トン、或いは百トン以上はありそうな巨大な石ゴーレムがゆっくりと歩を進める。その速度は人の歩みに比べて、鈍い。一歩の移動距離が長いから日が暮れる迄には到着出来るとは思うが、それでも焦れったい。出来る事なら走らせたいが、衝撃に耐えられないだろうな。
変身スキルで変身すると基本的な職業スキルが使えるが習熟には程遠い。やっぱり練習や勉強が必要かな。変身スキルを使うとなると、面倒だがどこか人目がつかない場所でやらないとなぁ。
それでも、いざという時に備えておきたい。