88 試験中止
ひとまず気を失っている三人が魔物に見つからないように隠蔽系の結界で隠して、長距離空間転移でキャンプ地に戻った。
「キャ~ロ~ルゥ~待てって言ってるだろ!」
ギルドの鷹が木の棒に縛られて焚き火の上で炙られていた。鷹が必死に抗議の声を上げているが、それを無視してジッと待ち続けるキャロルが俺の姿を見て『しまった』みたいな顔をしている。
「コイツは食べちゃ駄目な鳥なんだ! すぐに放せ!」
「やぁだ! とりにぃくぅ!」
鷹は焚き火から解放すると羽毛を撒き散らして転げるように飛び去っていった。
「むぅ! キャロルがとったとりなのにぃ!」
「次の食事は鳥料理にしてやるから機嫌直せ。それよりギルドからの手紙は?」
キャロルが差し出した小さく丸められた紙を広げて読み進める。
どうやらシェリアの実家が下手を打って窮地に立たされているらしい。アケルの冒険者ギルドに試験中止と受験中の三人の保護を求めてきたそうだ。
冒険者ギルドからは試験の即時中止と至急帰還せよとの指示が出た。
「今さらって感じだが、一応従っておくか。三人を迎えに行ってくるから、キャロルは夕食用の鳥を捕まえてこいよ」
「つーん」
ダンジョンの五階層へ長距離空間転移で往復し、気を失った三人を連れてきた。
「このおっきぃのキャロルのね」
「はいはい。焦がさないようにクルクルしとけ」
下処理した数羽分の鳥肉を串に刺して遠火でじっくりと焼いていく。火の番はキャロルに任せて、鳥肉と軟骨をひたすら叩いてミンチにしていく。
軽く塩をふって細かく混ざりあったら鳥骨とネギで取った出汁に一口大にして投入していく。
あとは弱火で煮込んでいくか。
「ん……」
日が沈みかけた頃、匂いに釣られたのかシェリアが目を覚ました。
まだ思考がハッキリしないのか目を開けて夕焼けの空をただ呆然と眺めている。
「……ラーナ、オスタ!」
ようやく気を失う前の状況を思い出したのか、二人の名を呼び、飛び起きた。
「落ち着け、そこにいるだろ」
「あ……」
静かに眠る二人を見て、シェリアの強張った顔が少しだけ緩んだ。
「あの、ここは地上?」
「あん? 見りゃ分かるだろ」
「確か、ゴーレムを倒して……試験! 試験はどうなりましたか」
「あ~……その事なんだがよ」
ギルドの鷹が持ってきた手紙を見せ、試験中止を伝えた。
「本来なら地上に戻るまでが試験だったんだがな」
「それはどういう意味ですか。試験内容は『五階層に辿り着く事』の筈では」
「そうだよ。試験の目的地はダンジョンの五階層で間違いない。ただミスリードするように『五階層に辿り着く』という内容だけ伝えたの。実際には行きと帰りの行動全てを見る予定だったんだよ」
「……では、私達は」
五階層に辿り着いたのは良いが、ゴーレム戦で魔力切れを起こしたし五階層に着くまで大分アイテムを消費してたしな。
ゴーレムは俺が用意した物だが強さ的には五階層の魔物と同程度。五階層の魔物と戦闘していたとしても力尽きていたと思う。
「まぁ冒険者ギルド側からの指示で試験の途中で中止する事になっちゃったから、その辺の事を考慮して救済処置はしてくれるんじゃないかな」
「そう、ですか……あの、試験官から見て今回の試験はどうでしたか?」
「ん~? そうだな、もし中止にならず地上に戻るところまで続けていたとしたら……ギルドの上層部には不合格を進言していただろうな」
「……そうですか」
やはり自分でも不合格だと感じていたようだ。
元々、試験を受ける為に組まれた急造パーティーの上に、魔法使いだけというバランスの悪さが災いした。
FランクやEランクとして経験を積み、もっと戦い方を確立させていれば同じメンバーでも違う結果になっていたかもしれない。
「駄目ですね、私……意地を張って無理をして、焦ってチャンスに飛びついてしまった。今回の試験を心のどこかで学園の授業の延長線上のように考えて、自分が未熟な所為で危うく友人を犠牲にするところだった。私は……」
「三人とも高い能力があるとは思うぞ。そりゃあ未熟さ故に間違った判断をしてしまったが、それを糧にしてさらに上を目指せば良いんじゃないか? 冒険者なんてもんは勝っても負けても、生きてさえいれば次がある。終わりを迎えるその時まで全てが学びと思ってやっていけばいいじゃん」
「次……私に次なんて」
ずいぶんと落ち込んでんなぁ。実家と揉めて将来を失いかけていた自分が前に進む最後のチャンスと思って挑んだ試験だったのに結果は芳しくなく、大事な友人にまで迷惑をかけたのに、その想いにも応えられなかった申し訳なさで押し潰されそうってか?
「まぁどうするかは自分で決めるんだな。人それぞれ事情があるから好きなようには生きられんが、どう生きるかを他人任せにしてもつまらないだけだろ」
そうこうしているうちに鍋が完成したか。
夕食は鳥肉団子スープと串焼きだ。
「ほら、キャロル。熱いから気をつけろよ」
「いららきま~す!」
キャロルが熱いスープを物ともせずに一気に口に流し込んでいく。
「シェリアもどうだ?」
ダンジョンに入ってからはずっと保存食しか口にしていないから腹も空いてるだろ。
だが気持ちが落ち込み過ぎて食事をする気になれないのか、起き上がろうとしない。
「……シェリアが食わないんなら、俺が貰うよ」
「オスタ、起きてたの?」
「食おうぜ、シェリア。そんなこの世の終わりみたいな顔してないでさ」
まだ本調子ではないオスタが起き上がり、焚き火の傍で肉串を頬張るキャロルの横に座るとスープを受け取り、ゆっくりと飲み込んだ。
「あ~上手い。スープが身体に沁みるわ」
「おにくはキャロルがとったんだよ」
「そうか。ありがとよ、おチビ……うん、上手いな」
試験については何も聞かず、噛りついた肉串を味わいながらシェリアを呼ぶ。
「来いよ、腹減ってんだろ。今はアレコレ考えずに身体を労ろうぜ」
「……うん。ありがとう、オスタ」
スープを受け取り、ゆっくりとスプーンに口をつける。
「……温かい」
「おかわいぃ!」
キャロルが口の中を一杯にして空の器を突き出してくる。椀にスープを注いでいる間に、キャロルが横に座るシェリアに肉串を渡す。
「これねぇ、キャロルがとったおにくだよ」
「え、あ、そぅ……」
若干返答しづらそうに渡された肉串に口をつける。
黙々と食事をするシェリアの横で彼女をジッと凝視してくるキャロルにどう反応すれば良いのか分からず、落ち着かないようだ。
「こら、キャロル。そんなに見られてたら食いづらいだろ、こっちに来い」
「ぶうぅ」
「ぷぁっはっはっは! シェリア、わざわざおチビが捕ってきた食材なんだから、礼を言ってやれよ」
「え、あぁ……とっても美味しいわ、ありがとう」
「えへへ」
オスタの助言でキャロルの望んでいる言葉を理解した彼女が素直に礼を言うと、キャロルもにこやかに微笑んだ。
「……お腹空いたよぉ。私にもご飯ちょうだいよぉ」
匂いと話し声に誘われてラーナも起きたか。
「こっち来いよ。スープあるぞ」
「うん……貰うぅ」
三人とも起きた事だし、食後には改めて試験中止の経緯を説明するか。