87 五階層のボス
アルロワ遺跡ダンジョン地下五階層にシェリア達は恐る恐る足を踏み入れ、周囲を警戒しながら全員無事に到着した。
「……魔物は、いない、よな?」
「大丈夫みたい。とても静かよ」
階段を降りた先に広がる空間は三人の声以外、物音一つ無かった。不自然なほどに。
しかし余裕の無い三人は都合良く魔物の気配が無い状況に違和感を感じないらしく、素直に安堵しているだけだった。
「とりあえずこれで試験は終わり……だよね」
「開始前に言われた条件は『五階層に到達する』だったからね……試験官、試験はこれで」
「お前ら、何かいるぞ!」
シェリアが試験終了の確認をしようとした時、オスタが暗闇の先に何かを発見した。
直ぐ様ラーナをカバーする位置にシェリアとオスタが移動し、オスタの示した暗闇に目を凝らした。
「あれは、石像? ……違う、ゴーレム!」
暗闇の中に佇む鎧騎士の石像がゆっくりと動き出し近づいてくる。
全長三メートルほどで、ゴーレムとしては小型の部類ではあるが、神経をすり減らし疲労が蓄積した三人には魔法攻撃が効きにくい非生物魔物を相手するのは面倒この上ないだろうな。
まだ間合いは十分あるが、騎士の姿を模したゴーレムは手にした極厚の大剣を振り上げた。
巨大な大剣といってもその刃が届く距離では無い為か、まだ三人に焦りは無い。この後の行動も、振り上げた大剣を構えたまま歩いてくると予測しているのだろう。大体のゴーレムは単純な動きしかしないからね。
しかし、目の前の騎士ゴーレムは腕を振り下ろして大剣を放り投げた。大剣は風を巻き上げながら三人の後方の壁に衝突した。
「あぁ! 帰り道が」
「階段の入り口を潰された……」
三人を無視した攻撃は階段付近の壁を破壊し、崩れた瓦礫が唯一の逃げ道を塞いだ。
騎士ゴーレムの思いもよらぬ行動に三人の視線が後ろを向いた時、騎士ゴーレムのゆっくりとした歩みが一変し、轟音を上げて地面を踏み砕きながら疾走してくる。
意識を後方に向けていた為、初動が遅れ眼前に迫り来る騎士ゴーレムに対して何の対処も出来ずに無防備な姿を晒している。
それでも騎士ゴーレムの拳が叩き込まれる寸前、咄嗟にオスタがダメージ覚悟で風魔法を暴発させた。
「ぐぅあっ!」
「きゃああぁ!」
オスタの機転で巨岩の拳を躱した三人はようやく臨戦態勢を取った。
「ありがとう、オスタ。お陰で死なずに済んだよ」
「気に、すんな」
「オスタ、傷は大丈夫? 風魔法を加減する余裕は無かったでしょ」
僅かな時間で三人を吹き飛ばす威力の魔法を放つには自身の安全など気にしていられなかったのだろう。
シェリアとラーナは小さな切り傷で済んだが、至近距離で暴発した余波を身体で受けたオスタは肩や脇腹から出血していた。
「かすり傷……とは言えないが、まだいける」
「オスタ……なら、もう少し付き合ってね」
「おうよ」
オスタは痛みを堪えながら立ち上がり、シェリアから治癒ポーションを受け取り、一気に飲み下した。
「で、あのゴーレム……どう片付ける?」
「走るゴーレムなんて聞いた事ないよ。分散して多方向から攻撃をしてみる、とか?」
「だがゴーレムの倒し方は、魔力切れを狙うか正面から砕くかだ。今の俺達に長時間戦闘は無理だろ」
「なら……私とオスタがゴーレムの注意を引いて、ラーナが上級魔法で倒す、どう?」
「え、私? でも魔力が……」
全員が半分以上の魔力を失っているが、特にラーナの魔力は一割程度しか残っていない。魔法の威力を魔力で底上げしようにも足りないだろう。
「外部魔力の利用法。三人の中でラーナだけが習得出来た技があるでしょ。ラーナ、あのゴーレムを破壊するには何秒くらい必要かしら」
「……自前の魔力を使って魔法を発動させて、そこから周囲の魔力を使って威力を増幅させるとなると多分、じゅう……いえ二十秒は必要かな」
体勢を整えた騎士ゴーレムが片腕を降って地面に手を擦りつけ、巻き上げた土や石を散弾のように撒き散らした。騎士ゴーレムを警戒していたシェリアとオスタの張った障壁が防ぐ。
「それじゃラーナが身を隠して用意している間、私とオスタでアイツを左右から攻撃して注意を引きましょう」
「よし、頼んだぞラーナ!」
障壁を解除して二人が別々の方向に駆けていく。
威力よりも数を重視して火炎弾を連射するオスタと騎士ゴーレムの足場を崩そうと岩盤を破壊するシェリア。
どちらの攻撃も騎士ゴーレムの表面に傷を付ける程度ではあったが、今は一秒でも長く足止めをしようと踠いている。
しかし効果的な攻撃が出来ず、騎士ゴーレムは左右の二人を無視して岩陰に隠れているラーナに近づく。
「くそぉ……こんな事なら攻撃魔法以外も覚えておけば良かったぜ」
「ラーナ、まだなの!?」
二人の放つ魔法など意に介さず、騎士ゴーレムが拳を振り上げる。
「ヤ、ヤバい!」
「させるものですかぁ!」
形振り構わず残された全ての魔力を障壁に注ぎ込み、集中するラーナを狙う騎士ゴーレムの拳を防ぐ。二人の張った障壁が火花を散らして耐えるが、徐々に騎士ゴーレムの放つ拳の重量に圧され、障壁に亀裂が走りひび割れていく。
「……! 二人とも伏せてぇ『古の雷・暴走』!!」
障壁が完全に砕ける前にラーナの突き出した杖の先から解き放たれた制御不能の青白い電光が騎士ゴーレムの頭部と片腕を吹き飛ばし、ダンジョンの壁や天井に命中していく。頭部を砕かれた騎士ゴーレムは後ろによろめいて二、三歩下がると全身から力を失い、ゆっくりと音を立てて崩れた。
制御を捨てて威力だけを上げた結果、魔法の反動を受けてラーナは倒れ、シェリアとオスタも魔力を振り絞った事で意識を失った。
「全員、失神状態か。まぁ、良くやったかな」
離れた場所にいた俺は、軽く三人の容態をチェックして問題ない事を確認した。初めてのダンジョンで力の限り戦って全員生き残ったのは大したもんだ。
三人の介抱をしていると後ろの騎士ゴーレムの胴体が弾け飛び、中から不満げなキャロルが出てきた。
「むぅ、もっとやりたかったぁ!」
「ある程度ダメージを食らったら機能停止するようにセットしてあったからな。頭と右腕をやられたからお前の負けだ」
「ぶうぅー!」
昨日のうちにこの辺りの魔物を一掃し、新型のテストと試験の締めくくりとして用意した騎士ゴーレム。胴体に一人分のスペースを空けて操縦席を作ってキャロルを乗せてみた。
まだ自律して動くには性能不足だからキャロルに任せてみたが、早いとこ完成させないとな。
「俺は三人を起こして帰るから、お前は先に帰ってな」
「はぁい」
膨れっ面のキャロルにご褒美の小粒苺を与えて、空間魔法の長距離空間転移でキャンプ地へ送り帰した。
キャロルを送り帰した後そろそろ三人を起こそうかと思っていると地上にいるキャロルから念話が届いた。
(ねぇねぇ、なんかつかまえた)
(なんか? 何かって何?)
(とり。このとりたべたい)
鳥? 野生の鳥か? 運悪くキャンプ地に来てキャロルに捕まったのか。
鳥料理ねぇ、塩焼きにするか。待てよ、じっくり煮込んで鍋に……いや、香草を詰めて蒸し料理にしてもいいな。
(キャロル、今のうちに羽根をむしっといて)
(あいあい。てがみどうする?)
(手紙? 鳥に付いてたのか?)
(あとねぇ、あしにわっかもある)
手紙、脚に輪っか。まさか。
(キャロル、輪っかに印が無いか?)
(あるよ、けんとたて)
不味い、冒険者ギルドの使いだ。
(キャロル、ストップ! その鳥は食べちゃ駄目だ!)
(……あ~、あれ? よくきこえないなぁ、ねんぱがとどかないばしょみたいだ。ざ~ざ~)
(いや、小芝居してんじゃねぇよ! ……おい、キャロル! 食べるな、キャロル!)