86 アオハルだなぁ
「オスタは範囲攻撃、ラーナは障壁を!」
限られた空間を縦横無尽に高速で這い回る青鱗大蛇を捕捉出来ず、シェリアの放った石弾は虚しく岩壁にぶつかった。
「く、くぅ」
ラーナの張った障壁は青鱗大蛇の体当たりを何度も食らい、砕け散る寸前だ。
「は、速すぎる。無詠唱魔法でも間に合わねぇ!」
範囲攻撃といっても咄嗟に放てる魔法では、精々前方一面のみ。青鱗大蛇の姿を視認して魔法を放つ頃にはすでに範囲外にまで逃げられている。
と言うか無詠唱で魔法が使えるのか。
かなり高等な技術を学んでいるんだな。さすが学園の生徒だ。
「もう無理! 障壁が破られるよぉ」
「オスタ、障壁を!」
「それよりシェリアも範囲攻撃しろよ! 守りを固めても攻撃が当たらなきゃ意味ねぇよ!」
予想外の苦戦に、三人の連携が崩れ始めた。やはり戦術パターンが少なすぎだな。
う~ん少しだけ助け舟を出してやるか。
気配を殺して物陰に身を隠し青鱗大蛇の注意を引かないようにしていたが、一瞬だけ青鱗大蛇に殺気を飛ばした。その僅かな殺気に反応して三人への猛攻を中断して此方に襲いかかってきた。
種族『人間 伊織 奏』 『狂地霊』
職業『暗殺者』 『狩人』
素早く地中に潜って青鱗大蛇の攻撃を躱した。
攻撃対象を見失った事で青鱗大蛇が混乱している。
「今のうちに。全員で範囲攻撃!」
三人がかりで広範囲に魔法攻撃を放つ。青鱗大蛇が身を翻して躱そうとするが一瞬反応が遅れた事で完全には躱せず、長い胴体に岩石弾が命中した。
身体を潰された青鱗大蛇が激しくのたうち回る。
そこへ止めの光線が放たれた。
「はぁ……はぁ……はぁ」
「やっと、終わったぁ」
息も絶え絶えに座り込むオスタとラーナ。
「二人とも、ここはダンジョンよ。気を抜かないで」
二人と同様に消耗しているシェリアではあったが、リーダーとしての気概で踏み留まっていた。
しかし、想像以上に消耗した二人の腰を重く。
「ちょっと休もうよぉ……魔力を回復させないと進めないしさ」
「そうだぜ。まだ半分も進んでねぇのに魔力が底を突きそうだ」
「……仕方ないわね。小休憩にしましょう」
魔法使いが魔力を失えばどうにも出来ない。魔法を連発しただけでなく青鱗大蛇との戦いで冷静さを失い、魔法に過剰な魔力を込めてしまったようだ。
学園での戦闘訓練では感じなかった強敵からのプレッシャーで心を乱した所為だな。
「よお、お疲れさん。Dランクダンジョンの魔物との戦闘はどうだった? あまり無理はするなよ」
「問題ありません。すぐに出発しますのでお構い無く」
片意地を張って続行を決めたシェリアはオスタとラーナに魔力ポーションを渡し、試験を再開した。
「ふぅ。行こう、オスタ」
「やれやれ。おい、待ってくれよシェリア」
ポーションを飲んで多少魔力を回復させた二人が先行するシェリアの跡を追って下層へと進んで行く。
焦りなのかそれとも意地なのか知らないがシェリアの状況判断はあまり良いとは言えない。時間制限なんて無いんだからもっと時間を掛けて余裕を持って攻略を進めれば良いのに、必要以上に俺を意識しているようにも思える。
そりゃあ試験官なんだし、良い所を一つでも多く見せようと思っているのかもしれない。でも敵意っつうか、怒りに似た感情も感じるような気がする。なんで?
途中、何度か休憩を挟みながら地下四層まで辿り着いたものの、ラーナが魔力切れとなり足止めを余儀なくされた。
「ラーナ、魔力ポーション飲んで。すぐ出発よ」
「待てよシェリア、魔力ポーションは連続して飲み続ければ中毒を起こすだろ。ポーションに頼らず自然回復させろよ」
「ちっ……わかったわよ。十分だけよ」
「そりゃ短過ぎるだろ! もうちょっとラーナの事を考えろ!」
顔色の悪いラーナを休ませる時間を巡り、シェリアとオスタの意見がぶつかる。
「長く留まり過ぎれば多数の魔物に包囲されるかもしれないじゃない!」
「だからって今のラーナを連れて進んだ所で戦闘に参加出来ないだろ!」
怒鳴り合う二人の声を聞いて申し訳なさそうに項垂れるラーナの傍に行く。
「大丈夫か、ラーナ」
「試験官……シェリアにもオスタにも申し訳ないと思っています。私、二人よりも魔力が少なくて」
ラーナは唇を噛み締め、自分の不甲斐なさに涙を滲ませた。
「一人一人の能力に差があるのは当然なんだし、パーティーメンバーが魔法使いだけで構成されてりゃこういう事態は遅かれ早かれ起きる事だろ。そうなった時にどうするか、予め考えておくべきだったろうに……一体どうしてこの三人でパーティーを組んだんだ? 前衛職が一人でも居れば違っただろうに」
「それは……シェリアは元々学園を卒業すれば親の意向で実家に戻される事になっていたんです」
学園で学ぶ生徒の半分ほどは貴族家の人間で、大体が卒業すれば実家に戻る。学園で学んだ事を活かせる道に進める者はほんの一握りだけらしい。
「彼女は学園で努力して色々な事を経験していくうちに自分で自分の人生を歩んで行きたいと思ったそうです。でもその事は実家の親には許して貰えず、随分悩んでいました。その時に今回の冒険者試験を受ける話が来たんです。当初はバランスの良い構成でパーティーを組んでいたんですが、彼女の実家が何かしらの妨害工作をしたらしく彼女のパーティーは解散してしまったんです」
妨害か。俺の所にも来たんだし、パーティーメンバーにも嫌がらせの一つくらいあったに違いない。
「この試験に合格すれば学園側の支援を受けられるし高位冒険者への道も開けるかもしれない。そう考えた彼女は『例え一人でも試験を受ける』と無茶を言って……彼女を放っておけなくて私達は急遽パーティーを組んだんです」
「なるほどねぇ……しかし、いくら知り合いだからってよくこのメンバーでダンジョン攻略に付き合う気になったもんだ」
「ただの知り合いなんかじゃありません、大事な親友です! 彼女が三年間、努力し続けた事を知ってるからこそ、何とか力になりたくて兄と一緒にパーティーを、組んだん……です……でも、肝心な所で役に立ってない」
いよいよ気持ちが落ち込んで、閉じ籠もるように膝を抱えてしまった。
「自分で、自分達だけで彼女を助けたいと思って、他の生徒を説得せず、気持ちだけ先走ってしまった……過信した自分が、情けない、です」
力の足りない自分と思うようにいかない悔しさに涙を溢すラーナ。
それまでいがみ合っていたシェリアとオスタも、ラーナの胸中を知ってお互いに配慮の足りなさを痛感していた。ひとまず落ち着いた所で気持ちを確認しておくか。
「そんで、どうするんだ? 先に進むのか、留まるのか。それとも試験を中止するのか」
「し、試験は中止にし……」
「待ってくれ」
シェリアが試験中止を言いかけた時、オスタが彼女を止めた。
そして膝を抱えて心を閉ざすラーナに話し掛けた。
「ラーナ、行くぞ。ここからは戦闘を避けて魔力の回復を待ちながら移動する事にした」
「……私は……私はもう無理、だよ」
ラーナは気持ちが折れてしまったのか立ち上がろうとしない。そんなラーナにオスタは静かに。
「ラーナ。俺達は今回、たくさんの失敗をしてしまったな。試験が始まる前からも、ダンジョンに入ってからもだ。だが、失敗の全てが無駄になるかどうかは今からの行動に掛かっているんだ。このダンジョンに挑もうとしたのは、シェリアを助けたいって気持ちだけじゃないだろ。諦めるにしろ、先に進むしろ、感情じゃなくしっかりと考えて決めようぜ」
「私もラーナの気持ちを蔑ろにしてしまった、すまない。リーダーとしても冒険者としても……友人としても失格だと思ってる。でも、最後にオスタとラーナの気持ちに、二人のくれたこのチャンスに、応えさせてくれないか? 二人の友として恥ずかしくない姿を見せたい」
二人の真っ直ぐな気持ちに、おっさんの心が洗われるようだ。青春だなぁ。
「……ぅう、ぐぅ……よ、弱音吐いて、ご、ごめんな、さい」
顔をグシャグシャにしてラーナが立ち上がり、シェリアと抱き合って気持ちを伝えあっている。
五階層を目の前にして、ようやくこのパーティーの真の実力が拝めるかもしれない。
前日に仕込んだ俺の仕掛けも無駄にならずに済みそうだ。