83 守護領域
密集していた小鬼が立ち去ると、そこに広がる血溜まりの中に無数の肉片と臓物が転がっている。
もうどれが小鬼でどれが人間のものかわからない。こうなると男の身体がどれかも見分けがつかない。男の霊を死霊術で呼び出して情報を得たいところだが手掛かりが少ない。
スキル『変身』のリストには既に名前が載っているからその名前を頼りに死霊術で呼び出してみようと試してみたが、やはり駄目だった。おそらく死後に情報を取られないように身体や魂に何らかの仕掛けがされていたんだろう。術を使っても妙な抵抗があった。
仕方ない。もう一人の暗殺者とはなるべく正面から戦わず、隙を狙って暗殺と行くか。
通路を進み下層へと続く階段を見つけた。階段の傍には階層の主と思われる大蛇がいた。
ここは明日試験で来る予定だから今退治するわけにはいかない。何とか気付かれないように通過しないと。
種族『怨霊』 『』
職業『暗殺者』 『狩人』
怨霊に変身して姿を隠し、スキル『隠密』で感知されないように注意して階段を下りていく。
二層、三層と順調に下っていくと通路を行く人影を発見した。
此方の存在には気付いていない。目当ての暗殺ギルドの者か確認しよう。
種族『怨霊』 『』
職業『暗殺者』 『商人』
スキル『鑑定』を発動。
すると突然、男が勢いよく振り返り辺りを見回して警戒し始めた。まさか、『鑑定』を察知した?
何らかの対抗処置をしていたのか、発動させたスキル『鑑定』は不発に終わり、『鑑定』では何の情報も得られなかったが、『変身』のリストにはヘルモンドの名前が追加されていた。
『鑑定』の不発で接近に気付かれた以上、此方が見つかる前に先制攻撃するか。
天井スレスレを移動し、前後左右を警戒するヘルモンドの真上から奇襲を仕掛ける。
首を掴もうと伸ばした右手が見えない障壁に阻まれ、火花を散らして弾かれた。
「ぅうおっ! 何だ」
激しい衝撃でようやく真上にいる俺の存在に気付いたヘルモンドが、驚きながら後退りする。
「あん? 怨霊か……」
認識していなかった俺の攻撃を防いだあの障壁、自動発動か? 厄介な。
種族『怨霊』 『』
職業『魔法使い』 『錬金術士』
『氷よ、鋭い刃となれ 氷撃針』
放たれた細長い氷の針が見えない障壁に当たる。防がれても構わず撃ち続ける。
魔法障壁ならどこかで限界が来る筈。だが。
「へ、へへ、俺の『守護領域』はそんな攻撃で破れるわけねぇだろ」
ヘルモンドの言う通り、いくら攻撃しても不可視の壁を突き破る事が出来ない。続けて氷から大岩に切り替えて大質量をぶつけても障壁は微動だにせず、ヘルモンドも余裕を取り戻してニヤついている。
「無駄無駄、魔法だろうと何だろうと通さねぇよ」
確かに、この障壁の耐久性や持続性は異常だ。これ程の性能を生み出すにはかなりの魔力を消費する筈だが、障壁の向こう側にいるヘルモンドにそこまでの魔力を感じない。
「まずは鑑定しておくか……鑑定の札はまだあったか?」
ヘルモンドが懐から一枚の札を取り出し念じると、強い視線を感じた。なるほど、さっきヘルモンドはこれを感じたのか。
発動と同時に札は燃え上がり、ヘルモンドは不審な表情で此方を見ている。
「怨霊で魔法使いか……だが、妙なスキルがあるな。変身に支配無効だと? まだ見えていない情報もある、どうなってんだ」
どうやらあの使い捨ての札は全ての情報を見せたわけではないようだな。しかしスキル『変身』がバレたのは不味いぞ。
「ただの怨霊じゃない……変身……変身のスキル? まさか、ユニークスキル!? お前も転生者だったのか! なんとまぁ、哀れな怨霊に成り果てたか」
お前も? じゃあコイツ……俺と同じ転生者なのか。そうか、転生の時に貰ったスキルがこの『守護領域』とかいった障壁なのか。俺のスキル『変身』を使う時に負担は無いから、コイツの『守護領域』も負担無しで使えているのか。
さて、どうするか。秘密をズバリと当てられたがまだ半信半疑といった所だろ。わざわざ答え合わせをしてやる義理も無いし、黙っとこ。
『炎よ、暴れ狂い焼き尽くせ 火炎渦』
ヘルモンドの周りに渦巻く炎の渦が生まれ、標的を飲み込んで大火へと変わっていく。
骨さえ残らない火炎の乱舞でも球状に展開した障壁がヘルモンドを守っている。
「しつこい奴だな。俺の『守護領域』は絶対に破れ無いんだよ! 同じ境遇の奴に出会うのは初めてだが、俺は忙しいんだ。いつまでも遊んでらんねぇんだよ!」
遊んでいられないと言う割には反撃してこないな。
怨霊に対して有効な攻撃手段を持っていないのか?
『炎よ、暴れ狂い焼き……』
「調子に乗るな!」
火炎渦の効果が消え、再度発動させようとした瞬間を狙ってヘルモンドが仕掛けてきた。
それまでヘルモンドを守っていた球状の障壁が、今度は俺を包むように展開した。これは閉じ込められたか。
「防御ばかりじゃない。拘束用の障壁にもなるのさ、例え怨霊であっても脱け出せねぇぞ」
試しに触れてみたが火花が散り弾かれ、すり抜ける事は出来なかった。確かに俺を守るものでは無く閉じ込める為の障壁だな。
「ったく、簡単な仕事の筈だったのに……コイツ、どうするか。ドニの奴に契約させるか? いや、今は無理か」
ドニ? あぁ、上の階層で小鬼の群れに殺されたあの男の事だな。
『ドニと言うのは上の階層にいた従魔士か』
「お前、喋れんのか。怨霊にしては理性的だな。ドニの事を知ってるって事は、奴を殺したか」
『まぁ半分は正解だ。此方も殺す気ではいたが、実際には奴が従えていた従魔が八つ裂きにした』
「ちっ、あの役立たずの馬鹿が。こうなったらお前は不要だ『守護領域』を縮めて圧死してやる」
俺を閉じ込めていた球状の障壁がゆっくりと縮んでいく。此方が抵抗しても収縮は止まらない。
『我が身を隠せ 黒消失』
球状内部が黒い煙りに覆われ、外部からの視界を遮った。これで何をしているかわからないだろ。
「無駄な足掻きだ! 『守護領域』からは逃げられん」
果たしてそうかな?
種族『怨霊』 『』
職業『呪術士』 『召喚術士』
『彼の地へと至る門よ、開け 転移門』
開いた転移門を通ってヘルモンドの死角に出た。
「あばよ、化け物。ドニが生きてりゃ手駒として使ってやったんだがな……ユニークスキル持ちの怨霊なら重宝したのによぉ、残念だぜ!」
無人の障壁が元の半分ほどにまで小さくなり、俺が中にいると思い込んでいるヘルモンドが一気に消滅させようとした瞬間、後ろからヘルモンドの首を掴んだ。
「ひぃ! な、何故、お前……」
『魂に食い込め 奴隷の契り』
「ひぃぎいぃああぁ!」
『守護領域』の使用中なら触れると思ったよ。
奴は火炎渦の魔法効果が消えてから俺を捕らえた。もしも『守護領域』を使ったまま別の場所に同時展開出来るなら火炎渦の魔法が消えるのを待つ必要が無い筈。
『守護領域』というのは元々、防御用のスキルなんだからそれを攻撃に応用したのは間違いだったな。
もっとスキルを磨いておけば防御面で隙の無い物になっただろうに。