82 試験前夜
街を出て馬車に揺られて街道を進み、途中休憩で川の近くに停車した。
馬車の御者が馬に水を飲ませ、休息を取る間に此方も軽く身体を解しておくか。
「なぁなぁ、おやつたべたい」
「おやつか……ポップコーンでも作るか」
簡易竈にアイテムボックスから取り出した蓋付きの鍋を乗せ、乾燥してカチカチの玉蜀黍の粒、オリーブ油、塩を混ぜて強火にかける。
時折鍋を揺らしながら数分待つ。
「……いいにおい」
キャロルは目を閉じて鼻をヒクヒクさせながら出来上がりを今か今かと待ち焦がれている。
「あ、あの何を作ってるんですか」
匂いに釣られたのかラーナが恐る恐る声を掛けてきた。
「あぁ、うちのキャロルが小腹が空いたってんでおやつをな……」
香ばしい匂いと共に鍋の中で粒が弾ける音がする。
蓋を持ち上げ、鍋から溢れるほどに膨れ上がったポップコーンを待ちわびたキャロルの口に放り込む。
「うまうま~」
「どれ……うん、ちょっと焦げたけどまぁまぁか。アンタも食うか?」
「い、頂きます……」
出来上がったポップコーンを頬張りながら、ラーナは何か言いたげな顔でキャロルを見ている。
「あの、その子は本当に従魔なんですか?」
「あぁ、そうだよ。見た目と行動からは見えないだろうけど。上級の吸血鬼なんだよ」
ラーナが疑う気持ちも良くわかる。ポップコーンを口一杯に詰め込んだ姿に、上級の吸血鬼としての威厳も脅威も無いからな。
「ほ、本当に? 吸血鬼は太陽の下で活動出来ない筈では……」
「言ったろ、上級の吸血鬼だって。吸血鬼の中でも太陽の光りを克服した種も存在するって聞いた事ないか?」
「一部の吸血鬼には、そんな種もいるとは聞いた事がありますが……」
説明されても目の前にいるキャロルが本当に上級の吸血鬼なのかと、未だに信じられない様子でジッと見詰めている。
「ところでアンタ達は全員魔法使いだが、学園ってのは魔法使いだけを育てる学園なのか?」
「いえ、戦闘職なら大体は学べる所です。わ、私達のパーティーが偏ってるのは……その……」
何か言い難い事情があるようだ。
「ラーナ! 詰まらない話をしていないで、戦闘時の連携確認をするわよ!」
「は、はい!」
シェリアが話を遮り、去り際に此方を睨み付け。
「あまり詮索しないでもらえます? 貴方はただの試験官なのですから、分を弁えて下さい」
「そりゃ悪かったね。ただ幾つか、試験官として確認しておきたい事があるんだが」
「何か?」
「これからアンタ達は試験でダンジョンに潜るわけだが、このメンバーでダンジョンに潜った経験は?」
「……ありません」
「……このメンバーは正規メンバーか? 組んでどのくらいだ」
「その質問に答えなかったら試験は失格ですか?」
「いや、そんな事は……」
「では、これで失礼します。やる事があるので」
どうやら痛い所を突いたようだ。あの反応から察するに、このメンバーは試験を受ける為に急造で組まれたパーティーかもしれん。
どういう経緯で組む事になったのかは知らないが、ちょっと危ういかもしれないな。
その後、目的地近くの森の中で野営をする事となった。
ここまでの道中では、意外なほど魔物と遭遇しなかったお陰でスムーズな移動となったが、流石に休み無しでダンジョンに突入するのは無茶なのでここで一泊する。
夕食後、各自テントで休む前に見張りの順番を決めようとしたが、俺が監視用の召喚獣を用意する事を提案した。
「試験開始はダンジョンに入ってからだ。明日の試験に備えて十分に休息を取ってくれ」
「そう言うのであれば、一晩の見張りはお任せします」
召喚術で小型の鳥を数羽呼び出して周囲に放つ。
警戒心の強い鳥で付近に脅威となる魔物が近付くとけたたましく鳴いて群れに知らせる習性がある。
ダンジョン付近は魔物の生息数が少ないから出番は無いかもしれないが用心に越した事はない。
ついでに。
種族『人間 伊織 奏』 『』
職業『召喚術士』 『狩人』
『身代わりとなり、周囲を警戒しろ 召喚・幻身獣』
呼び出した粘体生物が激しく蠢き、俺の姿となった。
「それじゃ頼むぞ」
「承知しました」
周囲の身張りを姿を変えた幻身獣に任せて、俺は一足先にダンジョンへと向かった。
種族『黒狂犬』 『大鬼』
職業『狩人』 『暗殺者』
額から角を生えた体格の良い黒狂犬に変身し、ダンジョンに突入する。
すでに暗殺ギルドの刺客が中に侵入し、待ち伏せている筈だ。夜の内に片付けておかないとな。
ダンジョン内を疾走し雑魚魔物を無視して階下を目指す。
途中で通路を塞ぐ大鬼騎士や巨大粘体生物を葬り、順調に突き進んでいると異様な気配を感じて足を止めた。
『何だ、この気配は』
薄暗い通路の奥、広い空間に繋がっているようだがそこに感じる魔物の気配が三十以上ある。
気付かれぬようにゆっくりと進み、物影から観察する。
そこには武装した小鬼の群れが存在した。手にした武具は粗末な物だが、この数に押されれば多少の実力差など容易くひっくり返される。
それに小鬼に混じって小鬼剣士や小鬼魔法使いといった上位種までいる。普通の群れじゃないな。
狩人と暗殺者が共通して使えるスキル『隠密』を重ね掛けして、ウジャウジャいる小鬼に気付かれないようにしてさらに侵入する。
重ね掛けしたスキルと薄暗さに溶け込む体毛のお陰で静かに奥へと進めた。
異常な数の小鬼の中でも、一回り大きな小鬼がいた。
そしてその傍らに以前、大猪鬼をけしかけてきた暗殺ギルドの男がいた。
「ったく。こんな詰まらねぇ仕事なんざ、さっさと終わらせたいぜ」
奴は確か従魔士だったな。この小鬼を用意したのも奴だな。橫にいるのは群れのボスか。
奴以外にもう一人、どこかにいる筈なんだが。ダンジョンのさらに奥か?
「皆殺しにすれば早いのによぉ……一人だけ生かして帰せとか、クソ面倒くせぇ」
ボヤいていた男が群れのボスを足蹴にして怒鳴りつける。
「オラッ! もっと眷属を増やせ!」
蹴られた群れのボスが一鳴きすると数匹の小鬼が出現した。だが新たな小鬼を召喚した事で群れ全体への支配力が低下し、統制が取れなくなっていた。
あちこちで小鬼が騒ぎ出し、仲間内で小競り合いを始めた。これは使える。
種族『黒狂犬』 『大鬼』
職業『狩人』 『呪術士』
『憎め、争え、潰しあえ 狂争』
一部の暴走が瞬く間に群れ全体に広がり、狂乱状態の小鬼達が血飛沫を上げて暴れ回る。
「な、何だこれは! クソ……おい、コイツらを黙らせろ!」
男がボスに命令するが、ボスは身体を硬直させて動こうとしない。
「おい、聞いてんのかっ! しっかりしろ、ボケ!」
また足蹴にしようとした男を暴走したボスが弾き飛ばした。
突然吹き飛ばされた男は暴れ狂う小鬼達の群れに飲み込まれ、四肢を引き裂かれて絶命した。
術者が死んだ事で従魔術が解け、数の減った小鬼達はダンジョン内へ散っていった。




