81 顔合わせ
小鬼剛腕拳士との勝負は引き分けに終わった。
お互いに決め手に欠けて決着がつかず、ただの殴り合いになった。
戦ってみたところ身体能力はほぼ互角。素手で繰り出せる必殺技が必要か。
「必殺技かぁ……格闘家の技は基本、強化して殴る蹴るだからなぁ」
相手を一撃で倒すとなると……いや、待てよ。
何も格闘家に拘る必要は無いんだ。
俺は職業を二つ持つ事が出来る。そこを最大限利用すれば良いんだよ。
「格闘家と魔法使い、格闘家と僧侶、格闘家と……」
パッと思い付くだけでもそれなりに戦えそうな組み合わせがある。試してみよう。
種族『人間 伊織 奏』 『』
職業『格闘家』 『魔法使い』
まずは定番。
「か~め~は~……いや、違う。はど~う……違うな」
魔法使いのスキル『魔力操作』で右手に魔力を集中させて撃ち出そうと思うんだが、今一つイメージが掴めない。もっと具体的にイメージするんだ。
格闘家のスキル『闘気法』と魔法使いのスキル『魔力操作』の二つを使い、右拳の中に闘気と魔力を混ぜ合わせていくイメージ。弧を描きながら収束していくイメージ。螺旋を描き一つに成っていくイメージ。
「……いくぞ。彗星拳!」
大木目掛けて右拳を突き出す。
放たれたエネルギーは大木を抉り取り、さらに後方の木を揺らした。
「ほぅ、いけるじゃん」
今のままでは時間が掛かり過ぎるし隙も多い。
せめて戦闘中でもスムーズに出せるようにしないとな。
あと名前。名前を変えよう。
「う~ん……」
思いつかん。ま、ゆっくり考えるか。
屋敷に戻ると庭の一画で子供らが遊んでいた。
「わははは! われはだいまおーきゃろるなりぃ!」
「お、おのれまおー。ゆーしゃアニスが相手だ」
「アニス、お前は下がってろ。この大勇者のヤンが相手だ」
「あ、ズルい。じゃああたしはすーぱーゆーしゃアニス!」
「ふっふっふ、すーぱーゆーしゃアニスとだいゆーしゃヤン。このだいまおーのしんのすがたをみせてやろー。ごごごご」
リッキーに肩車されたキャロルが両手を広げて。
「すりーぷもーど、かいじょ。ぴっかーん、うるとらだいまおーきゃろるっきーさまだぁ!」
スリープモードって、あの大魔王寝てたんかい。
試験までもうすぐだ。必要な道具を準備しておくか。
試験ではおそらく何らかの妨害工作がある筈。ある程度予測して幾つかの対応策を準備しておくか。
「え~と試験を受ける三人の生徒のうち、シェリ……? そうそうシェリア・ノスターフの親が貴族で、娘のシェリアを実家に戻そうとしてんだよな」
ノスターフ家の思惑だと娘を利用して人脈と人材確保をしようとしてたんだよな。だから最初から娘のシェリアを冒険者にする気は無く、卒業と同時に実家に戻す手筈になっていたようだ。だがそんな家の意向に反してシェリアは勝手に冒険者登録をして独自に行動しようとしている。
「実家に反抗する娘の意志を挫く為に暗殺ギルドに依頼したとなると、狙いは俺か……いや、パーティーメンバーの残りの生徒を狙った方が手っ取り早いか」
自分に関わった事で知り合いが命を落とせば、さぞかし心は落ち込む事だろう。家の意向に逆らう気も失せる筈。
「治癒系の道具と万が一を想定して各種道具も用意しておくか」
「どっかいくのか?」
「ん? 何だ、お前遊んでたんじゃないのか」
いつの間にかキャロルが傍にいた。
「またちょっと留守にするから、大人しくここで待ってろよ」
「まってるの、あきた」
足にしがみついて離れようとしない。
「しょうがねぇな。まぁ城主吸血鬼なら荒事でも大丈夫か。仕事中はちゃんと言う事聞くんだぞ」
「にひっ、りょーかい」
試験当日。朝早くに冒険者ギルドを訪れた。
受け付けのアーリによると試験を受ける学園生徒の三人は昨日のうちに街に到着し、今日の午前中に冒険者ギルドにやってくるそうだ。それまでは食堂で待機だな。
「よぉイオリ、珍しいじゃないか。こんな朝早くに」
「おぅリップ、仕事でな。待ち合わせしてんだよ。とりあえず軽い朝飯をくれ」
「あいよ、そっちのおチビちゃんも同じ物でいいかい」
「あぁ頼むわ、あと普通のサンドイッチを持ち帰りで二人分頼む」
「あいよ……今ならサービスで」
「サービスは要らない」
「ちっ」
運ばれてきたトーストとオムレツを食べて、食後のデザートを摘まんでいると調理場からリップが包みに入ったサンドイッチを持ってきた。
「この間、アンタが売却した亀肉を燻製にしてパンに挟んでみた。特製ソースがピリッとくるけど味は良いよ」
特製ソースねぇ。コイツが自慢げに言うと少し心配になるが、流石に食えない物は寄越さないか。
礼を言ってサンドイッチを受け取り、しばらくのんびりしているとアーリに呼ばれた。
「イオリさん、此方に来て下さい」
アーリの傍に三人の年若い子供がいる。
十代前半くらいか。アオバやルリと同年代かな。
「皆さん、紹介しますね。此方が試験官を担当するイオリさんです。連れているのは、従魔のキャロルちゃんです」
「よろしくな」
「な」
男一人に女二人。驚いているような呆れているような目で俺とキャロルを見ている。
「それで此方の三人が試験を受ける方達で、オスタさん、シェリアさん、ラーナさんです」
短髪黒髪で、目の下に隈を作っていてひ弱そうな印象の少年がオスタ。同じく黒髪で気のせいかオスタに似た顔立ちの少女ラーナ。
そして金色の三つ編みの少女シェリア。なかなか目付きが鋭い少女だな、意志の強さを感じる。
「え~と、ちょっと気になったんだが。三人とも杖とローブ姿なのはどういう訳だ? まさか、三人とも魔法使いなのか?」
「はい、そうです」
代表してシェリアが答えた。
三人の着ているローブは仕立ての良い高級品だな。耐刃性能や耐魔法性能も高そうだが値段も高そうだ。実戦でも役立つ事だろう。杖にしても高級木材と所々に魔法金属を使用してあるな。
学園の生徒って、ずいぶんと金持ちなんだなぁ。
「本当に魔法使い三人だけでDランクの試験に挑戦するのか? 他にメンバーはいなかったのか」
「いません。私達三人だけです。ご心配して頂き恐縮ですが、私達はずっと三人でやってきました。たかがDランクの試験ごとき問題ありません」
おっと。たかが、と来たか。
強気な意見で胸を張るシェリアの橫では、オスタは興味無さげにラーナは不安そうな顔をしているんだがなぁ。