08 目には目を、刃には刃を
「いいな、街の外に出る時は、必ず必要なものを揃えてから出るんだぞ。近場だろうと、どんな危険があるか、わからんのだからな!」
「はい、サーセン」
予想以上に街に入るのに時間が掛かってしまった。
出身地は誤魔化せたが、所持品がガラクタばかりで門番さんに怒られた。必要最低限の道具や非常用の保存食も水も持たず、世の中甘く見ているのか! と。いい年して怒られて、ヘコむ。
門を越えた先、アケルの街の門前には広場があって色々な屋台があった。その内の一軒から肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきて、食欲を刺激される。ふらふらと屋台まで引っ張られて、滴る肉の脂が焦げる音に思わず口元が緩む。
「肉串一本、銅貨一枚だよ」
炭火でじっくりと焼ける肉串を転がしながら、店主がぼそっと呟く。
塩で味付けされ、今まさに食べ頃のピークに達した肉串たちが、金網の上で俺を待っている。
はわあぁぁ~!
落ち込んでいた気分もすっかり上機嫌。アケルに来て良かったわぁ。屋台通りを抜けて、大通りを進むと剣と盾が描かれた看板を見つけた。どうやらここが冒険者ギルドのようだ。
建物に入ると中は食堂が併設されていて、何人かたむろしている。壁には大きなボードがあってクエストが書かれた紙が貼られている。
奥のカウンターに目をやると、職員が座っている。
「どうも、こんにちは。冒険者登録をお願いしたいんだけど」
「はい、登録をご希望ですね。どなたかの紹介はありますか?」
門の前で俺を置いていった事に一瞬、複雑な思いが過ったが、ここは素直に利用させてもらおう。
「聖なる盾のシンクの紹介だ。試験が免除と聞いたが」
「はい、試験も加入金も不要となります。では、こちらの用紙に名前とギルドに伝えておきたい事などがあれば、そちらもご記入下さい」
「伝えておきたい事?」
「はい、パーティー仲間を募集中であるとか、採取クエストのみしか受けないとか、それぞれの希望などがあれば出来る限りの配慮をさせていただきます」
ほほぅ、意外と冒険者に優しいんだな。
とりあえず名前だけでいいか。
「……イオリさんですね。では、こちらがイオリさんの身分証となります」
机の上に置かれた銅板には、『F』の刻印と俺の名前が刻まれている。
「冒険者のランクはS、A、B、C、D、E、Fの七段階がありまして、そちらのボードに貼られたクエストをクリアするか魔物素材を売却する事で評価が上がり、ランクが上がります。注意していただきたいのは、クエストを五回連続で失敗した場合、ランクダウンなどの罰則がありますのでクエスト受注は慎重に行って下さい」
クエスト自体は自由に選べるが、身の丈にあったものを選べという事か。
身分証を受け取り、礼を言って早速、ボード前でクエストを眺めてみる。
討伐系、採取系、雑用系など、沢山のクエストがあるな、手持ちの金があるから別に受ける必要もないが。
「ん? D級の魔石を取ってきて欲しい、報酬大銀貨五枚と下級の治癒ポーションか」
魔石と言えば大鬼騎士と小鬼の石を持ってたな。あれが魔石なら、等級はどのくらいなんだろ?
手持ちの石の確認ついでにクエストを受けようと、紙に手を伸ばした瞬間、指先スレスレの所にナイフが突き刺さった。
「悪い悪い、ちぃと手が滑っちまったぜ。がはははっ!」
複数の笑い声と共に、一人の男がそんな事を言ってきた。チラリと見ると、揃って頭を剃り上げた男たちが食堂のテーブルから、ちょっかいを掛けてきた。
「おっと、ビビっちまったか? だが、冒険者になろうって奴がこの程度でビビってちゃあ話しにならねぇぜ」
行儀悪くテーブルに足を乗せた男が、ニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。
明らかに喧嘩を売っている。ここで喧嘩を吹っ掛けて、逆上した相手を集団で返り討ちにする事で上下関係を叩き込むつもりか、或いは自分たちに対する恐怖を抱かせてギルドから追い出すつもりかもしれない。
「手が滑っただけだろ? ただの事故だ、気にしちゃいない」
俺の返答が気に入らなかったのか、手前のスキンヘッドの一人が眉をひそめた。
「ちっ、腰抜けが」
気にしない気にしない。
ボードに刺さったナイフはよく手入れされている。誰かの愛用のナイフかもしれない。俺は、奴らに返してやろうと刺さったナイフを引き抜き。
思いっきり投げ返した。
「ぎぃああぁぁ! 足があぁ!」
命中! 投げたナイフは、テーブルに投げ出されていた足に深々と突き刺さった。
「あははは、手が滑ったよ」
「て、てめぇ! いかれてんのか!」
同じ事をされて文句を言うなんて、自分勝手な連中だ。え? 自分たちは刺してないって? 刺したか刺してないかは重要ではない。命を奪う刃物を向けた事が重要だと俺は思う。
足が血塗れの男を仲間たちが庇おうとするが、かなり動揺しているようで動きが悪い。
こっちは、もう止まらない。行くぞ、オラァ!
「お前は血に飢えた狂犬か?」
あれから、多少手傷を負いつつも全員を治療院送りにしたら、ギルドの一室に連行された。
部屋の中には、数人の職員とギルドマスターらしき壮年の男がいてソファに座っている。そして俺の顔を見るなり、そんな失礼な事を言ったのだ。
「ギルドに登録して、その日の内に懲罰クエストとは……前代未聞だぞ」
懲罰クエスト?
「いいか、お前が潰したパーティー『金剛石頭』の罰は、ギルドの壊れた設備の弁償。お前は懲罰クエスト十件だ!」
バンッ! とクエストの書かれた紙をテーブルに叩きつけた。
「まずは、このクエストをやってみろ! 言っておくが、例え懲罰クエストでも通常のクエスト同様に五回連続で失敗した場合、ランクダウンだ。お前は最下位のFランクだから、その場合、ギルド追放処分だからな」
懲罰クエスト。冒険者ギルドに寄せられるクエストの中で、難易度に対して報酬が見合わないものやクエスト達成自体困難なものなど、冒険者たちに敬遠されているクエストを懲罰として宛がうようだ。
達成の難しいクエストを連続で失敗させ、ランクダウンさせるのが狙いかな。
問題の懲罰クエスト一件目は、失せ物捜しか。
「一ヶ月前に無くした指環を捜して欲しい……報酬、銅貨二枚」
銅貨二枚、大体食事一回分くらいか、安いな。おまけに街中から指環一個を見つけろって? これは普通に捜しても見つからないんじゃないか?
「黒星スタートになりそうだな」
俺がクエストを失敗する姿でも思い浮かべているのか、ギルドマスターが小馬鹿した顔で笑う。
「そうでもない」
おっさんの顔にムカついて、思わず言っちゃった。
怪訝な顔をするギルドマスターを置いて、俺は軽い足取りで部屋を出た。