79 仕事終わりにひとっ風呂いかが?
アオバの鋭い斬撃をギリギリで躱し、カウンターで反撃する。
シンク戦の時のように攻め立てようとするアオバのリズムを崩す為に、攻めと回避を織り混ぜながら間合いを詰めていく。
必死に剣を受けるアオバは、思うように攻撃が決まらない上に試合の流れも掴めずにいる事にイラつきながらも、歯を食いしばって耐えていたが。
「うぎぎぃ! この野郎!」
堪え切れず、強引に前に出てきた。
種族『人間 伊織 奏』 『』
職業『剣士』 『格闘家』
木剣で受け止め、鍔競り合いになった所で素早く身を沈めてアオバの下に身体を入れる。押し勝とうと前のめりになっていたアオバは体勢を崩した。
その隙を狙って力強く地面を踏み込み、アオバの身体を押し上げて空中へと放り投げた。
「ぅああぁ!?」
足場を失い狼狽するアオバに、勢いを乗せた上段回し蹴りを叩き込む。
「があぁっ!」
吹き飛ばされたアオバだったが、すぐに立ち上がり悔しさに顔を歪めている。
「くっそおぉ!」
「なかなかタフだな」
「うるっせぇ!」
自棄にでもなったのか、剣を振りかぶって向かってくる。何とも隙だらけだ。
振り下ろしの一撃を受け流して、カウンターを入れるか。
少々呆れながら剣を構え、アオバの剣を待ち受ける。
「斬層……!」
間合いに飛び込んできたアオバが何かを呟いた。
「バカアオバ、やり過ぎ!」
咄嗟にルリが叫び声を上げた。
何だ。何か嫌な予感がする。
「剣っ!」
アオバが剣を振り下ろすのと同時に大きく横に飛び退いた。
手放した木剣が幾重にも斬り刻まれたかのように細切れにされた。あと一瞬飛び退くのが遅ければ、あるいは後ろに引いていたら、不可視の刃に斬り裂かれていただろう。
「あ、あれ……やっちゃった?」
地面に出来た幾つもの斬撃の跡を見て、アオバが呟く。何が、やっちゃった? だ。
呆けるアオバの背後を取り、腰に手を回す。
「危ない……」
足腰に力を込めてアオバを頭上まで持ち上げて。
「やろがいっ!!」
一気に膝の上に落とした。
股間を押え、言葉にならない叫び声を上げて苦悶の表情で地面を転がっている。
「勝負は俺の勝ちでいいな?」
「……! ……!?」
返答は無く、脂汗を垂らして苦痛に耐えている。
「やれやれ、ルリ。治癒魔法を掛けてやれよ」
「潰れたわけじゃ無いんだし、ほっとけばいいよ。このアホ」
手厳しいな。まぁ、頭に血が上って殺傷力の高い技を使ったんだし、少しは反省して貰わないとな。
「る、るりぃ……ひぃるぅ」
「うっさい。仮にも勇者を名乗る者が過失で人を殺しかけるとか、マジでアホ」
アオバはルリに任せて、俺は賞金を貰って帰るとするか。
帰りがけ商業ギルドに寄る。ルウにアドバイスした企画の持ち込みについて確認する為だ。
商業ギルドでは所属する会員に対して資金の貸付けも行っているようだが、やはり審査もあるようでそれなりに詳細な計画書が必要なようだ。
すでに店を持ち、ギルドと何度も取り引きを行っている者ならばそこまで難しくは無いが、新規加入したばかりの者に対しては少々厳しいらしい。
「我々としても回収の見込みが無い事業に手を貸すのは避けたいですからね。もし新規加入者が資金の貸付けを希望するならば計画書の他に、保証人となる方を用意して頂きたいですね」
「保証人……それは誰でもいいのか?」
「出来るならば社会的地位のある方か商業ギルドに所属する方、冒険者ギルドでも構いませんが」
ならば俺でも構わないわけだ。
「資金の貸付け審査には、まず詳しい事業内容記した書類を用意して頂くか、商業ギルドで直接審査を受けて頂きます。その後、会議を経て資金提供となります」
「そうか。ではその時はよろしく」
一通り確認を終えて、屋敷へと戻ってきた。
庭で年少組を乗せた買い物カートをヤンが引っ張っている。早速オモチャにしている。
屋敷の調理場で夕食の下拵えをしているサティに買い物カートの使い心地を聞いてみた。
「うん、悪くなかったよ。ちょっと人目を引くけど。あともう少し小回りが利いたら良かったかな」
そうか、足回りが固かったか。前輪部を左右独立させた方向転換しやすい二号機を作るか。
一号機は子供らのオモチャになったしな。
次の日、建設中の屋敷に出向き一階の角部屋に風呂を設置する為に工事を進める。浴槽代わりの甲羅の底に排水路へ繋がる排水口を空け、魔法の水差しを獅子の石像の内部に埋め込み石像の口から盛大に水を吐き出すよう作る。追い焚き用に双頭獄犬の火属性の牙を束ねた紐を用意する。
浴槽代わりの甲羅は半分埋め込み式にしてひっくり返らないように固定したし、お湯や水の供給は獅子の石像から吐き出されるようにしたし、あとの細かい設備は職人に任せるか。仕上げの防水処理とかタイル張りとか面倒だしな。
「よぉ、職人さん達。風呂場の残りを任せてもいいかい? 仕上げが残っているんだが」
「あんだよ、しょうがねぇなぁ。分かったよ、やっとく」
「助かるよ。そうだ、良ければ風呂を使ってもいいぞ。お湯の供給と排水だけは出来上がってるからな」
街の大衆浴場は金が掛かるし、ここからはちょっと遠いしな。仕事終わりに汗と汚れを落とせるなら喜ばれるんじゃないか。それに他人の仕事を途中からやって貰うんだから、多少のサービスは必要だよな。
「お、いいのか? そりゃありがてぇ! 早速今日の仕事が終わったら入らせて貰うぜ。有料の大衆浴場は毎日は行けないからな、本当に助かるぜ」
浴槽代わりの甲羅は大人数人でも楽に入る大きさだ。ここの職人達でも交代制で入れば問題ないだろ。
軽く石像の操作と加熱用の牙の使い方を伝えた。
石像の中身について教えたら眉をひそめて、ここの職人達は義理固くつまらない真似をしたりしないが、それでも余計な事を知ればどこから良からぬ奴が現れるかわからない。不用意に他人には教えない方が良いと忠告された。
「まぁ、それでも使わせて貰うがな」
「あぁ構わん。それと忠告ありがとよ、警備は配置しておくから不届き者は逃げられないよ」
そろそろ此方にも猫妖精の警備を用意しておくか。