76 案内せよ
ここにやって来た時の勢いは消え、半ば悲鳴のように喚きながら逃げる者、状況が分からず怒鳴る者、自棄になって向かってくる者、様々だ。
「おら、よぉ!」
混乱して突っ立ったままの奴を投げ飛ばし、大勢を巻き込んで倒れた。
罵声が飛び交い、身動きが取れない連中に向けて。
『水よ、怒りのままに煮えたぎれ 熱波流泉』
煮え湯を浴びせられた奴らが悲鳴と絶叫を上げる。
やれやれ、人気の無い場所で良かった。
五月蝿すぎて近所迷惑になるところだった。
「さて、と」
手当たり次第にボコボコにして粗方片付いた頃には、辺りも静かになった。足下に転がる奴らは恐怖に怯え、ガタガタと震えている。
闇ギルドに属して、無法者として生きてきたくせにどうしてそこまで怯えるかねぇ。
適当に近くにいる奴を持ち上げて。
「ちょっとお喋りしようか。お前達のボスはどこだ?」
「し、知らねぇ」
流石にこの程度では口を割らないか。
ならば『精気搾取』だ。
「……こ……っな」
体格の良かった男が、あっという間に骨と皮だけのミイラになってしまった。同じ『精気搾取』でも人間と怨霊では威力が違うらしい。
「おっと危ない」
枯れ死にする寸前で解放したが、最早喋る事は出来ないな。まあ、代わりはいる。
「ひ、ひいぃぃ!」
「助けて! 助けてくれぇ!」
腕を掴まれた男が必死に命乞いをしてくる。大袈裟な奴だな、命までは取らないって。
「お前達に指示したボスはどこにいる?」
「あ……ぁあ……」
まるで言葉を忘れたかのように呆然として喋ろうとしない。
喋らない子に用はないです。
「……ぁががかっ!」
太く逞しかった腕が枯れ枝のように痩せ衰え、男は意識を失った。
ドイツもコイツもろくに受け答えしない。
「つ~ぎ~は~だ~れ~か~な~」
這うように身体を引きずって逃げる男を捕まえて、優しく問い掛ける。
「お前のボス……」
「します! 案内します! だから命だけは」
話せる奴もいるじゃないか。
案内されたのは街の外の貧民区だった。何となく、そうではないかと思っていたんだ。
街の中だと法の縛りがキツいからな、人に言えないような汚れ仕事を仕切るなら此方の方がやり易いってことだよな。
「あ、あそこですぅ……」
男が案内した小屋の前では篝火が焚かれ、夜間警護の警備員が立っていた。
大人しく道を開けてはくれないだろうな。
「も、もう解放してくれぇ……」
「悪いが最後に一つ。ボスに直接、任務失敗の報告をしに行け」
「うぅ……わ、わかった」
男は重い足取りでボスのいる小屋に向かって行く。
種族『小蝿』 『』
職業『暗殺者』 『狩人』
小さな小蝿に変身して男の背中に張り付く。
念の為、気配を察知されないように職業スキルで潜伏し、静かに男の行動を監視する。
「おい、止まれ。何の用だ」
「ボ、ボボスにほ、報告が……」
「あぁ? こんな時間にか? 明日にしろ、明日に」
面倒くさそうに手を振って追い払おうとするが、恐怖で調教されている男は弱腰でも引き下がらず。
「い、今すぐに、報告しないと! 奴、奴が来ちまう」
「わ、わかったわかった。ちょっと待ってろ」
門番の男が中に入って、しばらくして再び出てくると。
「入れ」
中に招き入れられた男がビクつきながら奥へと進み、ある一室に案内された。
無言のまま部屋に入ると、不機嫌そうな獣人の男が待ち受けていた。
「襲撃に出ていた野郎か……で、どうなった?」
「は、はい……えっと、ま、負けました」
てっきり罵声の一つでも浴びせてくるかと思っていたのだが、ボスらしき獣人は落ち着いていた。
「そうかよ。被害はどれほどだ?」
「怪我人がほとんどで、多分死人は出ていないかと」
ボスの後ろに控えていた部下が耳打ちした。参戦しなかった見張り役がいたか。
「三十対一、で大負けか。こりゃ貧乏くじを引いたな」
「あ、あのボス」
「詫びの一つでも入れなきゃならんな。なぁ?」
誰に対しての『なぁ?』なのか。もしかして俺か?
しばらく傍観していたが誰も喋ろうとしない。
仕方ない。
種族『人間 伊織 奏』 『怨霊』
職業『暗殺者』 『呪術士』
変身して姿を現しても、ボスだけは落ち着いていた。
「やっぱりオメェだったか」
やっぱり? どこかで……あぁ、以前に賭けで儲けた時に顔を会わせた事があったな。
「アンタが闇ギルドのボスだったのか。色々、やってくれたな」
「ふふふ。そう怖い顔するな、此方も商売なんだ。それに、もうウチは手を引く……」
「手を引くと言われてもな。ダンジョンで殺されかかった事まで水に流せと言うのか?」
闇ギルドのボスがそれを聞いて、一瞬不可解な顔をしたがすぐに何かを察し。
「そりゃあウチとは無関係の組織だ。白状するが、ウチに依頼してきたのは王立学園の理事どもでな、オメェを試験官役から引きずり降ろせって依頼だったんだよ。オメェの命を狙ったのはおそらく、王都の暗殺ギルドだろ。最近、街に入り込んでいると報告があったからな」
嘘ではないだろう。
「ふ~ん。その暗殺ギルドの奴は、まだ街に居るかな」
「居る筈だ。オメェを仕留め損ねた事も知られているだろうな」
となると、また狙われるか。
「そこでだ。オメェに敵対していた詫びとして、街にいる間の安全をウチが保障しようじゃないか」
「別にお前達に守ってもらわんでも」
「オメェはそうでも、オメェの関係者まではそうじゃねぇだろ? 少なくとも街の中で安心して生活出来るように怪しい奴は近づけさせねぇ……どうだ?」
ふむ、悪くないかな。