73 いい湯だな
この辺りは魔物の数が少ないと昼間に言っていたが、本当に魔物はいないようだ。全く姿を見せないな。
暇をもて余していると、何だか身体の汚れが気になってきた。今日は転げ回ったり、血反吐を吐いたり、汗かいたりしたからな。
「しばらく見張りを任せても良いかな?」
「うん、良いけど。何かするの?」
「まぁね。ちょっとすぐそこで作業したいんだ」
アイテムボックスから竜甲大亀の甲羅を取り出し、内側の処理を済ませる。湯船に使えるかどうか、試しに風呂を沸かしてみようと思う。
種族『人間 伊織 奏』 『』
職業『鍛冶士』 『錬金術士』
『土よ、甲羅を沈めろ 変形態・液体』
ひっくり返した甲羅を地面に沈めて固定する。
魔法の水差しから適当な温度のお湯を出して甲羅の中に貯めていく。その間に目隠しになるような壁を出しておくか。物理的な壁より、姿を見えなくする隠形の壁が良いか。
種族『人間 伊織 奏』 『』
職業『魔法使い』 『暗殺者』
「イメージは暗殺者スキルの『透明』を壁の外側に付与する感じで……『風よ、包み隠して姿を眩ませ 透過防壁』
甲羅の周囲を囲うように防壁を張れたと思う。これで外から風呂場は見えない筈。
甲羅の中に十分な量のお湯が貯まったが、ちょっとぬるいかな。双頭獄犬から取った火属性の牙をアイテムボックスから取り出し、追い焚き出来ないか試してみる。
「え~と、炎の牙はアイテム化させてないから扱いが難しいな」
牙に魔力を流し、活性化させる。
「あっちぃ!」
発火した牙を湯の中に落としてしまったが、湯の中でも発熱しているらしく湯の温度が上昇し、瞬く間に白い湯気が上がる。
「お~、良い温度だ」
「おいおい、何やってんだおっさん」
風の防壁を越えてカウカが入ってきた。
「ダンジョン攻略で汚れちまったからサッパリしたくてな。有り合わせのアイテムで作ってみたんだ」
「はぁ~、わざわざ外で風呂に入る気かよ。街に戻ってからでも良くね?」
アケルの街の大衆浴場か。湯の温度とか色々、個人的にちょっと不満なんだよな、アレは。
「折角、ここまで用意したんだから風呂に入って疲れを取りたいんだよ」
手早く服を脱ぎ、風呂に浸かる。
「ん、ん~……ぁあ、あぁ~ギモヂイィ」
「マジでおっさんくせぇな」
「おっさんだからな。ふぃ~」
アイテムボックスからダンジョンで手に入れた毒酒の瓶を取り出す。これ自体には毒性は無いんだから、飲んでも支障は無いだろう。
「ん~……味は普通、だな。それほどアルコールも強く無さそう」
「風呂に入りながら一杯飲むとか……なぁ、俺も入っていいか?」
「好きにしなよぉ~」
身体が火照って酔いが回ってきたかな? 三杯目を飲んでいるとカウカも風呂に入ってきた。
新しいコップに酒を注ぎ、カウカに手渡す。
「ふぅ、飲んだことの無い酒だな。アケルで買った酒か?」
「いや、ダンジョンで見つけた酒だ。魔法アイテムの瓶で、中に液体を入れておくと酒に変わるって品でな。この酒に特徴があって、毒を混ぜても感知されないように毒の匂いや味を隠すし、毒の効果も倍増させる酒なんだと」
飲んでいた酒を吹き出してカウカが詰めよってきた。
「これ、毒なのかよ!?」
「違う違う。これ自体は害の無い酒で、毒を混ぜると毒の効果を倍増させるっていう酒なの」
「……ん? 倍増……なぁ、この酒は毒にしか効果が無いのか? ポーションを混ぜたら、ポーションの効果も倍増しないか?」
ポーション? どうだろう。
毒も薬も紙一重、とはいえ鑑定した結果が毒に関しての内容だったからなぁ。
「どうかな? ポーションの効果を倍増させて結果が良ければいいけど、過ぎたるは及ばざるが如しとも言うしな。過剰な効果は悪影響が出そうだが、何に……もしかしてセーナの足か?」
コップの酒を呷り、カウカが頷いた。
「欠損した手足を再生させるとなると上級の回復ポーションを手に入れるか、腕の良い回復魔法の使い手に依頼するしかないんだが、どっちにしても相当な金がいる。Dランクの冒険者じゃ諦めるしかないんだ」
「なるほどね~。諦めるくらいなら、一か八か試してみるって訳かぁ? 当然、本人にリスクを説明した上で、だが」
正直、狙った通りになるか怪しい。欠損部が再生しても過剰な回復効果で逆に身体を痛める事になるかもしれない。
「本人がリスク承知の上で使うってんなら、使ってもいいぞ~」
「ありがたい。よしっ! んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
行ってくるわ? カウカの奴、腰にタオルを巻き付けて目隠しの防壁から出ていった。
「慌ただしい奴だなぁ……ふぃ~」
リンの罵声が聞こえてきたから、そろそろ上がるか。
意識を取り戻したセーナは、毒酒の効果とリスクを聞いて飲むことを承諾した。
「一応言っておくが、酒に混ぜたポーションが毒化する可能性もあるからな。それでも飲むか?」
「あぁ、構わない。私にはもうこのチャンスに縋るしかないからな」
イサンが酒の入ったコップに中級の回復ポーションを注いだ。
二、三回コップを揺らすと、一瞬酒が発光した。
「これは……効果が発動した……かな?」
「多分な。ほれ、セーナ」
手渡されたコップの酒を、セーナはゆっくりと飲み干した。
「……ん、んっ!」
効果はすぐに現れた。傷口が盛り上がったと思ったら凄まじい速さで肉が増殖し足の形となった。
「は、はは……すご」
「何だよ! 上手くいったじゃねぇか!」
これは悪い方向に考え過ぎだったか?
セーナも笑顔で喜んでいる。
と、思った次の瞬間。
「? !? !!!!」
セーナが身体を仰け反らせて硬直し、言葉にならない悲鳴を上げた。
「やべぇ! 副作用か!」
「セーナ、しっかりして!」
種族『人間 伊織 奏』 『』
職業『僧侶』 『錬金術士』
『魔法効果を鎮めろ 鎮静』
『体内から反応の強い成分を除去せよ 魔法除去』
『傷ついた身体に安らぎを 休息』
立て続けに魔法を使って、セーナの過剰回復状態を解除する。
多少、大雑把な処置にはなったが効果はあっただろう。
「だ、大丈夫なのか……」
「見たところ、かなり消耗はしているが……息はあるな」
「うん、大丈夫。体内の魔力が空になったからしばらくは目を覚まさないと思うけど、時間が経てば回復するし命の心配はないよ」
皆の緊張が解けて、ホッと一息ついた。
やはり普通とは違う使い方はするもんじゃないな。




