71 撃破
『進化エネルギーが限界に達しました。進化しますか?』
頭の中で、そんな言葉が響く。
俺、生きてるのか?
手足を動かそうとしても感覚が無い。神経を断たれたか、千切れてしまったか。
うっすらと目を開けると、ボヤける視界の中で金剛角王が歩いて来ているのが見えた。
運が良いのか悪いのか、死に損なった。
奴に止めを刺される前に立ち上がらないとな。
進化は、しない。
『進化エネルギーは還元されました』
『エネルギーの一部が変化しました』
『ユニークスキル『キメラ』を獲得しました』
『ユニークスキル『兼業』を獲得しました』
何だ? 今までに無い展開だ。ユニークスキル?
進化エネルギーが還元した事で、肉体が修復されたのか、全身に力が漲る。
「……なるほど」
よく見ると周囲にダンジョンコアの欠片が転がっている。
どうやら金剛角王に吹き飛ばされた時にダンジョンコアの埋まった岩壁にぶつけられたらしい。その時の勢いで壁ごとコアを砕いたのか。
ダンジョンコアを失って、ダンジョン内の魔物も道連れになったようだが目の前の金剛角王は生きている。
元はダンジョンマスターを取り込んでいた筈だが、暴走して進化した時に支配から解放されたのかもしれないな。
「ホウ、マダタツ、ノカ」
「あぁ、まだ終わりじゃない。中途半端な攻撃しやがったな」
強がってはみたものの、金剛角王の攻撃が宙に浮いた俺を岩壁に飛ばさず、下の地面に叩きつけるものだったなら終わっていたな。
それに。
「相棒は……駄目か」
悪魔剣パルスの刀身に大きな亀裂が入っていた。
咄嗟に悪魔剣で両手槌の直撃を防いだお陰で命拾いした。損傷は激しいが、まだ修復可能だろう。
「ドウスル? スデデ、ムカッテ、クルカ」
「……まぁ、ちょっと待ってろ」
絶望的な一撃に耐えてくれた相棒に感謝し、大切に鞘にしまう。
さて、悪魔剣無しで奴を倒すとなると新たに獲得したユニークスキルを上手く使わないとな。
一番簡単なのは、奴自身に変身する事なんだが。
種族『人間 伊織 奏』 『◼️◼️◼️◼️』
職業『剣士』 『僧侶』
やはり駄目か。複数の種族や職業を選択出来るようになってはいるが、金剛角王に変身するには何らかの条件が合わないのか、変身出来なかった。
出来ないなら仕方ない。
種族『人間 伊織 奏』 『大鬼』
職業『格闘家』 『僧侶』
人間の姿をベースにして、大鬼の筋力を加える。
額に角が生えた以外、見た目は大して変わらない。
だが。
「行く……ぜっ!」
「コイッ!」
正面から突進していく。金剛角王は油断なく両手槌を構え、振り下ろす。
『更なる速度を! 加速強化』
両手槌に潰される寸前、速度特化型の強化魔法で疾走し攻撃をくぐり抜け、金剛角王の後ろに回り込んだ。
「ニガサ……」
「遅いっ!」
金剛角王が振り向くより先に右膝を蹴り、金剛角王の巨体を揺るがした。
「グヌッ……オノレ」
筋肉の少ない部分を大鬼のパワーで蹴れば、全力でなくてもダメージが通るようだが、倒すとなると種族スキルと職業スキルを合わせないと駄目だな。
「コノ、テイド、キカヌワ」
「言ってろ。次はキツいのを食らわせてやる」
種族『人間 伊織 奏』 『大鬼』
職業『僧侶』 『僧侶』
『更なる速度を 加速強化・重』
二つの僧侶職による多重強化魔法。今は細かな調整をしている暇はないのでこのままいく。
一歩踏み出すと同時に目に写る景色が歪む。
二歩目を踏み出そうとする前に標的の金剛角王を見失ってしまった。
三歩目で金剛角王から随分と離れてしまった事に気付く。速度が上がりすぎて制御出来ない。
「ぐくっ…………っらぁ!」
体勢を無理矢理変え、今度こそ突撃する。
強化魔法で勢いを増した飛び蹴りは、金剛角王の首に命中する寸前、両手槌の柄に阻まれた。
「グヌヌゥ!」
「ちぃ!」
両手槌の柄から飛び上がるとダンジョンの天井で反転し、天井を足場にして再度アタックするが半身をズラして躱された。
強化魔法で誤魔化しているが格闘家の時ほど上手く身体が動かせない。
「やはり攻める時は戦闘系の職業じゃないと駄目か」
「ナニヲ、ブツブツイッテ、イル!」
凪払う攻撃を躱し、距離を取る。
「上手くいくかな……『更なる速度を 加速強化・重』」
再び全身に強化魔法が掛かり、暴走しそうな身体を押し留めて。
種族『人間 伊織 奏』 『大鬼』
職業『格闘家』 『商人』
「っらぁ!」
一瞬で金剛角王との距離を詰め、両手槌を構える腕の中まで入り込む。
金剛角王の意識が接近した俺を認識するよりも早く。
『強拳打!』
金剛角王の手首に打ち込んだ拳が骨を砕き、両手槌が手から離れた。
『開け アイテムボックス』
宙を舞う両手槌を奪い返される前にアイテムボックス内に放り込む。
「オノレッ!」
砕かれた手首などお構い無しに全力で殴りかかってくる。至近距離から襲い来る拳打の嵐に、汲み上げてくる悲鳴を飲み込んで必死に躱す。
これで素手と素手。あとは奴の防御力を突破する攻撃を食らわせるだけだ。人間ベースだと大鬼の力を混ぜても攻撃力がまだ足りない、決着をつけるには全力で行くしかない。
種族『大鬼』 『竜甲大亀』
職業『僧侶』 『呪術士』
『更なる速度を 加速強化』
『身を守る力を犠牲に、更なる力を 生贄強化』
大鬼をベースにした身体に竜甲大亀の鱗や甲羅が追加されたが、呪術士のスキルで高い防御力を捨てて全てを攻撃力へと変換した。
身体から鱗や甲羅が剥がれ落ち、代わりに身体に収まりきらないほどの魔力が周囲の空気を震わせる。
「ホゥ、ソレホドノ、チカラヲ……ナラバ」
俺が次に放つ一撃は確実に金剛角王の命を奪う。
その事を察した奴は準備を整える俺の隙を狙うよりも迎撃の為に時間を使う事にしたようだ。
お互いに自身の魔力を消費し、拳を強化していく。その攻撃力は、どちらの防御力も上回るものとなった。
俺も奴も、次の攻撃が最後になると理解している。
「イツデモ、コイ」
「それじゃ……」
種族『大鬼』 『竜甲大亀』
職業『格闘家』 『呪術士』
『心を一つに 同期効果』
最後に術を仕掛けて、突撃する。同時に金剛角王も踏み込んで来る。
お互いの間合いに踏み込んだ瞬間、金剛角王の姿が消えた。
「モラッ……」
初めて空間転移を使った時のように俺の真横に転移した筈だったが、そこに俺はいない。
最後に俺が使った呪術『同期効果』によって、金剛角王が空間転移を使った瞬間、俺も一緒に転移したんだ。
空間転移すると同時に放つ筈だった攻撃が狂わされ、金剛角王が俺の姿を一瞬見失った。
そして次の瞬間、俺の一撃が金剛角王の首を吹き飛ばした。