70 金剛角王
種族『人間 伊織 奏』 職業『召喚術士』
悪いな、身代わりにして。
召喚した変幻獣を変身させて大猪鬼に誤認させた。案の定、頭に血が上った大猪鬼は煙幕の中で匂いだけを頼りにして、俺の姿に変身した変幻獣を狙って攻撃した。
大猪鬼の視線は宙を舞う変幻獣を追い、地に伏せた俺に気付いていない。
種族『人間 伊織 奏』 職業『剣士』
『魔波刃!』
大猪鬼の下腹部から肩へと、魔力の刃が貫いた。大猪鬼は相当に腕力は強いが防御力に関してはそれほどでもない。
体内の魔石は外したが、致命傷だ。倒れるのを堪えようとはしているが、傷口から溢れ出る流血とともに身体を支える力は失われ、やがて膝をつく。
「何してやがる! さっさと奴を殺せと言ってるだろうがっ! この役立たずの木偶の坊が!」
遠くの方で叫んでいる奴がいるな。そこまで言うなら自分も参戦すればいいのに。
「まったく……デカい図体で、一人始末する事も出来んとは」
男が何かの魔法を発動させた。何だ、何をした?
「ギィアアァァッ!」
力尽き、死にかけていた大猪鬼が絶叫した。
同時に全身の肉が蠢いて鎧が弾け飛び、皮膚を破って筋肉が膨張し身体が肥大化していく。
「お前、何をしたぁ!」
「そこの役立たずに最後のチャンスをやったのさ。言っただろ? ギリギリ制御可能なラインまで強化したと……それでも勝てないなら、制御など無視して強化し続ければ良い。最後には死ぬだろうが、せめてアンタぐらいは巻き添えにして死ねって事だよ」
肉も骨も砕けては再生を繰り返し、血が吹き出そうが肉が破裂しようがお構い無しに膨張していく。身体のバランスも崩れて右腕の方が異常に巨大化し、狂ったように暴れている。
「うへ、ありゃあ長くはもたねぇな。最期まで付き合う気は無いんでね。あばよ」
男は懐からアイテムを取り出すと、一瞬で消えた。
空間移動系の脱出アイテムか。
男には逃げられたが、今は目の前の大猪鬼に集中しよう。
膨れ上がった右腕が鱗で覆われると手の平が裂け、そこに目玉が出現した。
これはただの強化じゃない。
「グゥオオオォォ!」
大猪鬼の右腕が千切れても、さらに変形していく。
これは最早、独立した別の魔物だ。
そうやって大猪鬼から切り離された右腕が、何故か大猪鬼に襲い掛かる。
この限定的な空間では自分以外の生物は全て敵という事か。それとも同じ血肉の存在を取り込み、さらに強くなろうとしているのか。
大猪鬼に巻き付き身体を砕こうとしているが、大猪鬼はその怪力で巻き付いた右腕を引き剥がして踏みつけ、両手槌を手の平の目玉に叩き込んだ。
「ゥウオオォオッ!」
右腕を討伐した大猪鬼の身体がボロボロと崩壊していく。
命が尽きたのか?
「……いや、違う」
異常に膨れ上がった無駄な部分だけが削れ落ち、その中から新たな肉体が現れる。
「あれは……大猪鬼じゃ、ない?」
大猪鬼と同じくらいの大きさだが、放たれる覇気は途轍もない圧だ。
額には水晶の角から、光輝く金剛石の角へと変わり、全身に魔紋が刻まれている。
「暴走を抑え込んで進化したか……」
先ほどまでとは打って変わって、静寂の中で目の前の魔物が此方を睨み付けている。
次は俺の番って事か。
此方が身構えた瞬間、魔物の姿が消えた。
「……な」
頭で理解するよりも先に、身体が動いた。
う。
え。
だぁっ!
咄嗟に身を屈めた。両手槌が頭を掠めた。
地面を転がってその場を離脱する。
「い、いつの間に……」
「グ、グフフ……コノ、モンショウノチカラ、ダ」
喋りやがった。進化して知性を持ったか。
「クウカン、テンイノチカラガ、アル。スグニハ、ツカエナイ、ヨウダガ……」
空間転移の魔紋か、連続使用出来ないのが救いか。
「へ、へえ。進化して良く喋るようになったじゃないか。一体、何に進化したんだ?」
「ワレハ、コンゴウカクオウ、ナリ」
コンゴウカクオウ? 金剛、カクオウ。金剛角王か。
なるほど額の角は伊達ではないと。
「それじゃあ金剛角王さんよ、帰りたいんで通らせてもらえるかな?」
「フフ、フ、ココマデキテ、タワケタ、コトヲ」
金剛角王が笑いながら両手槌をひと振りする。溢れる過剰魔力が放電という形で溢れる。
「ダンジョンデ、マモノト、ニンゲンガ、デアエバコロシアウ。ソレガオキテデ、アロウ」
もう一度、両手槌を振るう。放たれた雷が地面を撫で、岩を砕く。
「……? ……まさか」
「フフフ、ニンゲンハコレヲ、スキルト、ヨブノダロウ?」
両手槌を空振る度に放たれる雷が強力になっていく。
戦士系スキル『終の一撃』だ。攻撃を空振ると次の攻撃の威力が上がるスキル。
金剛角王が構える両手槌に強烈な雷が帯電する。
両手槌に溜まった破壊力は、ダンジョンすらも破壊してしまうかもしれない。
アレを受けては駄目だ。
「カワサ、ナクテハ、トカンガエテ、イルノカ?」
此方の心中を言い当てて、金剛角王がニヤリと笑う。
「ムダダ。ハンパニ、ヨケレバ、クルシミガ、ナガビクダケ、ダ」
あの両手槌、たとえ直撃を避けても余波だけでかなりのダメージがあるのは確かだ。
いくら防御力の高い魔物に変身しても死は逃れられない。竜甲大亀の甲羅など簡単に砕けるだろう。
となれば、余波を食らう覚悟で攻めるか。
「……死中に活」
悪魔剣を構え、突撃する。
「ヨイ、カクゴダ」
光輝く雷を纏った両手槌が迫る。ギリギリの所で飛び上がり躱す。雷の余波に打たれた痛みをねじ伏せ、金剛角王を捉え……
「!」
金剛角王が消えた。と同時に横から両手槌が迫る。
空間転移を使われた。
最早、止まれない。辛うじて剣を動かすだけ……
轟音と衝撃が襲い来る。
意識が、飛ぶ。