07 住所不定無職
「兄さん、もう落ち着いて」
意識を取り戻したペレッタに宥められても、シンクの涙は止まらない。
そりゃぁね? もう助からないと思ってた妹が助かったんだ、感情が爆発してもおかしくはない。
俺を踏みつけたり、な。
でも今、まともに動けるのはシンクしかいない。ゴランは御者台で馬の手綱を握ってるし、ペレッタは病み上がり、俺は疲労で動けない。
踏みつけられたダメージもある。
「魔物に襲撃されないように、周囲をしっかり見てろよ」
「そうよ、兄さん。街まであとちょっとでも油断しない。護衛中だよ」
「ははは、まぁここまで来れば、出てくる魔物なんて小物ばっかりだけどな!」
御者台のゴランが言うように、すでに森を抜けてからは小型の魔物しか見ていないし、それらも荷馬車が近づけば逃げていく。
そして、すでにアケルの街の城壁が見えている。
「もう、ゴランさんに迷惑ばっかりかけて! 森を突っ切るなんて危ない事をさせるなんて!」
ペレッタのお説教は続く。
「し、仕方ないだろ、ペレッタは本当に危なかったんだから」
「それでも!」
「まぁまぁ結局、みんな助かったんだ。良かったじゃないか」
ゴランは妙に、甘いな、普通、依頼人が護衛の為に危ない橋を渡るなんて無いだろ。
「良くないわよ、ゴランさん。イオリさんが居なかったら全滅よ?」
そうそう、もっと言ってやれ。
「わ、分かってるよ。イオリさん、俺たちを助けてくれた事、本当に感謝してる。金はないけど、俺たちに出来る事なら何でも言ってくれ!」
ふむ。
アケルに到着するまで、まだ時間があるな。
「アケルに着くまでに、色々聞いておくか。最低限、生活していくのに必要な事を教えてくれよ」
ちょっと意外だったのか、二人が首を傾げながら考え込んだ。
「そんな事でいいのか? そうだなぁ……まず、街に入るのに身分証が必要で、無かったら銀貨一枚だったな?」
「そうそう。冒険者ギルドでも商業ギルドのヤツでもいいんだけど。イオリさん、持ってる?」
「いや、何も持ってないな」
ペレッタが首にかけていた一枚の銅板を見せてくれた。その銅板には、ペレッタの名前と『D』の刻印がしてある。
「冒険者ギルドにはランクがあってFから始まって、E、D、と上がって最高位が、Sね。この銅板の身分証は、冒険者ギルドのDランクって意味だよ」
「そのギルドに加入するのに試験みたいな事は?」
「それなら大丈夫!」
シンクが笑顔で答える。
「冒険者ギルドの方は、聖なる盾のシンクの紹介だって言えば、試験も加入金も要らないよ」
「え? お前、ギルドのお偉いさんと知り合いなの?」
そんなコネがあるようには見えないが?
「まっさかぁ。現役の冒険者の紹介があれば免除になるってシステムなだけだよ。元々の試験も難しくはないんだけど、少しでも手間を省く為みたいだよ」
現役の冒険者が実力を保証するのであれば、簡単な試験をする意味も必要もないってわけだ。
簡単といっても多少はコストが掛かるんだろう。
加入金とやらが入らないのはギルドとしては損しているような気もするが、まぁいいか。
「身分証はそれでいいとして、まずは街に入るのに銀貨一枚か」
銀貨とくれば金貨や銅貨もありそうだ。
「それなら私に任せてよ」
御者台のゴランが話しかけてきた。
「森で倒した刃牙狼を回収してあるんだ。あれの素材を私が買い取るよ。そうだなぁ……大銀貨二枚と銀貨五枚でどうだい?」
どうだい? って言われても相場なんて知らないからな。ここはゴランの提案を受けるか。
そこでシンクが口を挟む。
「あれ? 刃牙狼の素材ってそんなにするっけ? 半分くらいなんじゃ……」
「ああ、これは私からのお礼も兼ねてだよ。そんでこれからもどうぞよろしくってね」
「そりゃ、ありがたい。『これから』があるか知らないが貰えるものは貰っておこう」
気前の良いおっさんだな。こっちはありがたいが。
で、貰った大銀貨と銀貨を見てみる。銀貨より少し大きい大銀貨一枚で、銀貨十枚分らしい。
ちなみに銀貨の下に大銅貨、銅貨とある。大銅貨一枚で、銅貨十枚分ってわけだ。
アケルの街が近づいてくると、城壁の周りにテントのようなものが幾つも見える。
「城壁の周りにあるのって、もしかして」
「ああ、訳あり連中が住んでる貧民区だよ。色んな事情で街に入れないヤツらがいるから、なるべく近寄らない方がいいよ」
やはりそうか、迂闊に近づけば面倒事になりそうだ。注意しよう。
そうしているうちに荷馬車は、街の入り口に辿り着いた。大きな木製の門が開かれ、それとは別に鉄格子の門が上に上がっている。二重の門だ。
そして城壁の上から数人の兵士が、街に入るために列を成している人々を監視している。
外敵に対する備えは中々、厳重だな。
御者台からゴランが商業ギルドの身分証らしきものを門番の兵士に見せている。続けてシンクとペレッタが身分証をチラリと見せる。すでに顔見知りで、何度もやっている事なので仕事が結構、おざなりだ。
「そっちの奴、初めて見る顔だな。身分証は?」
「持ってないんで、通行税? 入市税? を払うよ」
「そうか、それじゃこっちで審査を受けてくれ」
え、審査? 聞いてないよ?
二人を見ると同じように驚いた顔をしている。
「もしかして、知らなかったのかよ」
「……ごめん。初耳だった」
門番の兵士からチェックの済んだ三人は速やかに移動するよう注意されている。
「ごめーん、イオリさーん! 先、行くね!」
「冒険者ギルドは、剣と盾の看板が目印だから!」
二人を乗せた荷馬車が街中へと消える。
「別に疚しい事が無ければ、直ぐに済む。出身地とか所持品とか、簡単な質問だけさ」
生まれは、ダンジョン。持ち物は、小鬼の武具ばっかりでーす。