69 最奥、迷宮主の間
氷柱に貫かれた大蛸が徐々に凍っていく。
絶命した蛸から魔石を取り出し、残りの身体をどうしようかと悩む。
「蛸……蛸かぁ。特に毒性は無さそうだし、凍った脚を一本、土産に貰っていくか」
もぎ取った脚をアイテムボックスに入れて、ついで入れたままにしていた竜甲大亀の解体も済ませてしまおう。
種族『剛腕魔蛸』 職業『狩人』
倒したばかりの大蛸に変身し、巨体と複数の脚を活かしてサクサク解体していく。
甲羅には歯が立たないが隙間に悪魔剣を差し込んで、ようやくぶつ切りに出来た。
この亀の肉は悪くないんじゃないかな? 取れた魔石も高い純度だし、骨は良い出汁が取れそうじゃないか。
甲羅に関しては綺麗に処理して何かに役立てたいな、かなりの強度だし防具に使うのが妥当か。
この四層。上の階層に比べると狭いな。
地底湖沿いに湖岸を進むとすぐに下り階段にたどり着いた。もしかして下に降れば降る程、構造がシンプルになっているのか?
四層では地底湖の剛腕魔蛸しか出てこなかったしな。
だとすると下の最下層は、もっとシンプルかもしれない。いきなりダンジョンマスターと戦闘になるかもしれないから用心しておこう。
種族『人間 伊織 奏』 職業『暗殺者』
「極力、見つからないように……『消音』『透明』」
姿を隠し、音を立てずに階段をゆっくりと降りていく。
最下層に到着すると、一直線の通路とその先に広間が見える。
誰かいる……。
ぼんやりと人影らしき姿と横に魔物の一匹いる。
まだ気付かれていない、先制攻撃を狙うならもう少し近付かなくては。
一歩ずつ慎重に、ゆっくりと。
まだ間合いには程遠いが、魔物の姿を確認出来た。
大型の猪鬼。それも通常の猪鬼ではない上位種だな。額から、水晶のような一本角を生やしている。
おまけに巨大な両手槌を装備し、鎧まで身に付けている。腕力だけなら大鬼以上の猪鬼が武装までしているとなると要注意だな。
それにしても横にいる人間は、何だ?
猪鬼がダンジョンマスターだったとして、何故横にいる人間を無視している?
とにかく両者が俺に気付いていない内に、間合いを詰めよう。
「ブルゥアァ!」
突如叫び声を上げた猪鬼が槌を振り上げて、地面に叩きつけた。衝撃と共に舞い上がる砂ぼこりが身体に当たり、居場所が知られてしまった。
「おっとっと、いつの間にそこにいたんだい?」
猪鬼の横にいる男が驚いた様子で話し掛けてきた。
何でバレたのやら。両手槌を構える猪鬼が鼻息荒く、ひと鳴きする。
そうか、匂いか。猪鬼の嗅覚を甘く見てたな。
「やれやれ、まさかあれだけ用意した魔物相手に生き残るとは……しぶといねぇ」
この男……このタイミングで、こんな場所にいるんだから目的は、俺だろうな。
「用意した、とはどういう意味だ? このダンジョンの魔物が異常に強い理由と何か関係があるのか?」
「その通りさ、苦労したんだぜ。イ、オ、リさぁん」
名前まで知られている。どこからバレたのやら。
「俺の名前を知ってるって事は、俺に用があるんだろ。命を狙われるほど恨まれる覚えが無いんだが?」
「そりゃそうだ。アンタに恨みなんかねぇからな。俺は金で雇われただけさ、アンタをこのダンジョンで魔物の餌食にしろってね」
ひどく嫌われたもんだ。
種族『人間 伊織 奏』 職業『呪術士』
「それでこのダンジョンの最奥で待ち伏せしていたのか。でも『どうやって魔物の強さを変えたんだ? 教えて欲しいね』」
呪術士スキル『思念誘導』で情報を吐き出させよう。
「普通なら無理だが、コイツを使ったのさ」
そう言って猪鬼に触れた。猪鬼が何の反応も見せないのは男に使役されているからなのはわかるが、それとどう関係するのか。
「猪鬼を……従魔を使って……そういえば『ダンジョンマスターはどうした? まさか従魔に……』」
「その通りぃ! ダンジョンマスターを食わせて、猪鬼をダンジョンマスターにする事で間接的にダンジョンを支配したのさ! ギリギリ制御可能なラインまで魔物達を強化し、やって来る侵入者を潰してやったぜ!」
「そこまでするとはな……『一体、誰に頼まれたんだ?』」
「へへ、そりゃ……??」
そこまで答えた男が秘密をベラベラと喋っている違和感に気付いて、自分で自らの頬を殴り付けた。
「……テメェ、何しやがった」
痛みで術が解けたか。
「おしい。もう少しだったのにな」
「やはり油断出来ねぇ奴だ。やれ、大猪鬼」
見上げるほどの巨体が両手槌を振り上げて向かってくる。
種族『人間 伊織 奏』 職業『魔法使い』
『凍える死の絶氷 偉大なる氷角!』
剛腕魔蛸を倒した氷柱が、突進してくる大猪鬼に命中する寸前、振り下ろされた槌の攻撃で砕け散った。
まだまだぁ!
『包み閉ざせ、固めて止めろ 氷結固定』
氷の再利用で大猪鬼の半身を氷で覆い、動きを止めたかに見えたが。
拘束していた氷は一瞬で砕かれ、此方が動くより先になぎ払うように振るわれた両手槌が身体にめり込む。
「……! ……っが!」
口から苦痛の叫びが溢れそうになる。
地面を転がり壁際まで飛ばされた。
荒く乱れる呼吸と一緒に滴り落ちる血。痺れる手足を動かして身体を支える。
急げ、急げ、急げ、奴が来るぞ!
「グゥガアァアッ!」
両手槌を引き摺りながら、止めを刺そうと大猪鬼が駆ける。
『つ、包み、隠、せ 白消失』
煙幕が広がり俺の姿を見失った事で大猪鬼の動きが僅かに止まったが、そのまま両手槌を振り下ろした。
外れ。両手槌は地面を砕いただけ。すでにそこに俺はいない。
「ちっ! 何を手間取ってんだボケェ! さっさと殺せ!」
安全な後方で主の男が罵声を浴びせている。苛立ちや侮蔑の意思が伝わっているのか、大猪鬼の顔にも憎しみの感情が浮かんでいる。
大猪鬼が鼻から大きく空気を吸い込み、見えない俺の匂いを感知し位置を捉えた。
剛腕を唸らせて、両手槌を振るう。煙幕を振り払い、轟音とともに両手槌が俺の頭に叩き込まれた。
頭を砕かれた俺が宙を舞う。