68 さらに下へ
「さて、と」
ひとまず竜甲大亀はアイテムボックスに入れて、イサンと合流するとしよう。
「お~いリン、イオリさん、こっちだ」
少し離れた場所でイサンが手を振っている。
「まさか、竜甲大亀を討伐するなんて……Cランクでも危ないってのに」
「今回はマグレだな。運が良かっただけだから、実力で倒したとは言えないよ。それより、助け出した奴らは大丈夫なのか?」
そばで横たわる二人の女性、一人は目立った外傷は無さそうだが、もう一人がヤバい。亀に食い千切られたのか、片足を失い出血多量で危険な状態だ。
「コイツらは今回、俺達以外に試験官を務める予定だったパーティー『剣姫』のセーナとレスティだ。当初の予定だとこの階層で俺達を襲う筈だったんだよ」
何だって?
イサンの話しによると『剣姫』の二人が『青炎』の三人に襲い掛かり試験官の三人がやられたフリをして、その時俺がどういう行動を取るか、試す予定だったらしい。
監視役の試験官がいない状況を利用して不正行為をするか、或いは『青炎』の三人を守りながら襲撃してきた『剣姫』の二人と戦うか。試験の本当の狙いはダンジョン攻略よりも、この時の選択を見るのが目的か。
「冒険者には荒くれ者というイメージが付いて回るからね。Dランクともなればそれなりの倫理観が必要なんだよ」
「……それで、どうすんだ? もう予定が滅茶苦茶になっちまっただろ。試験は中止か?」
「いや、イオリさんは二人を救出する為に命懸けで戦ってくれた。試験官として見るべきものは見たと判断するよ。だからこの先は、イオリさんが決めて良い」
「そうだね、イオリさんなら問題無いと思う。私達は二人を急いで地上に連れて帰らなきゃいけない。セーナの傷は一刻も早く治療しないと手遅れになっちゃうから」
ほぼ単独で戦ってきたからこの先も行けそうな気はするけど、ちょっと気掛かりな事もあるんだよな。
それより『青炎』の三人は傷ついた二人を連れて行くらしいが、気を失っている二人を抱えて魔物を相手にしつつダンジョンを移動するのは難しいと思う。
それに片足を失っているセーナの方はかなり衰弱している。地上に戻って治療出来る街まで運ぶとなると間に合うか怪しいな。
「上に運ぶ脚が必要だろ? ちょっと待ってな」
種族『人間 伊織 奏』 職業『召喚術士』
『人を運ぶ手助けをせよ 召喚・戦闘馬』
揺れる馬の背はキツいかも知れないが、背負っていくよりはマシだろ。
「使いなよ。これなら地上まで二人を運べるだろ」
「助かる。カウカ、応急手当ては済んだか?」
「あぁ、もうちょい……セーナッ! 気が付いたか」
手当てを受けていたセーナがうっすらと目を開けた。
記憶が混乱しているのか、しばらくぼんやりしていた彼女だったが突然、目を見開き。
「レスティッ! レスティは、どこ?」
「落ち着けって、レスティなら横にいる。気を失っちゃいるけど、無事だ」
横で眠るレスティの姿に安心したセーナは落ち着きを取り戻すと同時に、激痛に顔を歪めた。
「……!! 畜生、アイツに足を……そうだ。アイツはどうした! あの亀野郎は」
起き上がろうとするセーナをカウカが押さえた。
「安心しろ、討伐済みだ」
「討伐、済みだと……まさか、お前らがやった、のか」
「それは……」
カウカが此方をチラッと見たが、俺は首を振った。
竜甲大亀の討伐を功績とするのは、ちょっと抵抗がある。詳しい方法も語れないしな。
「そんな事より、ダンジョンから脱出するぞ。セーナはポーションを飲んでおけ、カウカは怪我人二人を守れ、リンは俺と一緒に周囲の警戒だ……イオリさんは?」
「下に向かう。お前達とはここでお別れだ」
「そうか……要らぬ言葉かも知れないが、このダンジョンは少しおかしい。十分に気を付けろよ」
カウカとリンが戦闘馬の背に二人を乗せ終わると、一行はダンジョン入り口へ向けて出発した。
少しおかしい、か。確かにな。
全体的に魔物の強さが異常だと思う。特に竜甲大亀に至ってはDランクの冒険者など相手にならない強さだ。
このダンジョンの難易度を考えるとCを超えてBランクぐらいが妥当なんじゃないだろうか。
とはいえ、ここで諦めて帰るつもりはない。同行者がいなくなった事で制限も無くなった。
あらゆる手を尽くしてこのダンジョンを攻略してやろうじゃないか。
四層へと降りると大きな地底湖が広がっていた。
水の補給をしようと近付くと、それまで静かだった湖面にさざ波が立ち、次第に大きくなったかと思ったら不自然なほど大荒れとなり津波を起こして迫ってくる。
「やばっ……」
種族『狂地霊』 職業『狩人』
スキル『地中遊泳』で地面の下に避難して、辛うじて回避出来た。水が引いた所で地上に出てみると、地底湖の水面に顔を出し此方の様子を伺う大蛸がいた。
『このタコ野郎……『石の弾』』
水面の大蛸目掛けて放たれた弾丸は命中せず、盛大に飛沫を上げて沈んでいった。
大蛸が脚の先を此方に向けた。脚の先端に穴が空いている。嫌な予感。
向けられた脚の先から強烈な水流が襲い掛かってくる。避けようとしても、予想していた攻撃に対して身体の動きが追い付かず、岩壁まで吹き飛ばされた。
『この身体、反応が鈍いな』
種族『人間 伊織 奏』 職業『召喚術士』
「……どうにかして水の中から出さないと」
あの大蛸に勝てる水棲生物か……
『水中から追い立てろ! 召喚・狩人鮫』
狂暴な狩人鮫が地底湖に潜り、水中の大蛸に襲い掛かる。
水面が激しく揺れ、狩人鮫が噛みついたのか水中が真っ黒に染まるとそれまでとは一変して静かになったかと思えば、水中から蛸脚に絡め取られた狩人鮫と大蛸が飛び出してきた。
数本の脚を犠牲にしながらも、掴んだ狩人鮫の身体を捻り折って二つに引き裂いてしまった。
狩人鮫でも勝てないか。だが隙は出来た。
種族『人間 伊織 奏』 職業『魔法使い』
『凍える死の絶氷 偉大なる氷角』
勝利の余韻に浸っていた大蛸の身体を、巨大な氷柱が貫いた。