63 不審者、ゲットだぜ
朝、目が覚めて寝惚け眼で隣のベッドを見るとキャロルがいない。またか、と視線を床に向けるとXの文字を描いて爆睡していた。
起こすには少し早いか。
寝相の悪いキャロルをベッドに戻して下に降りる。
日の出前とあって、まだ屋敷の住人達も大半は眠っているようだ。
「朝飯前にちょっと身体を動かすか」
深呼吸で朝の冷えた空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
敷地の庭に出ると、剣の素振りをするシンクを見つけた。
「よう、シンク。随分早いな」
「お早う、イオリさん」
すでに軽く汗を掻くほど続けていたようだ。
「イオリさんもトレーニングかい?」
「眠気覚ましに軽くな」
種族『人間 伊織 奏』 職業『剣士』
一心に木剣を振るうシンクの隣りで借りた木剣を握り、脳内で小鬼剣将軍の姿をイメージして斬りかかる。
剣将軍の双剣を掻い潜り、脇を斬り上げ、喉を突き、脳天から一気に振り下ろす。
現実でこうもあっさり倒せたら苦労しないんだがな。
「イオリさん、ちょっと手合わせしてくれないかな」
「おう、いいぞ。寸止めでやろうか」
珍しくシンクから手合わせの誘いがあった。朝っぱらから怪我したくないから寸止めだ。
「それじゃ……」
初手はシンクから。
横払いからの十字斬り、間合いを詰めて鍔迫り合い。
シンクの足が止まった所で受け流し、シンクの体勢が崩れた。
「くっ!」
苦し紛れに振るわれた剣を避けてシンクが体勢を整えるのを待つ。
今度は此方から。
少し強めの三連撃、たまらずシンクは後退するが最後の一撃を受け損ねて腕が大きく伸びて隙だらけだ。
喉元に切っ先を突きつけて一本。
「まだまだ!」
喉元に突きつけられた木剣を弾いて、上段に構えて振り下ろす。
シンクの力任せの一撃をわずかに身をずらして躱し、勢い余った切っ先が地面を抉って止まった。
すかさず木剣を踏みつけ、シンクの肩に木剣を乗せて一本。これで二本目。
「……く」
シンクは大きく後退し間合いを取った。まだ諦めず続けるようだ。
今度は攻めてこない、上手く攻める手が浮かばないようだな。では、此方からいくか。
上、下、上、右、左と木剣で打ち合い、最後に絡ませて木剣を弾く。
シンクの手から木剣が飛ばされ、後ろで乾いた音を立てて転がった。これで三本目。
「……参った。俺の負けだよ」
無手となってはさすがに諦めるか。
「イオリさん、俺って才能無いのかな?」
「才能?」
シンクが言う才能とは剣の才能の事だろうが、正直に言えば今の手合わせを見る限り、シンクの剣を脅威とは思わないな。
だが。
「今、シンクが気にしているのは剣を操る才能の有無か? それとも剣で戦っていけるかどうかか?」
シンクの質問の意図をそのまま受け取るなら、才能を感じさせるようなものは無い。
しかし、質問の意図が『戦っていけるかどうか』なら少し事情が変わる。
俺個人の考え方として、武器を操る才能の有無と戦いに勝利する事は必ずしも一致しないと思う。確かに才能があれば勝利を納める確率は高くなる。しかし、技術が劣る者でも勝利する方法なんて幾らでもある。
問題なのは、シンクが自分を信じられないという事だろう。
さっきの手合わせで、シンクの剣に殺気も工夫もなかった。足払い、体当たり、フェイント、やれる事は沢山あっただろうに。
「全てはシンク次第だと思うぞ。才能があっても負けるし、才能が無くても望みは叶う」
「……そっか。ありがと」
力無く答え、シンクは屋敷へと戻っていった。
シンクの悩みが少しは軽くなるといいんだが。
朝食を終えた後、ダンジョン攻略の準備をする為に市場へとアイテムを買いに来た。
「おぉ~あれなに!」
「行くな行くな。ただの雑貨屋だ、必要無い」
「あれ! あれ!」
「あれは、保存食……あぁ買っていこう」
キャロルの興味を引いたのは干し肉や豆類など売る屋台だ。丁度良い、ここで日持ちする食料を探そう。
「まいど! どうだい、どれも旨いぞ」
「そうだな、干し肉を適当にブロックでくれ。あと胡桃を一皿分、ナッツも一皿分くれ……これは魚の干物か?」
何の魚かわからないがカッチカチの開きで店の端に並んでいた。
「あぁ、この辺じゃ見掛けない品だろ? 少しだけ入ってきたんだよ」
アケルは内陸だから魚介類はほとんど見掛けないな。
「ふ~ん、面白そうだな。コイツも貰うよ」
「まいどあり! コイツは嬢ちゃんにオマケだ」
そう言って店主は干し肉の欠片をキャロルに手渡した。
嬉しそうに干し肉を受け取ったキャロルがちょっと考えて、モジモジしながら。
「もっとおまけしても、いいよ?」
「……だーっはっはっ! そうかそうかもっとオマケしてもいいなら、これでどうだ?」
キャロルの物言いに気を良くした店主が、さらに胡桃を一皿分追加してくれた。
店主に礼を言って立ち去る。
追加で貰った胡桃はおやつだな。
「あと必要なのは……」
買い物を済ませ、孤児院への帰り道。
大通りを歩いていると頭上のキャロルが頬を叩いてきた。
「なぁなぁ」
「ん? ……あぁ、このまま帰るのは不味いか」
いつからいたのか尾行されている。
例の昇格試験絡みだろう。どうするかな。
撒くか、潰すか。
「……キャロル、しっかり掴まってろ」
「うぃ!」
種族『人間 伊織 奏』 職業『暗殺者』
フラフラと大通りから細道に入ると、素早く壁を駆け上がって屋上に着地する。そこから下を覗き込むと三人が同じように細道に入ってきた。
しかし、俺の姿を見失い慌てている。
「キャロル、ちょっと待ってろ」
キャロルを肩から下ろして。
種族『狂地霊』 職業『暗殺者』
屋上から飛び降りると『地中遊泳』スキルで地面の下に潜り、すかさず三人を地中へと引きずり込む。
身元が分からない内は早まって殺すのは不味い。
胸元まで沈めて拘束する。
種族『人間 伊織 奏』 職業『暗殺者』
「キャロル~」
屋上のキャロルに声をかけると飛び降りてきた。
嫌な予感がして横にズレると、上空からキャロルが元いた位置に着地した。
幾らなんでもその勢いで肩に着地されたら痛いじゃ済まんわ。
「ぶ~」
改めて肩に乗ってきたので、放置。
「さて、こっちも片付けるか」
地面に沈められ身動きが取れなくなった三人の背後に立ち、尋問を開始する。
「ど、どうなってんだ? 動けねぇ!」
「くそっ! 何とかなんねぇのか!?」
「てめぇ! こんな真似してタダで済むと……」
喚く男達の頭を踏みつけ。
「お前達の命は俺の手の中だという事を、よぉく考えてから喋れよ。お前達の目的は?」
それまで元気に喚いていたのに、質問した途端に黙りを決め込みやがった。
「ん~? どうした、何が目的か聞いてるんだが?」
「だがぁ?」
ニタニタと笑いながらキャロルと一緒に男達の頭を小突く。
「……俺達を解放しろ。そうすりゃ」
「詰まらん答えだ」
買い込んだ品物の中から下級ポーションを取り出し、暗殺者スキル『毒生成』で中身を作り替える。
生成された毒液を頭からかけられた男が泡を噴いて沈黙した。
「ア、アーロッ! 何しやがったんだ、てめぇ!」
「さぁて、このアーロとかいう奴が手遅れになる前に喋らないと大変なことになるぞ」
脅しても素直に喋ろうとしない。では、次の手だ。
毒液に『毒生成』スキルを重ね掛けして、より強力な毒が出来上がった。
試しに男達の目の前に数滴垂らすと、触れた地面が白い煙りを上げて溶けていく。それを目の当たりにした男達が悲鳴を上げた。
「やめろぉ、わかった! わかったからそれを近づけるなぁ!」