62 昇格試験、お受けします
「昇格試験を担当する試験官は、明確な規定があるわけではありませんが通常、同じランク以上の冒険者が務めます。現在イオリさんのランクはEですから、このままだと他のギルドマスターから試験官としての力量不足を指摘される可能性が高く、監督した試験そのものを無効と判断されかねません」
そりゃそうだろ。
いくら問題の学園生徒の試験について一任されているとはいえ、低ランクの冒険者が試験官を務めては試験の内容をきちんと判断出来たのか怪しくなるし、その事に第三者のギルドマスター達が納得するとは思えない。
「そこで我々は考えました」
え、何を?
「幸い昇格試験の期間には、ある程度余裕があります。そこでイオリさんには生徒達の試験の前に単独でダンジョンを攻略してもらい、攻略成功後にその内容と生徒達の担当試験官としての報告を一緒に昇格合否の会議に上げます」
「まぁ随分とゴリ押しになるが、期間中にダンジョンを単独で攻略出来りゃあ確実にDランク相当と認められ、試験官を務めた時にEランクであっても別に問題ねぇだろって言い訳も出来る。それでもぐたぐだ文句言ってくる奴もいるだろうが、押し通す」
はぁ、なるほど。とは言っても全ては俺が受けるか否かに掛かってるわけだ。
「……この話し、俺にはあまりメリットが」
「お前には無茶な要求をしているのはわかってる! だが、うちとしても今回の依頼はギルド本部も絡んでいるから無視するわけにはいかねぇんだ! この大きな借りは必ず何らかの形で返す。だから、頼む!」
あのギルドマスターが机に額を打ち付けるように頭を下げた。
正直、驚いた。
どうやら彼の苦悩は、俺が想像するより重いものなのかもしれない。
「何だったらうちのアーリを嫁に出してもいい!」
「なっ!?」
頭を下げるギルドマスターの後ろで、彼を労るような顔をしていたアーリが固まった。ちょっと照れてる。
「いや、いい」
「なっ!?」
即座に返答すると、今度は此方を見て固まっている。何か睨んでる?
「アーリを嫁にしたけりゃ、貸し借りなんかで嫁にせず正面から口説くだろ」
「な、な、なにを」
「まぁ、口説いたりはしないんだが」
「………………クソが」
ここで話しを蹴ると本気でアーリを敵に回しそうだし、ギルドマスターに貸しが出来るのも悪くない。
と言うことで、Dランク昇格試験を受ける事にした。
Dランク昇格に疑いようの無い実績となる難易度のダンジョンとなると、初心者向けのダンジョンでは駄目だろうな。
「攻略してもらうダンジョンは、学園の生徒が試験として潜る予定のダンジョン近くに派生したダンジョンだ。本命のダンジョンに比べ、まだ低階層しかないが魔物の質、階層の複雑さは同程度だ。生徒の試験で潜る際の予行練習にもなるだろう」
ギルドマスターが周辺地図を広げ、目的地のダンジョンを指差した。人の足で一日くらいの距離か。飛んでいけば半日も掛からないな。
それよりも確認しておかなければならない事がある。
「ダンジョンを攻略するってのは、最奥の部屋に到達する事か? それともダンジョンマスターの討伐かダンジョンコアの破壊をする事か?」
出来ればダンジョンコアは破壊して強化したいが、ダンジョンの再利用を考えていれば、マスターは討伐してもコアの破壊はNGという可能性もある。
「ふむ。コアが破壊されると連動してマスターも死ぬからなマスターを倒す手段の一つとしては有効か……まぁ派生ダンジョンなら構わんだろう。ダンジョンマスターの討伐、またはコアの破壊をもって攻略完了とする。一応忠告しておくが、もしマスターを討伐出来ても無傷のコアには手を出すなよ? マスターが不在の状態で下手に接触するとダンジョンに取り込まれて支配されるからな」
以前、ニード村の水源調査で出会った蛙から聞いた通りだな。俺は支配無効スキルがあるから問題ないが、ここは素直に聞いておこう。
「じゃあ準備を整えて数日の内に出発するよ。他に気を付けておく事があるか?」
「そうだな……さっきも言ったようにシェリア・ノスターフの実家と学園、双方から圧力が掛かっている。もしかしたら情報が漏れて何らかの接触があるかもしれんが、公正な判断をしてくれよ?」
何らかの接触。つまり脅しや賄賂を使ってくるかもって事か。
「了解。試験が終わるまで近づいてくる奴には注意しとくよ。実力行使をしてきても軽くあしらっておこう」
「だといいがな。権力を持った奴らを甘く見るんじゃねぇぞ」
その日の夜。広間で猫妖精にブラッシングをしながらハル達に昇格試験参加を伝えた。
「そんなわけで数日の間、キャロルをよろしくな」
「わかりました。それにしても、もう昇格の話しが来ましたか。かなり早いですね、普通だと一年以上は実績を積むんですけど」
諸々の事情で強引に推されたけど、本来なら年単位の時間がかかるもんなんだな。
「ハル達のパーティーはDランクだったか。Cランクには挑戦しないのか?」
ハルが膝の上で丸まっている猫妖精の背中を撫でながら。
「あまりランクは気にしてませんから、昇格出来るほど実績は積んでませんね。それにうちは、Cランクのクエストは厳しいと思います」
聖なる盾のパーティーは三人だけだが、メンバーを増やす気は無いらしい。あくまでも孤児院の財政を支える程度の活動にしているそうだ。
まあ、活動方針は人それぞれだからな。
「キャロル、俺がいない間は大人しくしてろよ……キャロル?」
猫妖精に混じって団子になっていたキャロルから返事が返ってこない。
いつの間にか眠ってしまったらしい。
「部屋に運ぶか……俺ももう寝るわ、お休み」
「はい、お休みなさい」