61 え?
とある日。クエストを終えて冒険者ギルドで報酬を受け取ると、職員のアーリに呼び止められた。
「イオリさん、今ちょっと良いですか?」
「ん? 何だ」
「実はもうじきDランク昇格試験があるんですよ。イオリさん、Eランクですよね。この機会に昇格試験、受けちゃいませんか?」
何を言うかと思えば。
「俺はこの間、Eランクに上がったばかりだぞ」
FランクからEランクに上がった時より早いぞ。いくらなんでも早過ぎると思うんだが?
「問題ありませんよ、元々FやEランクは規制が緩いんです。所属する各ギルド支部で判断して加入や昇格を決められます。でもDランク以上となると相応の実力を持つって意味がありますのでそのランクに対して冒険者もギルドも責任を持たなければいけません。ですので試験を受ける者が相応しい者かどうか支部のギルドマスター達が一堂に会して協議する必要があり、その為昇格試験は年に二度しか行われません。ですので、ギルド支部は見込み有りと判断した者は積極的に推薦している訳です」
ほ~ん。
「どうです? 今回を逃すと次のチャンスは当分先になってしまいます。是非とも前向きに検討して……」
「いや、止めとく」
「ど、どどどうしてですか。別にAランクやBランクの試験を受けろという訳ではありませんよ。ぶっちゃけちゃうとイオリさんならDランク試験なんて楽勝ですよ、受けましょう! これはもう受けるしかないでしょ!」
「いや、止めとく」
「何でえぇ!」
いや此方が、何で、だよ。現状、ランクがEでも困ってないし、それに……
「何故そこまで俺を推すのかな? 怪しい。俺の実力を評価しているというより、俺をDランクにしたい何らかの理由があるんじゃないか?」
アーリの顔が固まった。ヤバい、マズい、て顔だ。
「え、あ、その~……」
「……その理由如何によっては、試験の事も考えよう」
昇格試験を強く勧める理由を聞く為、ギルドマスターの執務室に案内された。
「な、何だ? 俺は呼んでねぇぞ」
執務室に入ると事務作業をしていたギルドマスターが俺の顔を見るなり渋い顔をした。
「ギルドマスター、Dランク昇格試験についてイオリさんが聞きたい事があるそうです。試験を受けるかどうかはその内容次第だそうです」
「ぐっ……お前の方で説得しとけよ」
「無理ですよ。イオリさんて、変に醒めた所があるから食いつきが悪いんです。ここは正直に話した方が協力を得られやすいんじゃないですか?」
何やら二人でこそこそと話している。
どうやら昇格試験には裏があるようだ。
「あ~……実はな国内のある学園から内々に生徒をDランク昇格試験に受けさせたいという連絡があった。その学園では主に戦闘職の技術を習う学園でな、そこの卒業生は王国や貴族、冒険者となって活動しているんだ。それでな、学園長が三人の優秀な生徒に箔を付ける為に飛び級でDランク登録をさせたいと考え、近々行われる昇格試験に参加させ、合格させるよう依頼してきた」
「最初に言っておくとDランクの昇格試験を受けるにはEランク資格が必要です。本来なら冒険者登録もせず、活動記録も冒険者適性も不明な者などお呼びじゃないんですけどね」
眉間に皺を寄せて、アーリが溜め息をついた。
「しかし学園は事前に冒険者ギルド本部から、うちと交渉する許可を手に入れていて、随分と面倒な会議を重ねましたよ……学園側が求めているのは特別な存在なんです。『優秀な存在ゆえに規定のルールを無視して特別扱いを受けた生徒』がいるという事実を欲しているんです。それだけでも面倒くさいのに、わざわざアケルの冒険者ギルドで受けさせようとするんですから……」
何故かアケルの冒険者ギルドに声が掛かったのか。
アーリはかなり不満があるようだな。
「何故、この街に? 何か接点でもあるのか?」
「ねぇよ。強いて言えば、うちは試験合格者の実績が少ない。うちの試験で合格者を出せるなら文句無いだろって思ってやがる。ギルド本部と学園側でどんな話し合いが持たれたのか知らねぇが、本部からはこの件に関してはうちに一任するって連絡があった。厄介事を押し付けられたんだよ!」
ギルドマスターが振り上げた拳で机を叩いた。歯を食い縛り怒りを腹の内に押し込んでいる。
「うちが実績欲しさに不正を黙認すると思ってやがるのが頭にくる。学園の連中も金さえ積めば通ると思いやがって……」
「それで? 受けたのか」
「それがですねぇ……さらにややこしい話しになったんですよ」
そう言ってアーリが一通の手紙を見せてきた。
「これは例の生徒の一人、シェリア・ノスターフの実家から送られてきた手紙で、要約するとシェリア・ノスターフを不合格にしろという内容です」
ん? 生徒の実家が不合格にしろ?
つまり我が子を冒険者にするな、と言ってるのか。
「ノスターフ家はアーク王国でもかなりの上級貴族です。縁を結びたいと考える所は多く、シェリア・ノスターフには結婚によって家の利益となるように求めているとか」
「冒険者なんかになったらどんな傷を負うかわからないし、最悪死亡するかも知れない」
「はい。それはノスターフ家にとって許容出来ないそうです」
だったら戦闘職を学ぶ学園なんぞに入れるなよ。
実家の考えとしては、学園の有望株を引き入れる為に娘を学園に送り込んだって所かな。使える駒を釣り上げる為の餌として娘を送り込んだのに、肝心の娘が冒険者に傾倒してしまったか。
「片方は合格させろ。片方は不合格にしろ、か」
面倒くせ~。
こりゃギルドマスターも頭抱えるわ。
「ギルドが抱える悩みはわかった。どうするのかは知らないが、それと俺に試験を受けさせるのと、どう繋がるんだ?」
「どちらもそれなりに影響力を持っているので、どのような結果になっても不都合が生じます。特に問題の生徒を担当する試験官には両者からプレッシャーが掛かると思います」
そうだろうね。人によってはそれだけで体調を崩しかねないだろう。
「ですから、担当する試験官には『図太い』性格で、多少の問題など意に介さない『タフさ』が求められます」
うん。まぁ、そうだね。
アーリが此方を見ている。ギルドマスターも見ている。
………………え?