57 口封じ
幼女を抱えて商業ギルドの扉を開けると、受け付けの職員がギョッとしている。見様によっては誘拐犯にでも見えるのかな。
商業ギルドには何度か来た事があるが、やっぱり冒険者ギルドより広いな。
「失礼、商業ギルドに何か御用ですか?」
通常は此方から受け付けに行くのだが、どうやら怪しい奴だと認識されてしまったのか、幹部らしき男が警備員を連れて声をかけてきた。
「あ、あぁ。約束をしていてな、商業ギルドに来るように言われてるんだが……あ、この手紙を貰った」
持参した手紙を幹部職員に渡すと、素直に受け取り読み始めた。読んでいる間も、警備員の厳しい視線が向けられている。
「……あぁ、貴方が。殿下は応接室にてお待ちです、御案内致します。しかし、王族の方と取り引き出来るのは当ギルドとしても光栄な事です」
どうやらお姫さんを待たせているようだ。
常識的に考えて王族を待たせるのは不味い気がする。
幹部職員に案内されて応接室に入ると、ソファーに座るお姫さんがいた。
「待たせて悪いね。今日はドレス姿か、お嬢様っぽい格好だな」
軽口を叩くと後ろに控えていた護衛の兵士が睨み付けてきた。
お姫さんも呆れたような目で此方を一瞥し、溜め息をついた。取り敢えず、ソファーに座るお姫さんの横のスペースを指差し。
「え~と、ここ座っても良いか?」
「貴様ッ!」
護衛の兵士は血管が浮き出るほど怒るし、ハルは俺の袖を引っ張って顔を振っている。
「別に構わん。さっさと座るが良い」
お姫さんはOKを出したけど。
「じゃあ、もうちょっと詰めてくれ」
三人掛けのソファーに三人座るには、お姫さんが邪魔だ。
「……」
「おぅ、悪いね」
無言で端に移動してくれたお姫さんに礼を言って俺とハルが座る。キャロルはハルの膝の上だ。
何か後ろの方で剣をカチャカチャ鳴らしているが、無視無視。
「え~……それでは此方をご覧下さい。殿下より依頼されていた土地と建物に関する資料です。建築希望の場所として指定された辺りは無人の屋敷や土地が多く、広い土地を探すのは苦労しませんでしたが、新しく建てる屋敷の方は二階建てで内装、外装共に簡素なものでよいという要望で間違い御座いませんか?」
屋敷に関してはハルに丸投げだな。俺はただの居候だし。
「はい、部屋の広さも同じで構いません。一階に調理場と洗濯室をお願いします」
「わかりました。土地の三分の一ほどは建物として使用し、残り三分の二については手付かずのままお引き渡しという事で構いませんか?」
「大丈夫です」
ハルの要望としては元の屋敷から近い場所を希望していたが、問題なくいけそうだ。
「それでは、御支払いの方ですが……まず前払いで金貨百枚、残りは屋敷の完成後という事で構いませんか?」
ちらりと横のお姫さんを見る。
「うむ。おい、支払いを」
後ろに控えていた兵士が大きな袋から金貨十枚を一束にした包みを計十個取り出し、職員の前に置いた。
金貨百枚は、そのまま別の職員が運び出した。流石にその場で開けて確認なんてしないか。
「話しは通しておくので残りの支払いは、王都の第八騎士団本部に請求してくれ」
「畏まりました」
詳しい内容が記された契約書にサインし。
これにて終了。
「今後とも、宜しくお願い致します」
ただの冒険者相手に、随分と丁寧に接するなぁ。
やっぱりお姫さんが同席していたお陰かな? 吹っ掛けられる事もなく、詐欺られる事もなかったな。
「ではお前達、少し付き合ってもらうぞ」
ソファーから立ち上がり、お姫さんが俺とハルを連れてギルドを出た。
商業ギルドの敷地を出るまでに、出店の前でキャロルの足がまた止まる。
「ん~、あれあれ」
「はぁ……駄目だっつぅの」
ジタバタ暴れる様は、普通の子供と大差ないな。
「何してる、さっさと来い」
先頭を行くお姫さんが立ち止まり急かしてくる。
敷地の外に待たせていた馬車に乗り込むまで暴れていたキャロルも、すぐに興味が移ったのか窓の外を眺めて静かになった。
「で、どこへ行くんだい?」
「街の牢獄だ。今朝、例の捕虜が死んでな」
ありゃ、やり過ぎたのか? 何やってんだよもー。
「どうやら時限式の呪いか魔法を掛けられていたらしい。わざわざ生け捕りにしてくれたのに、すまんな」
「それは良いとして、結局何も分からず終いかい?」
今回はバンシャー商会の会長も殺され、何も得られなかったとなると、益々舐められると思うなぁ。
「証拠こそ取れなかったが、どこの国の者かは分かっている。水面下で抗議の一つでも出してやりたいんだが」
肝心の証拠が無ければ、白を切られるだけだろうな。
「国外への対処は難しくても、せめてバンシャー商会と組んでいた国内の敵対者はどうにか出来るのではないですか?」
ハルの言葉にも、お姫さんは渋い顔をした。
「其方も芳しくない。すべての黒幕は、サテル・オデークという下級貴族の企てとして、不自然なまでにスムーズに処理されている。元々、失敗した時はそうなるように泳がされていたんだろう。私も考えが甘かった」
ふ~ん。
「結局、どちらにも逃げられたんなら、牢獄へ何しに行くんだ?」
「イオリ。ランスから聞いたんだが、君は死霊術が使えるそうだな」
「まぁな。捕虜の霊から情報を聞くつもりかい? 死霊術で得た情報が証拠になるかな? 術者の言いなりとなった霊の言葉は信用されないだろ」
「証拠にはならんが、奴らの詳細な情報を得る機会だ。洗いざらい喋って貰う」
ん? 待てよ。
「そういう事なら、普通にこの街の死霊術士でも構わないだろ。何故、俺に?」
お姫さんが、嫌な所を突かれたって顔をして。
「私と敵対している首謀者と思われる奴は、国内の色々な組織に顔が利く奴でな。死霊術士専門のギルドだけでなく、そこを通して殆んどの死霊術士に影響力を持っているんだ。私が死霊術士を使おうとしても、拒否されるか偽情報を掴まされる可能性があるんだよ」
あらまぁ。だから情報は取られないと思って、死人に口なしとばかりに殺されたのかねぇ。