56 シャチホコる幼女
ホームレス伊織はイソーロー伊織に進化した。
お姫さんの鶴の一声でタイガース孤児院のボロ屋敷の一室を借りて、居候生活をスタートさせた。
年季の入った固いベッドの上で目を覚ます。
目に入るのはヒビの入った天井、扉のない入り口、丸見えの廊下。横を見ると、鎧窓の隙間から光りが入り込んでいる。
「あ~……朝か」
下の方で音がする。何人かは起きてるな。そろそろ下に降りるか。
同室のキャロルを起こそうと、隣りのベッドを見るとそこで寝ている筈のキャロルの姿が見えない事に気付いた。
元々が使用人用の二人部屋だからそれほど広くはないが、老朽化によって使える部屋に限りがあるこの屋敷では同室もやむを得ないし、城主吸血鬼のキャロルを普通の子供と同室にするのは、ちょっと心配だったんだ。
「どこ行った、アイ……おぉ」
よく見るとベッドからシーツと共にずり落ちて、アルファベットのCみたいな体勢になってる。
「海老フライ……いや、シャチホコかな?」
というより、何故起きない? よく寝てられるな。
キャロルを小脇に抱えて階下に降りる。
「よぉ、お早う」
「おはよ、イオリさん。キャロちゃんはまだお眠かぁ」
小さい子の世話をしていたペレッタがポンポンとキャロルの頭に触れる。
「食堂に朝ごはん用意してあるから食べちゃってね。それと裏庭で兄さんが薪割りしてると思うんだけど、呼んできてくれる?」
「あぁ、わかった。顔を洗ったら行くよ」
調理場近くの一室を改造して造られた屋内洗濯室で顔を洗い、ついでにキャロルを起こす。
「ほら、いい加減起きろ」
「ん……むぅ~」
揺すって起こそうとしても、グネグネ動いて起きようとしない。
面倒くさ。
「何だよ。キャロルの奴、まだ起きてねぇの?」
「あぁ、リッキー。悪いけどキャロルを食堂に連れて行ってくれ。ご飯を前にすれば、さすがに起きると思うから」
洗濯室に顔を出したリッキーにキャロルを任せ、裏庭に出る。
外に出て薪を割る音の方へ行くと、斧を振るうシンクと手伝いをするエリオがいた。
「シンク、エリオ」
斧を振り下ろし、薪を割り終えたタイミングで声をかける。
「あ、お早う。イオリさん」
「おはよ」
「お早う、二人とも。朝から汗だくで働いて大変だな。朝飯は食ったのか?」
孤児院での食事は基本バラバラで食べている。それぞれが働き始める時間が異なるので、食堂に用意された食事をそれぞれの都合に合わせて食べているようだ。
「シンク。ペレッタが呼んでいたぞ」
「そっか。じゃあエリオ、この辺で終わろう。片付けはやっておくから、朝ごはん食べてこいよ」
「うん、わかった」
地面に転がる薪を回収するのも手間がかかりそうだな。
「シンク、薪は倉庫に入れておけばいいんだろ? やっておくから水でも浴びてからペレッタの所に行けよ。汗だくで行くと嫌な顔するかも知れないぞ」
「え、そうかな? じゃあ、お言葉に甘えて……あっ、そうだ。イオリさん、これ」
シンクが山積みの薪に挟んでいた手紙を手渡して来た。
「さっき役人が持ってきたんだ。イオリさんに渡してくれって」
手紙を読む。なるほど、流石は王族。仕事が早い。
内容は、先日の褒美として願った事について。用意が出来たので確認の為に、商業ギルドに来るようにとの事だ。
俺が願った褒美。それはタイガース孤児院の新しい屋敷と敷地が欲しい、というものだ。
今の屋敷はかなりガタがきている。本来なら住むには不適切なほど老朽化が進んでいるのだ。だから、大きさは縮小してもいいから新築の建物、それから菜園や運動の出来る広さがある敷地を求めたんだが、それに対する返事が来た。
孤児院にも関係する事だし、ハル達にも声かけるか。
キャロルとハルを連れて商業ギルドに来た。
何度か来たことがあるが、相変わらず賑やかな所だ。
広い敷地には商業ギルドの入り口に辿り着くまでに、無数の出店が並ぶ。
「あれあれ、あれなに?」
「ほら、行くぞ。立ち止まるな」
興味がそそられるのか、一歩進む度にキャロルの足が止まる。
「ん~、あれ!」
う、動かん。素の状態では力負けする。
キャロルの目に止まったのは飴の屋台か。甘い匂いに誘われたのか何の変哲もない飴玉を前に、意地でも動こうとしない。
「ったく……店主、飴玉を一袋くれ」
「あいよ、毎度あり!」
店主から手渡された飴玉の入った袋にキャロルは釘付けだ。
「もつ、もつ」
「駄目、これは孤児院へのお土産だ。ハル、すまないが袋を頼む」
俺の手からハルに渡される飴玉の袋に必死に手を伸ばすが、その手が届かないように掴んで引き離す。
甘やかすのは良くない。
「んっ! あめ!」
飴玉が手に入らない事に腹を立てたキャロルが地団駄を踏むと僅かに地面にヒビが入った。
あまりストレスを与えるのも不味いか?
「仕方ない奴だな。ハル、一個くれ」
「ふふ、そうですね」
俺とキャロルのやり取りは端から見てると面白いのか、微笑みながらハルが袋から飴玉を一つ、キャロルの口に持っていき。
「はい、キャロちゃん。あ~ん」
「あ~」
餌を貰う雛鳥のように、口の中に飴玉を放り込まれて
ご満悦だ。
ガリッ! ゴリッ!
キャロルの口から飴玉を噛み砕く音が聞こえる。
「飴は舐めるもんだぞ」
「……あ~」
お代わりを要求しているようだが、NOだ。
「一個だけって言っただろ。残りは帰ってから」
「ん~ん~!」
「駄目」
いよいよ不貞腐れて歩かなくなった。
仕方ないので小脇に抱えて運ぼう。
周りからクスクスと笑い声が聞こえる中、足早に建物に向かった。




