55 願いを一つ叶えよう
アケルに戻って来ると何やら厳戒態勢で出迎えられた。どうやら禁域の封印が解かれた事が何故か伝わっていて、それに対処する為のものだったらしい。
城壁の扉は閉じられ、完全武装の兵士達が慌ただしく駆け回っている。
「ふむ……私は禁域調査隊隊長ボルター・カルクイードである。任務を終了し、戻ってきた。城門を開けよ!」
先頭の馬車から降りたボルターが城壁の上にいる兵士達に向けて叫ぶと、閉じられていた門がゆっくりと僅かに開き、兵士が一人駆け寄ってきた。
「カルクイード殿。禁域で何か異常はありませんでしたか? 此方では万が一の事態に備えよと命令がありまして……現在、王都からピナリー殿下がお越しになっております」
「むむ、ピナリー殿下が? では、すぐにご報告に参らねば。すまぬが後ろの馬車に捕虜を連れておる。危険人物であるゆえ、拘束したまま牢獄に入れておいてくれ」
捕らえた捕虜のうち、サテルとかいう下級貴族に唆された文官はベラベラと喋ったが、魔犬を操っていた従魔術士は頑として口を開かなかった。
どれだけ拷問にかけても男が情報を漏らす事はなく、やむを得ず連れ帰ってきた。
牢獄に放り込まれた後に、専門の拷問官と魔法の併用で情報を搾り取る事となるだろう。
「ボルターさん、俺達はギルドに顔を出してくるぜ」
「うむ。色々あったが、差し迫った最悪な事態は避けられた。お前達の働きにも感謝しておるぞ」
クエスト完了の報告をする為、冒険者ギルドに入るといつも以上の人数が武装して待機していた。
「何だ? どっかに攻め込む気か」
「いえ、多分街の厳戒態勢に合わせて冒険者ギルドでも不測の事態に備えていたんじゃないですか?」
「だろうね。お~い、ギルマス~」
人混みを掻き分けて、奥へと進むと職員達と打ち合わせ中だったギルドマスターがいた。
リップが手を振るとギルドマスターも此方に気が付いたようだ。
「戻ったか、お前達。すぐに会議を開くぞ! うちに届いた情報だと禁域で異常があったらしいじゃねぇか。下手すると、禁域の封印が解けた可能性がある……そうなれば真っ先にこの街が襲われると思ったんだが、お前達が無事に戻ったって事は……偽情報だったか?」
さて、どう説明したものか。
ギルドマスターの話しでは、調査隊が出発した後に街の倉庫街で火事があり、その後お姫さんが街の領主の下に現れて禁域で異常事態が発生した可能性を説いたそうだ。
領主は半信半疑ながらも、バンシャー商会の屋敷が賊に襲撃された事、王族であるお姫さんの意見を無視出来ない事から、翌朝には魔物の襲撃を予想した警戒を指示したそうだ。
その後、王都からAランク冒険者が訪れ、禁域の封印を解こうとする計画が進行していると告げられた。
もっとも、すでにお姫さんがその計画は首謀者がサテル・オデークという下級貴族であり、アケルの街を犠牲にした内容であると暴露していた。
ここまで来ると、お姫さんの言う事を信じきれていなかった領主も、警戒レベルを更に引き上げ、冒険者ギルドにも協力要請を出したわけだ。
「その王都から来た冒険者は?」
「どうやら領主の部屋に軟禁されているらしい。依頼されたとはいえ、下手すりゃ国家反逆罪かもしれねぇ計画に手を貸した事になるからな。大人しくしていれば、ピナリー殿下が良いように処理してくれるっつー話しだ」
なるほど。いまいち信用出来ない奴は、例えAランクでも不要って事ね。
「それで、禁域で何があった。封印された魔物は?」
ギルド中が静まりかえり、視線が一斉に此方に向く。
「まずは安心しろ。魔物は退治された」
安心しろとは言ったが、言葉では納得出来なかったのか、彼方此方からどういう事だと怒号が飛ぶ。
「あぁ、うるせぇ! 不意を突かれて封印を破壊されたが、勇者が同行してたんだ。俺はその場を見てないが、勇者アオバの活躍で封印されていた魔物は粉々になっていたよ。今、調査隊の隊長が報告している頃だ、詳しい話しは領主にでも聞いてくれ」
話し終えても、騒々しさはより一層強くなった。
今後の事を考えて、警戒態勢をどうするかで揉めている。
騒々しさに辟易して、立ち去ろうと入り口に目を向けると、ランスが手を振っていた。
「まだ此方は混乱気味か……まぁ無理もないか。殿下がお呼びなんでね。来てくれ」
ボルターの話しだけでは駄目だったか。どこか不審な部分があったのかな。
大人しく付いて行くと、どんどん貴族街から離れていく。てっきり領主の屋敷かどっかだと思ったんだが。
目的地は牢獄だった。
「帰って早々、すまんな」
空気が淀んだ地下牢の前で、ボルターを連れたお姫さんがいた。
目の前の牢に入れられているのは、禁域で捕らえた従魔術士だな。
「ふむ……あのウルトとかいう賊ではないな。恐らく手の者か」
どうやら自分が戦った奴かどうか、わざわざ確認に来たらしい。
「ボルターから大体の事は聞いた。アオバの活躍、魔物の死骸……君から何か付け加える事はないかな?」
う~む、細工をした事がバレてる?
だが王国に不都合な事はないと思うんだが。キャロルの事、どうすっかな。
退治出来るなら退治した方がいいかもしれないが、さすがに幼女を手にかけるのは心が痛む。
他の奴が始末しようとしても魂魄支配には逆らえないだらうし、あまり追い詰めて本格的に敵対すれば手に負えなくなるだけだろ。
「特に無いが……強いて言うなら、迷子を拾ってどうしたものかと悩んでる」
「そうか。迷子、ね」
此方を見ながらニヤニヤしないで欲しい。
「ところでアオバの事なんだが、君の目から見て彼は役に立ったかな?」
なんだ突然。
「役に? いや、別に……あっ! お、俺は見てないが凄い活躍だったんじゃないかな? 何しろ禁域に封印されていた魔物を一人で……」
「それが本当なら喜ばしい限りだが、当の本人がまるで覚えていないそうだ。これではまだまだ未熟と言わざるを得ない」
「……それで?」
「修行の為、暫くの間アケルに居るよう言っておいた。君も暇な時は、彼を鍛えてくれないかな?」
お願いみたいな言い方だが、何だが手綱を握られた気分だ。
「それと、迷子の件だが。ハル、君のところで世話してやってくれ」
「はい、お任せ下さい。キャロルちゃんは良い子なので、きっと皆歓迎してくれますよ」
「ちょ、ちょっとそれは……」
一応、従魔契約しているとはいえ、アイツは城主吸血鬼。普通の子供と遊ばせて、大丈夫なのか?
「何か問題か? まさか、ホームレスの如く住み処を持たず、一人でフラフラ生活している君が子供の面倒を見れるとでも?」
「いえ……問題ない、です」
改めて言われるとグゥの音も出ないよ。
「とはいえハルに任せっきりにするのも大人として無責任過ぎるな。君も孤児院に住んで助力しなさい」
「……へい」
有無を言わさず俺の処遇が決まった。一人でフラフラ生活するのも楽で良かったんだがな。
「では、最後に。第八騎士団は外部から人材を採用した場合、どれほど有能でも三級騎士となる。代わりに私に叶えられる願いなら一つ、叶えてやるぞ。今回の褒美と合わせて、多少無茶な願いでも聞いてやろう」
ほう、多少無茶でもか。
法に触れる願いでも……いやいや、駄目だろ。
「どうだい、何かないかな?」
「そうだな……」
そうだ、アレがいい。