54 勇者の不思議パワー
さて他の連中を起こす前に、多少の工作はしておくかな。
「キャロル。俺は城の様子を見てくるが、ここで大人しく待ってるか?」
「いくいくいくぅ、とぉっ!」
飛び上がって俺の肩に着地した。肩車好きだな。
吸血城の階段を登り、小蜥蜴の見たキャロルが封印されていた部屋へと入る。
棺桶は粉々になり、床の魔方陣は一部が欠けていた。
「ここか……」
術者の命令で使い捨てにされた哀れな魔犬に僅かながら同情し、祈りを捧げる。
種族『人間 伊織 奏』 職業『錬金術士』
禁域に来るまでに仕留めた魔物の死骸を使って、吸血鬼っぽい死体を合成しよう。
『思い描くように形を変えろ 自由造形』
イメージとしては大人の男の手足、鋭く伸びた爪、蝙蝠の皮翼をバラバラにして散らかす。
最後にダンジョンコアの欠片をパラパラ。
大体こんな感じかな。
「う~ん、封印が解かれ復活した魔物を勇者アオバが勇者の不思議パワーで倒しちゃった……的な?」
「てきな?」
ダミーシナリオはこれで、良し。
肝心の主人公アオバはどこだっけ? 森の中に吹っ飛んだままか。
城を出ると、ちょうどハル達が目を覚まし始めた。
「あ~……あれ? 私は……何を」
「よぉ、やっと起きたか。何があったか覚えてるか?」
「あ、イオリさん……いえ、何も」
肩車しているキャロルを見ても騒がない所を見ると、支配されていた前後の記憶が飛んでるのかな?
頻りに首を傾げるハルには悪いが、このまま有耶無耶にしてしまおう。
「そっか。じゃあ、悪いけど他の奴らを起こしてくれないか。俺はアオバを捜しに行ってくる」
「? アオバくん、居なくなったんですか?」
「詳しい話しは後でな。頼んだぜ」
強引に話しを切り上げて、俺が吹き飛ばされた辺りまで戻ってみる。
多分、近くに落ちた筈だよな。
「キャロル、どっかに人がいないか」
上級の吸血鬼なら優れた感知能力がありそうだし、自分の縄張りなら分かるんじゃないかな。
「ん~とねぇ、あっちとあっち」
片方はアオバだとして、別方向にも?
城の方角では無いな。
だとすると禁域に俺達以外の人間がいるって事か。
「……まずは、アオバが先か」
キャロルの指差す方へ歩くと木の枝に引っ掛かったアオバを見つけた。
「よし、キャロル。アオバを起こして城に戻ってろ」
「やっ!」
別方向にいる奴が気になるからキャロルを降ろして調べに行きたいんだが、キャロルが駄々をこね出した。
「いいから降りろ、このっ! いぃででぇ!」
「やだぁ!」
無理矢理降ろそうとしても髪の毛を握り締めて拒否しやがる。吸血鬼の怪力で引っ張ったら全部抜けるわ。
「まったく……だったら、アオバを自力で城の方まで歩かせろ。俺達は侵入してる奴を見つけるぞ」
「うぃ! おきろぉ。しろんとこ、いってろぉ」
無言で起き上がったアオバは城へと歩き出した。
城に着いたらハル達がいるし、多少様子がおかしくても大丈夫だろ。
種族『剛拳大猿』 種族『暗殺者』
「さるさるさるぅ~」
剛拳大猿に変身し、口の前で人差し指を立てて静かにするようジェスチャーで伝えると、キャロルも同じ仕草で答えた。
木の枝を伝って、不審者が居るであろう場所を目指す。
このタイミングで禁域に居るって事は、魔犬に細工して自爆させた奴か、もしくは関係者だろ。
高い枝に登り、上から辺りを見回すと怪しい人影を見つけた。
城からそれほど離れていない森の中、恐らく彼処が魔犬に指示を飛ばせる限界の距離なんだろうな。
取り押さえる為に真上から奇襲を掛けたが、ギリギリで躱された。
「な、何だ! 剛拳大猿だと?」
コイツは従魔術士だろうから、接近戦は苦手だろ。
腹に一発打ち込んで悶絶させてから取り押さえよう。
「くそっ! 俺に従え 『従属接続』!」
だが失敗した。
男の腕を掴んで持ち上げると、男はさらに焦りながら術を連発する。
「『従属接続』! 『従属接続』! 何でだ!」
多少加減はしたが、剛拳大猿の硬い拳が男の柔らかい腹にめり込み、色々撒き散らしながら男が気を失った。
「きちゃな~い」
本当にな。
種族『人間 伊織 奏』 職業『召喚術士』
『主の呼び声に応えよ 召喚・刃牙狼』
呼び出した刃牙狼の背中に、猿轡を噛ませて縛り上げた男を乗せて吸血城へと戻った。
目を覚ました騎士達が、俺の背後にいる刃牙狼に驚いているが構わずボルターの下に行く。
地面に座り込んでいるアオバが此方を見て。
「おっさん何だよ、その……狼とガキは」
魂魄支配は解かれたようだな。まだ調子が悪そうだが、多分黄金骸竜に吹っ飛ばされた時のダメージが抜けてないんだろう。
「この子供は迷子だ。さっき保護した。それと後ろの刃牙狼は、俺の召喚獣だ」
「召喚獣だって……おっさん、召喚術士だっけ?」
「そんな事より、今の状況をちゃんと理解している奴はいるのか?」
俺の問いには誰も答えなかった。皆、記憶が飛んでいるようだな。
「俺もちゃんと見たわけじゃないが、俺達が連れていた魔犬が捨て駒で利用され自爆してな、禁域に封じられていた城主吸血鬼が復活したみたいなんだ。でもアオバの活躍で退治されたっぽいな。さすがは勇者だぜ、うん」
「……え、復活?」
俺の説明を聞いていた一同は暫く無言だったが、ルリがポツリと喋った。
「え? しかも、コイツが退治? え、えぇ! 本当ですか! 確かにさっきまで頭おかしかったけど」
「マジか……俺、全然覚えて無いんだけど」
「その瞬間を見たわけじゃないから、絶対とは言えないな。だが、状況から見てそれ以外無いんじゃないかな」
確認の為、文官や僧侶達が城の封印の間へ行き、青い顔をして戻ってきた。
自分たちが確認した事をボルターに報告すると、揃って頭を抱えてしまった。
「あの、ところでイオリさん。肩車している、その子も気になるんですけど……後ろの狼が背中に乗せてる男の人は誰ですか?」
ハルが刃牙狼の背に乗せられた捕虜の男を指差し、尋ねてきた。
「まず、上のコイツはキャロル・バリー。キャロル、挨拶しな」
「こんちゃ!」
「あ、はい。こんにちわ……元気良いですね、私はハル・ウェルナーといいます。よろしくね、キャロルちゃん」
「そんで後ろの奴が、多分城の封印を解いた犯人だ」
「何ぃっ!」
ボルターは叫び声を上げて駆け寄ってきた。
「は、犯人? それは本当か!」
「この付近で怪しい奴はコイツだけだった。詳しい事は、コイツに聞いてくれ」
「よぉし、どんな手を使ってでも情報を吐かせろ!」
「はっ!」
封印は解かれたが、一応後始末はしたし、残る問題はお姫さんに丸投げしようかね。