52 多勢に無勢過ぎる
人にばかり注意を向けていた。
まさか従魔を使い捨てにしてくるとは。
「何だ、今の音は?」
「城の方からだ。急げ!」
護衛の騎士達が吸血城に駆け込んでいく。
俺達はどうするか。あの爆発で封印の魔方陣が破壊され、中にいた連中もどうなったか分からない。
封印は解かれたと考えて行動した方が良いだろう。だとすると、逃げるか?
「イオリさん」
「ん? どうし……」
ハルの指差す方向、吸血城の正門から続々と人が出てくる。
先ほど駆け込んで行った騎士達だけでなく、爆発に巻き込まれた僧侶や文官達も一緒だ。
皆、大した怪我もなく自分の足で歩いている。
文官達の後ろにアオバとルリ、最後尾にボルターの姿もある。
「何だ、全員無事かよ」
思ったほど爆発の被害は小さかったのだろうか。慌てた様子も無く、ただ平然と歩いているんだが……
何だろう? 何か、違和感がある。
ボルター達の様子を見ようと近付いてみる。
「いっけ~、げぼくども~」
禁域に似つかわしくない子供の声がした。
よく見ると見知らぬ幼女をボルターが肩車している。
最後尾のボルターに肩車された幼女の言葉に従って、城から出てきた全員が無言で襲ってきた。
「何を考えてんだ! 阿保かお前ら!」
「イオリさん、皆操られているだけです! 何とか手加減して下さい!」
ハルの言い分も分かるけど、流石に多勢に無勢だろう。
意識は無いようだが、動きは悪く無い。夢遊病みたいにフラついてないから、騎士の攻撃を無傷で躱すのは難しい。スキルまでは使ってこないのがせめてもの救いか。僧侶や魔法使い、文官達まで素手や杖で攻撃してくる。
種族『人間 伊織 奏』 職業『魔法使い』
『草木よ、生い茂り、絡みつけ 束縛呪草』
急速に成長した蔦が数人の身体に巻き付き拘束する。
「私が一ヶ所に纏めますので、拘束をお願いします!」
ハルが強化魔法で騎士達の背後に回り込むと、騎士の身体をぶん投げて魔法使いにぶつけて倒し、さらに別の騎士を投げ落とす。
数人がもたついて立てなくなった所に。
「おりゃあぁ!」
文官の身体を持ち上げて、積み重なった人の山に叩きつける。ありゃあ骨の二、三本は折れたな。
『草木よ、生い茂り、絡みつけ 束縛呪草』
身体の隙間という隙間に蔦が絡みつき、全員の動きを止めた。
残りは、アオバとルリとボルターか。
「むむ、てきはてごわい。よわっちぃのからせめろぉ」
ボルターの頭を叩きながら、興奮した幼女が俺を指差した。
「この三頭身のチビガキ。俺が弱いって?」
まぁハルと比べたら、そうかもな。
アオバを先頭にルリが続く。
種族『人間 伊織 奏』 職業『格闘家』
「ハル! 俺にも強化魔法を!」
アオバの剣を躱して身体を密着させ、掴んだ右腕を捻る。
腕が折れる前にアオバが転び、剣を手放した所でルリのメイスが俺の頬を掠めた。
「まだか、ハル!」
強化魔法の援護が来ないと思ってハルを見ると、脱力し俯いている。
「え……」
まさかハルまで支配されたのか。
「いけぇ! にゅーげぼく!」
爆発的な突進でハルが接近してくる。
ハルの掌打をギリギリで躱すが、代わりにアオバの腕を離してしまった。
後ろからルリのメイスが振り下ろされる。
鈍器を躱してもハルの上段蹴りを食らって、意識が飛びそうになる。歯を食い縛って耐えると、アオバの剣が脇腹を掠めた。
鋭い痛みと共に鮮血が飛び、怒りで歯が砕けそうだ。
ルリの振り回すメイスを掴んで、突き出されるアオバの剣を防ぎ、そのままメイスを引き寄せてルリを転がそうとするが、ハルの振り下ろしの拳打を食らって吹き飛ぶ。
距離を詰めようと、三人が襲い来る。
剣が、メイスが、拳が。うがあぁぁっ!
「ターーーイム! タイムッ! タイムッ!」
半ばヤケクソでタイムをかけると、意外にも三人の動きが止まった。
「なにぃ?」
答えたのはボルターの肩に乗った幼女だった。
やはりアイツが封印されていた城主吸血鬼なのか。
「ちょっと仕切り直しだ……」
種族『人間 伊織 奏』 職業『商人』
商人の職業スキル『鑑定』で幼女を見る。
『城主吸血鬼 個体名キャロル・バリー』
『城主吸血鬼 特定の地を拠点とし、鮮血魔方陣を使って土地の魔力を吸い上げて無尽蔵の魔力を得る事が出来る』
『城主吸血鬼 上級吸血鬼からの特殊進化体。身体能力は上級吸血鬼には劣るが、魂魄支配や高速再生スキルを持つ』
ふむ。この魂魄支配スキルで他の連中を操ってるのか。精神支配より強力そうだな、解放するには術者を倒すしかないか。
「もういーい?」
「まーだだよ」
見た所、本体はそれほど強くは無さそうだ。操られている連中を無視して一気に行くか。
種族『人間 伊織 奏』 職業『暗殺者』
いつの間にか身につけていた職業だが、役に立ちそうだ。
「もーいーかい?」
「もーいーよっ!」
暗殺者の職業スキル『跳躍』で三人の頭上を飛び越えて、ボルターに迫る。
操られている奴らの反応は鈍い。後ろから追い付かれる前に決める。
「あっ! ずるい!」
戯言をほざく幼女を無視して。
「状態異常『眠り』付与、これで!」
暗殺者の職業スキル『状態異常付与』で、触れた者を強制的に眠らせる効果を得た右手を、幼女を狙って突き出す。
幼女の顔を狙った右手は、ボルターにがっちりと掴まれ、後少しの所で阻まれた。
「ざんねんでした~あっかんべ~」
状態異常『眠り』を付与した右手を掴んでも、ボルターが倒れる様子はない。元より意識も無いような状態だからな。
「残念なのは、お前だ」
俺は残った左手で幼女の片腕を掴んだ。状態異常付与は最初から両手に仕込んであったんだよ。
「ふにゃぁ……」
上手く幼女を眠らせる事に成功した。
ボルターの肩から滑り落ちた幼女を支えようとした俺の顔面に、ボルターの鋼鉄手甲の拳が叩き込まれた。
「んがぁ! な、何ぃ」
よろめいた俺の背中にハルの膝蹴りが命中し、激しく地面を転がる。
衝撃で息が詰まる。身体も痺れて起き上がれない。
呼吸もままならないが、霞む視界に剣を構えたアオバが駆け寄ってくるのが見える。
「な、ん……支配がとけ、てな……だと」
術者が意識を失う程度では駄目だったのか。
恐らく精神支配と魂魄支配の違いだろうな。こうなったら、あの幼女を殺さなくてはいけないのか。