五十一 毒華のピナリー
ピナリーの足下で痙攣する傭兵をウルトに向けて、蹴り上げた。
飛んでくる傭兵に意識が向いた隙に、ピナリーが身を低くして突撃する。
だがウルトの肩にいる魔蜥蜴が飛んでくる傭兵を石化させ、軌道を変えた石像をピナリーの前に落下させる。
「ちっ」
石像との衝突を恐れたピナリーがその場に留まり、二人の間に落下した石像が砕け散る。
足下に転がった欠片を掴み、アンダースローでウルトに投げつける。
ウルトが身を翻し、欠片を避ける。その隙にピナリーが暗殺者の職業スキル『消音』で、ウルトの死角に回り込み、一気に間合いを詰める。
ピナリーの鉤爪がウルトの背後から襲い掛かるが、マントの中に隠された硬い何かに阻まれ、弾かれた。
「なっ!」
「危ない危ない、もう少しで引き裂かれる所でしたよ」
ウルトがマントを脱いだ。露になったその姿は、全身に刺青が施され、僅かに発光していた。
「ちっ、防御の魔紋か」
「まぁこんな仕事をしていると用心深くなるもんでね。おかげで命拾いしましたよ」
不意打ちには失敗したが、魔紋を再度使用するには時間が掛かる。
「暫くは使えまい。次で仕留める」
「へ、へへ、怖いねぇ。けど……『主の呼び声に応えよ 召喚・悪意剣』」
ウルトが召喚術で、器物系魔物を呼び出した。
「剣型の魔物か。だが、そんな魔物を呼び出しても私の攻撃は捌き切れんぞ」
多少の剣術補正はあるだろうが、後衛タイプのウルトが前衛タイプのピナリーを相手するには無理がある。
「姫様よぉ、召喚術士には召喚獣を強化するスキルがあるのは知ってるかい?」
「それがどうした? 例えそのスキルで強化しても、高が知れている」
「じゃあ別の職業にも同じようなスキルがあるのを知ってるかい」
召喚術士以外にも従魔術士が同じように支配した魔物を強化するスキルを持っている。
その事はピナリーも知っている。
「そんでもって、世の中には二つの職業持ちってのが居るのを知ってるかい! スキルの重ね掛けだぁ!」
ウルトの手にした悪意剣が音をたてて歪に成長していき、元の倍以上の大きさに成っていく。
「召喚術士であり従魔術士でもある。それがこの俺さ」
巨大化した悪意剣を構えて、横にひと振りするとそれだけで屋敷の壁が吹き飛び、瓦礫が散乱した。
「ふふふ……この方法で強化した魔物はすぐに死んでしまうのが難点だが、それより先にアンタが死ぬかもなぁ」
強化された悪意剣の威力を目の当たりにしても、ピナリーは臆する事なく一歩、前に出た。
「どちらが死ぬかは……やってみなくては分からんぞ」
ピナリーの暗殺者スキル『毒付与』により、鉤爪に毒液が滴る。さらに新たに小瓶を呷り、毒液を補充する。
猛毒がピナリーの体内を駆け巡り、吐く吐息すら毒化させる。
「こうなった以上、近付くだけでも危険だぞ」
自身の許容量を越えた毒を摂取したせいでピナリーの顔に苦悶の表情が浮かぶ。
だが同時に暗殺者スキル『毒強化』の効果も限界まで高まっている。
「いくぜえぇぇ!」
接近される事を嫌ったウルトが先に仕掛ける。
低めの横薙ぎの斬撃を飛んで躱した。
「もらったぁ!」
躱された直後に、強引に軌道を変え空中のピナリーを追撃する。
片腕で防ごうとしたピナリーを力任せに斬る。
「ぬっ!」
ウルトの感じた手応えが軽い。まるで木葉でも斬ったかのように軽い。
暗殺者スキル『軽量化』と、悪意剣の刃に手甲を斜めに当て斬撃を逸らしてダメージを最小限に抑え、片腕を犠牲にしながらも、ピナリーは無防備なウルトの目の前に着地した。
「死毒爪!」
必殺の攻撃がウルトの腹を貫く。
背中まで貫通した爪に付与された猛毒が、容赦なくウルトの体内を腐らせる。
「ぶぅ、は、はは、や、やるねぇ……」
爪を引き抜き、血を吐きながら笑うウルト。
覚束ない足取りで他国の男の下まで後退する。
「す、すいませんねぇ……どう、やら引き際、です、わ」
「仕方ない。取り引きは失敗か」
ウルトの姿にも動じず、男は溜め息をつく。
「ソイツはもう助からん。お前達も終わりだ」
残された傭兵もランスが片付け、シクリの身柄はオースが確保している。
「大人しく……」
ウルトの肩に乗っていた魔蜥蜴と悪意剣が、唐突に弾けて死んだ。
ピナリー達の注意が一瞬途切れた隙に、ウルトのナイフが取り押さえられたシクリの胸に刺さる。
「ぎぃあぁ!」
「取り引きが失敗した以上、証拠は残せねぇ。悪く思わんでくれよ」
死にかけていた筈のウルトが、しっかりとした口調で話す。
オースが慌ててシクリを確認するが、すでに死んでいる。ウルトのナイフに仕込まれた腐食毒が、シクリの身体と胸の内ポケットの契約書をまとめて処分した。
「貴様……そうか、『身代わり』スキルを重ね掛けしたのか」
受けたダメージの幾らかを支配する魔物に負わせるスキル。それを重ね掛けする事で、致命傷を負っても生き延びたわけだ。
「従魔を犠牲にしたな。新たな召喚もさせない、もう逃げられんぞ」
「身代わりでダメージを逃がしても、まだ僅かに毒が残ってる。さすがにもう相手は出来そうにない……」
ウルトが背後に庇う二人の男のうち、最後尾に控える男が空間移動用の魔法具を使った。
「あばよ!」
空間移動用の羽根型魔法具が燃え尽き、ウルト達は消えた。
アケルから遠く離れた場所に転移したウルト達。
「結局、上手くはいきませんでしたねぇ」
「致し方あるまい。あの『毒華』を相手にしてはな……そもそも正面から戦うのは、お前のスタイルではあるまい」
「お優しいことで……それで、禁域の封印はどうするんで?」
ウルトに尋ねられた男が詰まらなそうに。
「取り引きは無くなったが、手ぶらで帰るのも詰まらん。貴様の従魔で封印だけ解いてしまえ。禁域の魔物には思う存分、暴れてもらおう」