48 ふおおおぉぉおっ!
「イオリさん」
「おう」
食後の静かな時間。皆、思い思いに過ごしている。そろそろか。
お姫さんの手紙を渡す為、ハルと共にボルターのテントを訪れた。
「ボルターさん、少しよろしいでしょうか」
「ん? ハルか? 何か用かな」
幕の向こうからボルターの返事があり、ハルを先頭にテントに入る。都合よく一人のようだ。
兜こそ脱いでいるが、鎧は着たままか。
「いつまで鎧を着てんだよ。脱がないのか?」
「いつ襲われるか、わからんからな。常に備えておかねばならん」
近くには他の騎士だっているのに、用心深いな。
或いは、お姫さんが倒れた事が起因してんのかな。
「それでどうした。明日の予定の確認か?」
「いえ、お手紙をお預かりしております」
ハルの差し出した手札を、不審に思いながらも受け取り、読んでくれた。
読み進めていくうちにボルターの目が血走り、手も震えだした。
「こ、これは……本当なのか! ほ、本当に殿下の……」
「その手紙が、ピナリー殿下の直筆だという事は読んでいただければ分かる筈です」
「た、確かに……符丁がある。これは間違いなく殿下直筆の手紙」
興奮していたボルターが、少し落ち着いた。
読み終えた手紙を丁寧に懐にしまうと。
「概ねは承知した。ピナリー殿下の無事を確認しに戻りたい所だか、使命を放り出すわけにもいかぬ。予定通り、このまま禁域へと向かう」
「ピナリー殿下は、禁域の封印を解く者の存在を危惧しておりました。ボルターさんは、何か掴んでいますか?」
「うぅむ。正直に言えば不埒な企みでサテル・オデークが送り込んできた文官にだけ注意を向けておったゆえ、他の者の行動には目を向けておらなんだ」
囮役は文官のうちの一人か。
「他国の息がかかった者が一人なのか、或いは複数なのか……調査隊編成の際に、おかしな人員は弾いた筈なのだがな」
「ボルターさん、禁域の吸血城には全員で入るんですか?」
「いや、封印の間には……そうか! 封印を解く為には、術式に近づく必要がある。だとすれば、対象は絞られるな。記録係の文官か、封印術を持つ僧侶か」
どちらかと言えば魔法の使える僧侶が怪しいが、自爆覚悟で魔法具を使えば、ただの文官でも封印の間を破壊する事が出来るそうだ。
「城の周囲を警戒するのに人手が必要なのも分かるけど、俺達も封印の間に同行した方が良いんじゃないか」
「……いや、お主らにはサテルの送り込んだ賊の監視を頼む。ピナリー殿下の配下を疑うわけでは無いが、城の内部は関係者以外立ち入り禁止なのだ」
ここには冒険者として来てるから、城に立ち入ってしまうとその事が問題となってしまう可能性があるそうだ。面倒くさいな。
「ちょうどアオバとルリがおる。二人を連れて封印の間に行こう。そうすれば四人を見張るのも難しくない」
文官と僧侶相手なら、賊が複数でもそうそう遅れは取らないか。
ボルターと勇者組は、城。残りの護衛と俺達冒険者組は外ってわけだ。
明日の出発に備えて休もうと思ったら、ボルターが懐に入れた手紙を取り出し。
「……まさか、お倒れになったと思っていたピナリー殿下が偽者であったとは。このボルター、一生の不覚」
お姫さんの話では、化けたのは俺と同じ変幻獣だったそうだ。会話や動きを見れば、すぐに偽者と分かっただろうが、倒れて意識の無いふりをしていては誰も偽者とは思わないだろう。
「変幻獣相手じゃ、見抜けなくても仕方ないと思うぜ。お姫さんだって、襲われた時アンタの姿だったから油断したらしいからよ」
ボルターは少し落ち込んでいる。偽者を見抜けなかった事以外にも、自分の姿を使われてお姫さんが襲われた事がショックなのかもしれないな。
「……ピナリー殿下は、私について何か言っていなかったかな? 頼りになるとか、そ、その、顔が見たいとか」
手紙をなでなでしながらボルターが呟く。
「ん~……信頼していると言ってたな」
「なんと! 信じられるのは奴だけだ、男らしくて頼りになると?」
「え? いや、そこまで……」
どういう耳してんだよ。だが、俺の言葉など届かないのか、ボルターは鼻息荒くテントを飛び出し、夜空に向かって吠えた。きっと奴の目にはお姫さんの幻覚が見えているのだろう。
「うおおぉ! 必ずや! 必ずや、任務をやり遂げて貴方の下に戻りますぞぉ!」
他のテントから何事かと人が出てくる。
「お前達! 明日は早いぞ、さっさと寝ろ!」
テントに戻ってくるなり、追い出された。
早めに就寝していたのに叩き起こされた者や、静かに休んでいたが驚いて出てきた者を放置して、ボルターは猛る感情のままに筋トレを始めた。
「ふおおおぉぉおっ!」
他の者達は、騒ぎを起こしたボルターに文句の一つでも言うかと思いきや、道中でも似たような事があったのか、何も言わずにテントに戻っていった。
「私達も休みますか」
「……そうだな」
翌朝。
街道から外れ、森の入り口に来た。
馬車で進むのはここまで。禁域までは徒歩となる。
馬車が荒らされないよう、騎士と魔法使いが一人ずつ残る事になった。
「ここから森に入る! まず索敵用に魔犬を戦闘に、調査隊を包囲するように陣形を取れ! 冒険者は後方から付いて来い」
森に入ると魔物の襲撃される。見通しが悪い為、空からの索敵よりも地上を行く魔犬の嗅覚の方が適している。
種族『人間 伊織 奏』 職業『狩人』
物陰に潜む小型の魔物を見逃さないよう、狩人の感知スキルで警戒する。
小鬼、蛇、犬、虫。感知スキルに反応があるが、こちらが大人数だとあまり近寄って来ない。
「……! 左前方、大型。数、二!」
それでも中には向かってくる奴もいる。
俺の感知スキルに反応があり、周囲に告げるのと同時に、先頭にいた魔犬が激しく吠えた。
「魔物かっ!」
「近付いてくるぞ! 姿は見えるか?」
「戦闘用意!」
調査隊の非戦闘員が中心で固まり、左前方に向けて騎士達が剣を構える。
魔法使いの一人が呪文を唱え、待機する。
「見えた! 猪鬼だ!」
猪鬼が棍棒を振り上げて突進してきた。
待機していた魔法が放たれ、猪鬼の肩に氷の矢が刺さる。
「ピィギィイイ!」
威力を削られた棍棒を騎士が盾で弾き、体勢を崩した猪鬼の首を切り落とす。
残る一匹の猪鬼が体当たりを仕掛けるが、騎士二人が全力で防ぐ。体重差から騎士が吹き飛んだが猪鬼の足も止まり、そこへ他の騎士の槍が繰り出されるが、猪鬼が反射的に躱し、槍は肩を掠めた。
「ブフゥウ……」
猪鬼が持っていた棍棒を騎士へと投げつける。
それを避ける為、僅かに体勢を崩した瞬間、猪鬼が飛び掛かる。
『氷矢!』
二発目の矢が猪鬼の頭を吹き飛ばし、倒れた。
「ふぅ……魔石を確保し、進むぞ」
その後も何度か魔物の襲撃が続いたが、多少の負傷者が出ても用意した治癒ポーションで癒し、破損した武具は予備の物と交換して、調査隊は森の奥へと進む。
そして巨大な石塔の前に出た。
「ふむ、これだな。解除を!」
僧侶の一人が石塔に手をついて何かの呪文を唱える。
すると、それまで木々の生い茂る森の中にいた筈なのに、目の前に拓けた場所が現れた。
「これは……」
「普段は幻覚の魔法によって、目的地を隠しておるのだ。それを今、解除した。そして、あれが目的の吸血城だ」
ボルターの指差す方向に、巨大な城があった。