44 今度こそ
「カルン、俺の武器は仕上がってるか?」
職人街のカルンの工房へ、ナイフを取りに来た。禁域調査隊の到着は近い。只でさえ悪魔剣の召喚竜を制御出来ていないんだから、せめて剣の扱いくらいは慣れておかないと。
勝手知ったる他人の家。入り口を素通りして庭の方へ顔を出す。案の定、庭で休んでいた。
いつの間に餌付けしたのか、迷彩大梟に肉片を与えながら優しく撫でている。工房に不審者が近付かないよう、監視の為に召喚しておいた奴だ。忘れてた。
「よぉ、イオリ。ナイフなら仕上がってるよ」
カルンがナイフを取りに行っている間、迷彩大梟を撫でようと手を伸ばしたら威嚇された。コイツ、俺は召喚主だぞ。
もっとも職業を変えた時に、俺の制御からは外れているんだよな。繋がりは有るから情報は伝わってくるんだけど新しい指示が出せないんだよね。
今はカルンの工房を守れという指示を何となく続けている感じかな。どうやらカルンと良好な関係を築いているようだ。
「ほ~れほれ、肉が欲しいかぁ」
首をくるりと傾けて迷彩大梟が嘴を突ついてくる。
その嘴を躱しながら、左右に肉片を動かす。
「ははっ……ほれ……惜しい、あぁだだだだっ!」
指先の肉片ではなく指の方に狙いを変えてきた。
「うるっさいなぁ、餌やりくらいで騒ぐなよ。ほら、受け取りな」
投げて寄越したナイフを血塗れの手で受け取り、興奮する迷彩大梟を宥めるのはカルンに任せよう。
慣れた手付きで迷彩大梟の頭を撫で、餌を与えると途端に大人しくなった。余程相性が良いのか、カルンには従順なようだ。
「まだ召喚竜は出さない方が良いよ。それと普通の剣より切れ味が鋭い、扱いを間違えて自分を切らないようにね」
撫でられて落ち着いた迷彩大梟がカルンの膝の上で眠った。
くっそ、すっかり主の事なんて忘れやがって。
ナイフの修練を兼ねて、狩りをしに森へ来た。
普通に歩いているだけじゃ獲物は近付いてはこない。露天市場で買った魔物を誘き寄せる怪しげな薬品を数本撒いてみる。辺りに独特な匂いが立ち込める。
効果は強力で、直ぐ様魔物が駆け寄ってきた。
「まずは犬系かっ!」
群れで襲いかかってきた魔犬達の爪と牙を躱しながら斬りつける。
ナイフを振るう度に易々と魔犬達の肉を裂き、骨を断っていく。
僅か数秒で、魔犬の群れは全滅した。
「恐ろしい切れ味だな。力負けしなければ、大概の魔物は敵じゃないな」
辺りに薬品と飛んだ血の匂いが混ざりあい、新たな魔物が現れた。
身の丈三メートルを超える牙熊だ。
「今度は熊さんかいっ!」
涎を垂らして襲いくる牙熊。股の下を潜って躱しながら脚を斬りつける。
前のめりに倒れた牙熊の背中に登り、無防備な後頭部に刃を突き立てる。
解体する間もなく、今度は猪鬼がきた。
低い体勢から得意の突進攻撃を仕掛けてくる。
牙熊の死体が弾き飛ばされる前に離脱し、森の中を駆ける。
逃がすまいと猪鬼も追いかけてくる。
「思ったより素早いな」
左右の太めの木に斬り込みを入れて、後ろから追いかけてくる猪鬼向けて、倒木の罠を仕掛ける。
巨体が揺れて木にぶつかってもお構い無しに進んでくる、斬り込みを入れた木にも次々とぶつかり、連鎖して倒れた木に埋もれて、猪鬼の動きが止まった。
「ほい、終わり!」
木々の隙間から覗かせた頭の脳天にナイフを突き立てる。悲鳴を上げてしぶとく踠くが、しばらくすると力尽きた。
「……ふぅ、次は虫か」
虫としては大型だが、拳大程度の虫が複数匹、飛んで襲ってくるのは厄介だな。
だが連戦で興奮している所為か、調子が良い。無軌道な筈の虫の動きを先読みして、次々と斬り落とす。
一際大きな蜂がナイフを避けたが、すかさず蹴り飛ばし木に叩きつけ動きが止まった所に、投げたナイフが命中する。
「はぁ、はぁ……ふぅ。ちょっと薬が効き過ぎか」
地面が揺れて、土が盛り上がると人の形をとった。
「野良ゴーレムかよ、面倒だな」
生物では無いゴーレムを倒すには、核を破壊するか身体の大部分を壊すかだ。
ゴーレムとしては小型、三メートル級だ。動きは遅いので逃げようと思えば逃げられるが、ここは倒すとするか。
ゴーレムの腕を掻い潜り斬り付けるが、ナイフの鋭さが仇となり傷口が直ぐに塞がる。
ナイフの刃渡りは数十センチ。ゴーレムの石の身体も難なく斬り裂けるが、それ以上は広がらない。
「スキルでいくか、『魔波刃』!」
魔力を消費してナイフの刃にエネルギーの刃を被せる剣士のスキル。巨大な魔物や物理攻撃が効かないアンデッドに有効な、剣士の奥の手だ。
ゴーレムの身体を十字に斬り裂き、核は破壊出来なかったが行動不能には出来た。
流石に息が上がる。
休憩したい所だが、倒れたゴーレムの上げる土煙の向こうからゴブリン達が近寄ってくる。
「あ~、ったく。あの薬の使い方、間違えたかな?」
死体の山を背にして、周囲を警戒する。
もう近付いてくる気配は無い。
相当な数を斬ったが、ナイフの切れ味が落ちる事は無かった。
「血の滑りや肉の油も問題無しか。こっちは結構食らったのに……ナイフより先にこっちにガタが来そう」
今回の戦闘で、ナイフの扱いにもだいぶ慣れた。
大物の魔石と素材を回収して。
「今ならいけるかな?」
種族『人間 伊織 奏』 職業『召喚術士』
『主の呼び声に応えよ 召喚・小鬼剣将軍』
さぁて、そろそろ勝ち星を挙げねぇとな。
『ルールはいつも通り。一分間、力の限り戦え』
種族『人間 伊織 奏』 職業『剣士』
こちらの準備が整った合図として、ナイフを逆手に持ち構える。
二刀流の剣将軍が突っ込んでくる。こちらも踏み込む。間合いはあっちの方が広い、間合いを詰めないと一方的に斬り刻まれてしまう。
「はあぁ!」
剣将軍の一撃目を躱し、次の攻撃に合わせて刃を当てる。このナイフなら武器破壊が出来る。
狙い通り、二撃目の剣の刃が綺麗に斬り落とされた。
「よっしゃあ! これで!」
お互いに背を向けた体勢、だが俺はナイフを逆手に持ち、刃の先は剣将軍に向けたまま。
対する剣将軍の剣は残り一本。しかも振り抜いた体勢で間合いの外。こっち方が先に届く。
「もらっ……」
後ろ突きで繰り出した刃が空振りした。
伸ばした腕の先に、剣将軍が居ない。なんとバク宙で俺の頭の上を飛び越えやがった。
察知すると同時に身を捻るが剣将軍の刃は俺の足を斬り裂いた。
「ぐぅう!」
お互いに倒れたが、剣将軍は直ぐ様起き上がり、俺は立ち上がれない。
ここで時間切れ。召喚は解除され、剣将軍はニヤリと笑い消えた。
「……あぁくっそ、まだ届かんかぁ」