43 状況に流される男
石像から復活した途端、俺を殴り飛ばしたお姫さん。
どうやらこのお姫さん、俺と自分を石化させた奴を間違えたらしい。石化によって意識が途絶える寸前まで戦おうとしていたとは、随分と血の気が多い令嬢だよ。
「すまなかったな、イオリとやら。聞けば私を救出してくれたのは君だとか……戦闘中に石化して意識が途絶えていたとはいえ、相手を間違えるとは不覚であった。この礼と謝罪は、また後日改めて行おう」
お姫さんが深々と頭を下げた以上、こちらも水に流すしかないか。
「貴族のお姫さまにしては、なかなか効いたぜ。護身術でも習ってたのかい?」
「これでも冒険者としてはCランクだ。男一人、殴り殺すくらいは出来る」
「ほ、ほぅ……それはそれは」
見かけによらず、中身は大鬼並みか。
「オース、禁域調査隊はまだ来ていないのか」
「はっ! まだ来ておりません。王都は出発したとの知らせはありましたので、もう間もなく到着すると思われます」
「そうか……だとすると私が石像にされてから最低でも十日以上経っているという事か。他に王都の騎士団本部からの連絡は?」
ハルがお茶を煎れてくれたので、一口飲んで茶菓子代わりの保存食を頬張る。
「その……ピナリー殿下がお倒れになり、意識が戻らないと」
本人を目の前にして居心地が悪そうにオースがガセネタ情報を報告する。
「成る程、どうやら偽者を身代わりにして混乱を抑えつつ、私を排除するつもりか。私が倒れた以上、第八騎士団の指揮権は戦務大臣に移る……」
お茶のお代わりを貰い、暇潰しに魔法書を読む。
「直ちにピナリー殿下の無事を知らせて、偽者を捕らえますか?」
「いや、それより先にやらねばならない事がある。私を襲い、売り飛ばそうとした者はこの街のバンシャー商会と繋がりがある。一連の悪事に関係する奴らを捕らえ、商会共々、組織を潰す。だが同時に禁域調査を無事に終えるようサポートしなくてはいけない」
「禁域調査のサポートですか? サテルとかいう者の企みは、すでに調査隊隊長のボルター殿が把握しているのですから、ほぼ問題ないのでは?」
「最初は私もそう思ったが、城内で私が襲われたからな。第三者の介入があると見た方が良い」
三杯目のお代わりは遠慮して、魔法書から一部を書き写して改造案を探る。以前から考えていたゴーレムの改良が目的だ。
「殿下が城内で襲われた事と禁域調査のサポート、どう関係するんで?」
「ランス。ピナリー殿下が王城で何者かに襲われたんだぞ、誰かの手引きがあったに決まっている」
「だろうねぇ。それも殿下の失脚を望んでいて、殿下の偽者を用意し、ただ殺すのではなく石像に変える特殊な技能を持つ者を監視の厳しい王城に招き入れる事が出来るのは、大臣クラスか王族の誰かだろうよ」
「私は、他国の者も絡んでいると見ている。わざわざ石像に変えて誰かに売るにしても、国内では足がつく。であるならば他国に売り飛ばすのが最適だろう。私を排除しようとする者は、アーク王国の王女を他国へ売り飛ばして、対価に何を得る? 安くは無いだろうな」
何だろ? 高級ハムの詰め合わせとか?
「まさか、禁域の魔物退治だなんて言うんですか?」
「……あり得なくは無いか」
「我が国が禁域指定しているのは、封印された魔物を独力で倒せないと判断したからだ。当然、他国なら違う判断をするだろう。退治出来ると判断してもおかしくない」
成る程ね。
ある程度、魔法の改良案が練れた所で口を挟む。
「つまり」
四人の視線が俺に集中する。
「禁域を解放したいと考えた国のお偉いさんは、強い他国に依頼した。他国は見返りとして、そこのお姫さんを要求したわけだ。でもって禁域を解放する為には、魔物の封印を解かなくてはいけない。う~ん、それらを引っ括めて考えると、これらは誰か個人の独断で行われているね」
お姫さんが面白そうに、こちらを見て。
「どうして独断だと思う? もしかしたら私の知らない所で正式に採用された極秘作戦かもしれないぞ」
「冗談だろ。お姫さんの偽者を用意してある時点で、城内の人間を騙して気付かせないようにしてるし、お姫さんを売り飛ばそうと動いていたのは、俺程度の奴でも出し抜けるショボい組織だ。とても国の命運を懸けた作戦に利用出来る組織じゃないね。それに……」
「それに?」
「もし俺が他国の者なら、この取り引きで魔物をすぐには退治なんてしないね。封印から解放された魔物がアーク王国を攻めて弱らせた所を退治して、最大限恩を売るだろうな。他国の力を当てにした作戦なんて、少しでも頭が回る奴ならその危険性を理解して避けるだろ。そうしないって事は、一人の人間が頭の中で立てた都合の良い計画って事」
「……あっははは! 確かに君の言う通りだろうね。この計画を立てた奴には心当たりがある。まぁ、ソイツを潰すのは後でも出来る。問題なのは、魔物が解放されないようにしなくてはいけないって事だ。おそらく、サテルの計画を利用して邪魔な奴の目をそちらに惹き付けて、違う奴が封印を解くつもりだろう」
「じゃあ禁域調査を中止して、バンシャー商会の方を片付けますか?」
オースの提案に、お姫さんは首を振り。
「今後の事も考えて、ここで始末する。その為には、バンシャー商会を潰すのと禁域調査は両方やる」
「そうなると二手に別れて行動した方が良いかもしれませんね。禁域調査隊は明日か明後日にはアケルの街に立ち寄って、すぐに出発する筈です。何人か付いていく者とこちらでバンシャー商会を相手する者に分けた方が」
「そうだな、ここにいる五人で対処するしかない」
ん? 五人?
お姫さん、オース、ランス、ハル……俺?
何故か話しが進んでいるけど、これって第八騎士団の仕事だよな。
「私とオース、それからランスは街に残り、バンシャー商会の方を片付ける。ハルとイオリは……」
「いやいや、何か普通にカウントされてるけど、俺は騎士団の人間じゃないぞ」
ランスやハルは、今さら? て顔してるけど。俺はそうそう流される男じゃないぞ。
「そうか。ではピナリー・デルタ・ウィルテッカーの名において、イオリを第八騎士団三級騎士に命じる。三級騎士ハル・ウェルナーと共に禁域調査隊に同行し、無事に調査を終えるようサポートせよ」
「……」
あっという間に騎士になったよ。略式にも程があるだろ。
「俺の意思は?」
「今回限りの物だ。人手が足りないんだから、ぶつぶつ文句を言うな。それに作戦中の責任は全て私が取る。その為の騎士の肩書きだ」
有無を言わさず調査隊同行が決まってしまった。
「あ~……よろしく先輩」
「せ、先輩……んん! 任せなさい、新人君! 先輩がしっかり引っ張っていくからね! 全力でぶつかってきなさい! この先輩に!」
う~ん、気合いが暴走してないか?