38 倉庫の番人
さて、探すと言っても未発見ダンジョンなんて、そう簡単には見つからないだろうな。さっきの素材探しに使った召喚獣の探索も、あまり広い範囲を探せるわけじゃないし、ある程度目星をつけてから探させないといけない。
何かダンジョンが出現する条件とか無いかな。
「……ギルドの資料室で何か分かるかも」
とりあえずギルドが把握しているダンジョンの資料を調べて、そこからヒントでも探すか。
何度か訪れたギルドの資料室。他の冒険者が使ってる形跡が無いんだが、他の奴らは調べ物とかしないのか?
「ダンジョンの所在地と攻略されたダンジョン跡地が記された地図は……これか」
早速目当ての資料を見つけた。その地図を見る限り、大規模ダンジョンの近くに小規模ダンジョンがある。
まるで芋づる式に出現しているみたいだ。
……いや、本当につられて出てきているのか。
「『大規模ダンジョンの近くに出現するダンジョンは、大規模ダンジョンと同じ特徴を持っている。大規模ダンジョンを探索する前の練習用として活用出来るだろう』か……」
資料に書かれた内容によると、大規模ダンジョンと付近のダンジョンは親と子のような感じらしい。そして、小規模ダンジョンを攻略させずに放置していると大規模ダンジョンと融合し、規模がさらに大きくなり難易度が上がるようだ。
ギルドは、その事を利用してダンジョンを管理しているようだ。ダンジョンの規模、難易度を調整する為に小規模ダンジョンを攻略したり、放置したりしている。
今のところアケルの冒険者ギルドが管理しているダンジョンは成長させないように、周囲の小規模ダンジョンは見つけ次第攻略しているようだ。他の街の冒険者ギルドがどんな方針で管理しているか知らないが、基本的には自分たちの手に余る程の規模にはしないように、大規模ダンジョンは放置し、小規模ダンジョンは攻略するというのが普通か。
魔物と宝を産み出すダンジョンは、言ってみれば街の財産みたいな面もあるからな。貴重な宝や素材を手に入れる為に、出来るだけ規模を広げたいが、あまり難易度を上げ過ぎると手に負えなくなる可能性もある。人の欲望を満たしながら、上手くダンジョンを管理するのも難しいんだろうな。
そんな事はさておき、今は未発見のダンジョンだ。
アケルの冒険者ギルドが管理しているダンジョンの近くにあれば良いが、そう都合良くはいかないかもしれない。ダンジョンはある日突然出現するが、そう頻繁に出来る物でも無いだろう。
駄目元でも探してみるか。そうなると何らかの方法が必要か。まさか当てずっぽうで探して見つかる物でも無いしな。
「……これ、使えないかな」
アイテムボックス内にゴミ扱いで放り込んでいた、砕けた迷宮核。
元々あったダンジョン跡地……それから呪術で……上手くいけば……
うん。他に手も無いし、やってみるか。
そうと決まれば準備しないとな。
アイテムボックス内の道具類は、インゴットの瘴気で朽ち果て、殆んどがゴミになってしまったからな。
クエスト報酬と余剰分の素材売却で、一時懐が温かくなったが、新たに買い揃える為の費用で大半が飛んでしまった。
僅かに残った金も今日のご飯代で消える。
これで、またスッカラカンだ。
カルンから剣を受け取ったらダンジョンへ行こうと思っていたが、その前に簡単なクエストを受けて多少は稼いでおくか。
探しに行って何の収穫も無いなんて事になれば、あっという間に干上がってしまう。
最悪、またタイガース孤児院の世話になるって手も有るけど、大人としての面目が立たないから出来れば避けたい。
冒険者ギルドでクエストを探す。出来れば短期間で高報酬なクエストが良い。まぁ無いだろうけど。
それでも色々見ていると、一件の珍しいクエストを見つけた。
「倉庫の夜間警備の人手募集、報酬銀貨二枚」
街中の倉庫の番をする仕事か、一晩で銀貨二枚の報酬も悪くない。……むしろ高過ぎか? 貴重な物なら夜間も監視する必要があるだろうけど、そんな仕事を素性の知れない冒険者に頼むかね? う~ん……
「ま、いいか」
若干、胡散臭いクエストだが、報酬に釣られて受ける事にした。
クエスト前に腹ごしらえをする為、ギルドの食堂を利用する。これで手持ちの金も無くなるな。
「え~と、黒シチューと焼きパン。それと水」
「あいよ」
見覚えのあるウェイトレスが注文を受けた。
もしかして。
「君は、ギルドに素材探しのクエストを出した人か?」
「ん? そうだよ。リップってんだ、よろしくな」
やっぱりそうか。俺が集めた素材をどうするのか、ちょっと気になったので聞いてみるか。
「あの素材、相当クセのある物で食用には向いてない筈だけど、どうすんの?」
「ちょっとした実験かな。実はさ、あの食材を使った保存食みたいな物が書かれた文献を見つけてね。試しに作ってみたのさ」
そう言って自身のアイテムボックスを開くと小瓶を取り出した。
「これは?」
「文献に書かれた保存食を私が再現した物だ。必要な食材が足りなくて代用品を使ったら、こんな不完全な品になっちまってね。悔しいからギルドに採取依頼を出したんだよ。そんで本物の食材が手に入ったから、今度は完全な物が出来るよ。そうなったら誰かに使ってみたいね」
保存食ねぇ。試してみろと不完全な試作品の小瓶を渡された。
中身は黒い丸薬みたいな形で、あまり美味しそうには見えないな。
こんな物でも、いつか役立つ時があるかもしれない。一応、取っとくか。
運ばれてきた黒シチューと焼きパンを平らげて、指定された倉庫に向かう。
今夜、寝ずの番をする倉庫はアケルの街でも比較的、治安の良い区画だ。それでも万が一を考えて警備を雇ったのかな。
「君が見張るのが、この倉庫だ。明日の日の出頃に代わりの者が来るまで見張っていてくれ」
身なりの良い責任者らしき男が説明してくれたが、特に怪しい所はない。一人で一晩、この倉庫を見張るだけのようだ。
「倉庫の中身を聞いちゃ駄目か?」
「それは仕事と関係ない。君は倉庫内に立ち入らず、倉庫の外で見張るように」
さほど大きくない倉庫だが、死角となる部分もあるから気をつけないとな。
無いとは思うが、倉庫内の物が盗まれでもしたら大変だから、早速防衛の為の仕掛けを施すとしよう。
「倉庫の外なら多少土地を弄っても良いか?」
「弄る? 何をする気だ?」
「術を使って、外から来る奴らが倉庫を認識出来ないようにするのさ。そうすりゃ安全だろ?」
魔物が出没する場所で安全地帯を作る術だ。感覚の鋭い魔物を騙せるなら、人間も楽勝だろ。
「……いや、駄目だ」
何故か許可が下りなかった。何でだ?
「君がちゃんと仕事をしているか、抜き打ちでチェックが入る予定だったんだ。チェックする者が近寄れないような事はするな」
なるほど。信用の無い者に仕事をさせるからには、チェックが必要か。もしかしたら俺が盗みでもすると思われたのかな。
「わかった。じゃあ用心の為、そのチェックする者と合言葉を共有したいんだが」
そのチェックする者の顔なんて、俺は知らないし向こうも俺なんて知らないだろうからな。間違えて不審者を倉庫内に入れるわけにはいかない。
「良いだろう。そうだな、合言葉は……『アケル』と『バンシャー』だ」
バンシャーって何だろう。まぁ、どうでもいいか。
男が去り、一人で倉庫を見張る。
種族『人間 伊織 奏』 職業『召喚術士』
『主の呼び声に応えよ 影蛇』
夜間の見張りなら隠密性の高い影蛇が最適だろう。数十匹呼び出して辺りに放つ。
後は。
種族『人間 伊織 奏』 職業『魔法使い』
『写し身を動かせ 幻影歩行』
複数の俺の幻が敷地内を歩き回る。これで傍目には厳重に警戒しているように見えるだろう。
これで大丈夫かな。
……俺が盗賊なら、どうする。どうしても盗むとなったらどうやって狙う?
下か。地下をどうにかして進むかな。
だが影蛇の半分くらいは地中に潜っている。すり抜けて倉庫に侵入するのは難しい筈だ。
他は、透明化して侵入する方法か。これも影蛇で対処出来る。温度や匂いを感知する蛇の能力があるからな。
これだけ警戒されたら残る方法は、正面突破か。
警備する人間を排除して、盗む。
「なら、俺は見つからないように隠れておくか」
種族『猫』 職業『魔法使い』
夜目の効く猫に変身し、静かに夜が明けるのを待つ。