36 飼い骨に手を噛まれる
紆余曲折を経て、オーダーメイドの武器が完成した。
「う~ん、これは……」
合成前の清流を思わせるような美しい青色の刃は、晴れ渡る夜空のような黒に染まっていた。
唸るカルンの身体には、すでに魔法の保護は無い。
金のインゴットが放っていた強烈な瘴気も、目にしただけで正気を失う魅了の効果も消えている。
「見ても大丈夫、触っても問題無し。武器としての性能はどうなんだい、カルン」
「そうだねぇ……悔しいけど、合成前より性能は上がってるね。やはり保持魔力が桁違いに上がってるし、切れ味は変わらないが耐久力が跳ね上がってる。もしかしたら竜の牙でも破壊出来ないんじゃないか?」
べた褒めだが、面白くは無さそうだ。持てる技術の粋を結集させて作り上げたナイフだ。その出来映えには自信があったんだろうな。
それをあっさり超えられては、たとえ自身が作ったナイフが土台にあったとしても納得出来ないのかな。
「ここまでの性能になったのは、インゴットが原因だよな……『悪魔剣パルス』、あのインゴットは悪魔を材料にして作られたとんでもねぇ品だったんだな」
「あぁ、小屋に閉じ込めてある二人を徹底的に締め上げて入手経路をハッキリさせねぇとな」
さすがに同じ品があるとは思いたく無いが、絶対無いとは言えないからな。
近くの広場へ、試し斬りをしに来た。
立たせた丸太や鎧を、次々と斬る。一度も引っ掛かる事なく刃が走り、空中に飛ばした丸太さえ寸刻みに出来た。
最後に、太さが五センチほどの鉄柱を難なく斬り落とした。
「大層な魔剣が出来たな。コイツは、やっぱり兄さんが使うのかい……」
「当たり前だろ、俺が頼んだんだから」
「ちなみに……」
「たとえ金貨を山積みされても譲らん!」
値段交渉には応じない。ランス自身に金が無くても、他の者に知られれば場合によっては国軍の予算を使ってでも手に入れようとするだろ。
このナイフは、見た目以上の性能があるんだから。
「そりゃそうか。名前付きの魔剣、しかも召喚獣を呼び出す能力持ち。金で買える代物じゃないよな……」
このナイフと同じ性能の魔剣を手に入れようと考えたら、ダンジョンで偶然見つけるか、王国が保管している宝物庫から盗み出すしかない。
「上に報告するにしても、召喚能力は秘密にしておいた方がいいな。もしも情報が漏れでもしたら、考え無しの馬鹿が犯罪紛いの事をするかもしれん」
「召喚能力か……私も噂でしか聞いた事が無いな。研究対象としても興味深い、これからもメンテナンスは私がするからな! そしていつか自力でこの魔剣を超える物を作ってみせるぞ!」
今回は、素材の力で魔剣の性能を上げたような物だからな。この魔剣を超えるのは、容易ではないがカルンも諦めやしないだろう。
いずれ本当に超える日が来るかもな。
「兄さん、召喚能力も試してみないかい? その黄金骸竜ってのに興味あんだけど」
「それは私も気になる。召喚能力が付いたのは魔物の卵の影響だろうけど、賞金で買った卵が竜の卵だったって事? 普通、竜の卵なんて流通するとは思えないんだけどなぁ。もしかして亜竜の卵だったのかな? 蛇竜とか飛竜とか」
どうだろうな。亜竜だったとしても十分驚異的な強さを持っていた。そこからさらにアンデッド進化したのなら、いよいよ手放せない代物になったな。
俺は悪魔剣を構え、込める魔力量を調整する事で召喚獣の大きさを抑えて召喚する。街中で巨大な魔物を出すわけにはいかないからな。
「……よし、出ろ! 黄金骸竜!」
一瞬の間が空き、背後に四メートル程の骨竜が現れた。
名前の通り、全身が黄金の骨で出来たアンデッドドラゴンだ。
「お、おぉ……これが」
触ろうと手を伸ばした瞬間、召喚獣の骨竜が、身を反転させ、勢いをつけた長い尾が俺の身体を打ち据えた。
「おいイオリ、大丈夫か!」
すぐに召喚は解除され、骨竜は消えている。
カルンの手を借りて起き上がり、一緒に飛ばされた悪魔剣を回収する。
「兄さん、一体どうした? 操作ミスか?」
「いや、俺は何も……もう一度、試してみよう」
再びサイズを調整して召喚する。
問題無く、骨竜はその姿を現した。
「兄さん、気をつけろよぉ」
「簡単な指示をしてみろぉ」
さっきより遠い場所に二人は避難している。
そうだな、とりあえず身体を伏せさせてみるか。
「よし、地面に伏せろ!」
骨竜が頭を下げ。
「よしよし、そのまま……ぃでででっ!」
大きな顎を開いて俺の身体に噛みつきやがった。
骨竜が頭骨を振る度に、牙が身体に食い込む。
「だああぁぁぁ!」
ゴミを投げ捨てるように空中に放り投げられて、数度地面をバウンドした。
「ぐぅぎいぃぃ! 何故だぁ」
召喚獣は召喚主に従うんじゃないのかよぉ……
「これはどういう事かな?」
「あそこまで強化された魔剣なら、己れの意思が宿っていてもおかしくない。言っちゃなんだけど、イオリのスキルは凄いけど本人の強さ自体は、そこまで飛び抜けている訳じゃないから剣を振るうには実力不足って、悪魔剣パルスが判断したんじゃない?」
「なるほどねぇ……あ、三度目の召喚をやる気だ」
歯向かうというなら、調教してやる。
召喚後、身体を反転させて振り抜く尾の攻撃を躱し、続く爪の攻撃を前に飛び込んで躱して、足首に斬り込むが弾かれる。
この黄金の骨、思ったより硬い。
骨竜が長い首を曲げてこちらに顔を向け、口を開くと咥内に黒炎が灯る。
「やばっ……」
変身スキルで防御するのは間に合わない。
咄嗟に悪魔剣を構えて、気合いと魔力を込めて振り下ろす。
剣士のスキル『多重層斬り』が発動し、放たれた黒炎弾を上手い具合に斬り裂き、散らす事が出来た。
「危なかっ……ぐあっ!」
油断した。黒炎弾に気を取られた隙に、横から強烈な蹴りを食らった。
「勝負あり、だな」
「変な体勢で転けたな。大丈夫かぁ、イオリ」
身体のあちこちが痛い。すぐには起き上がれないな。
悲鳴を上げる身体を何とか仰向けにして、回復魔法をかける。
黄金骸竜、予想以上の難敵だ。大きさ、魔力を抑えた状態でも歯が立たない。身体強化の魔法を使えば互角に戦えそうだが、完全な状態の黄金骸竜には勝てそうにない。少なくとも完全な状態の黄金骸竜相手に善戦しないと、コイツは認めてくれないだろうな。
「随分とヤられたな、兄さん。どうする? 使うのは諦めて売るのも手だぞ」
「絶対、売らん。今に見てろ、コイツを使いこなして、黄金骸竜の頭に乗ってやる」
方法が無いわけじゃない。普通の人間には難しくても、俺は魔物シェイプシフターだ。進化キャンセルによる強化を行えば、今より更に強くなれる。