二十九 御支払い下さい
勇者候補達が召喚されて二ヶ月、最初は簡単な訓練ですら音を上げていた彼らだったが、今では魔物相手の実戦訓練もこなせるようになっていた。やはり特殊なスキルを持つ者は、それなりに戦闘に対する適性もあるということなのだろう。
ピナリーの見た限り、一先ず戦闘に関しては問題は無い。順調にいけば、そろそろ従者を付けて修行の旅に出発させる事になるだろうと考えていた。その為、ピナリーは執務室で朝から従者選定の為に、第一から第八騎士団の騎士団長から推薦された一級騎士達の記録を読み込んでいた。
先日行われた会議で、勇者候補一人一人に一名の従者を付けて修行の旅に出発させる事が決まった。
国王アーベルトは王都に留める事を主張したが、ピナリーの他に勇者の国家活用に消極的な大臣達の意見によって、当面の間は成長を見守る事となった。
従者に関しては様々な意見が出たが、勇者候補達の実力が未だ未発達な事を考慮して、パーティーメンバーに依存し過ぎないように敢えて騎士一名だけとなった。
修行を重ねれば次第に自分だけの戦闘スタイルも確立していくことになるだろう。追加メンバーが必要になれば、その時に自分で選んでいけばよい。勇者候補それぞれが違う能力を持っているのだから、全てを此方が用意する必要はないという事で合意となった。
「異世界人の非常識さには苦労させられたな」
会議には勇者候補達も出席していたが、特に騒ぐ事もなく傍観していた。ピナリーとしてはもう少し意見も述べて貰いたかったと思っていた。
だが問題となったのは、会議の後半。
会議では各騎士団から従者となる者を複数名推薦してもらい、勇者候補の意見も交えつつ決める事となったのだが、ここで勇者候補達がごねたのだ。
アオバはパーティーメンバーが少なくて戦えるか心配だから王国最強の騎士にしてくれと言い、イイダは王国一の美女にしてくれと言い、ウエダは従者は不要で代わりにレアな魔物がいいと言ってきた。
「ちっ!」
思い出しただけでも苛つき、舌打ちしたピナリーは手元の書類に目を通す。
当然、勇者候補達の意見は却下となった。
「まったく……会議の内容を理解していないのか。修行の為に旅立つというのに最初から従者頼りとか、見た目で従者を決めようとか、世界の知識も持っていないのに人間を遠ざけるとか……クソが!」
ちなみに執務室には侍女と秘書の爺やが側に控えているが、ピナリーの暴言には眉一つ動かす事なくスルーしている。
ピナリーのストレスを増大させたのは、自分の主張が通らなかった国王や大臣達が嫌がらせでもするかのように勇者候補の意見を後押しし始めた事だ。
お陰で会議は延長し、日が暮れ夜になって漸く元の案に戻った。
結局、従者の選定は次回の会議に持ち越しとなり、今はそれに向けて情報を集めている所だ。
気持ちを切り替えて、騎士団から提出された騎士達の情報が書かれた書類を読み込んでいると部屋の扉がノックされ、扉の外に控える警備の兵士から侍女へと用件が伝えられた。
一瞬侍女が不快な表情を見せたがすぐに消し、主であるピナリーの下に来た。
「ピナリー殿下、アート殿下がお越しです。従者の事でお話ししたい事があるとか」
「……はぁ。お茶を頼む」
会議に向けて忙しい時に、何かとピナリーをおちょくる兄アートの来訪。ピナリーとしては気乗りしないが、かと言って追い返すわけにもいかず、部屋のソファーに移ってからアートを招き入れた。
「おはよう! ぴーちゃん」
「おはようございます、兄上。このような朝からお越しになるなど珍しいですね」
「アッハッハ、実は城下町からの朝帰りでね。この後に寝るつもりなんだ」
「左様でございますか。では眠気覚ましに渋茶でもいかがですか、目が覚めますよ」
「いやいや、寝るって。それより前の会議で従者を一人付けるって話しになったんだろ?」
運ばれてきた紅茶を一口飲み、ピナリーはアートを睨みつけ。
「ええ。次回の会議ではその従者を決めなければなりません。今、候補を絞っている最中です」
だから忙しいんだよ朝帰り野郎とでも言いたげな視線を送るが、アートは笑顔を崩さず。
「わかるわかる。勇者と騎士の相性もあるから難しいよね。ぴーちゃんとしては自慢の第八騎士団から出したいのかな」
第一から第八まである騎士団の中で第一騎士団は国王直属で、例え王族であっても国王以外に命令する権限はない。第二から第七騎士団は、アーク王国軍に所属する騎士団で、役職に応じて権限が異なる。
そして第八騎士団。騎士団と呼ばれてはいるが、所属する騎士は数が少なく、能力も他の騎士団に比べると異質な者達が多い。ピナリー直々に選び、起用した者達は戦士というよりも諜報員に近い存在だ。
「さてどうでしょうね。場合によっては選ぶかも知れませんが、その可能性は低いですね。それより本題に入りましょう、兄上の用件は何ですか?」
「うん。実はさ、王都の教会が所属する僧侶を派遣しても良いって言ってくれてね。ほら、王国軍に所属する僧侶って数が少ないから従者には出したくないだろ? それにぴーちゃん的に、教会が絡んでいた方が軍上層部の無茶も抑えやすいだろ」
思いがけない提案にピナリーは思わず声が上擦った。
「そ、それは真ですか。兄上のクセにこのような案を持って来られるとは……驚きました」
アートの言う通り、王国軍の僧侶は少ない。緊急事態に備えておく事を考えると常駐する数を減らしたくは無いし、強引な方法を好む一部の軍上層部も教会が派遣した僧侶を徒に危険にさらせば教会との関係にヒビが入る事くらいは予想出来る筈だ。例え今回選ばれなかったとしても、後々のパーティー加入もあり得る。
国家間のバランスを重視するピナリーにとって、アートの提案はまさに福音だった。
「ありがとうございます、兄上! 早速、教会と協議して次回の会議に出席していただこう!」
「うんうん、ぴーちゃんの負担が減って俺も嬉しいよ。あともう一件、教会との話し合いで結構金が掛かっちゃってさ。悪いんだけど支払い、よろしく」
「まぁ、その程度でしたら」
何事も金が掛かるという事は、当然ピナリーも承知している。清浄誠実を尊ぶ教会とて、生きていかねばならないのだから、野暮な事は言わない。
アートが差し出した請求書を受け取り、確かめる。
王都高級娼館にゃんにゃん貸し切り料金
アート・デルタ・ウィルテッカー様
王都正教会幹部御一行様
金貨五百枚 期日迄に御支払い下さい
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