27 曲者!
城壁の穴の中で待ち続ける事、数時間。
陽も落ち、夜の帳が下りる頃、通路を通る数人の人影があった。やはり来たか。
種族『魔甲蟲』 職業『呪術士』
『カルンに悪意を持つ者を知らせよ 報知』
念の為、敵かどうかを確認すると全員アウト。
棍棒やら大鉈やら、物騒な物をぶら下げて襲撃者達が
通路を通り抜けていく。途中、天井から垂れ下がる眠り薬付きの糸が顔に引っ付いて煩わしそうに払っている。
男達が足を止めている内に、カルンの工房まで戻る。
カルンの護衛として待機している召喚獣の二匹には、すでに情報が伝わっている。
種族『剛拳大猿』 職業『魔法使い』
『周囲の音を消せ 消音地域』
これでどんなに騒いでも、視界に入らない限り誰も気づくまい。
三匹の魔物が待ち伏せているとも知らずに、ニヤニヤ笑いながら男達がやってきた。物音を立ててカルンに気付かれないよう静かに動いているが、自分達の足音も消えている事には気付いていないようだ。
まず狙うのは最後尾。
迷彩大梟が、身体を透明にして最後尾の男に襲い掛かる。予期せぬ攻撃に男がのけ反り悲鳴を上げているのだろうがその声は消されて、男の異変に誰も気付かない。直ぐ様、召喚した剛拳大猿が男を物陰に運び、後始末する。生死は問わないが、一応手加減は指示しておくか。
同じ要領で、手早く二人目、三人目と片付けていく。
此処までいけば、男達も違和感に気付く。
人数が減り、喋る声が聞こえない異常事態に男達は慌てふためき、何かを言い合っているが何も伝わらない。
さあ、止めだ。
少しずつ近づいていくと、恐怖と警戒心で半狂乱となった男達は武器を振り回すが、上空から襲いくる迷彩大梟の鉤爪に引き裂かれて、両手を血塗れにして武器を落としてしまう。男達は完全に戦意喪失状態だが、人を襲おうとした奴をそのまま帰す訳ないだろ。
グッタリとして動かない連中を適当な路地に放り捨ててその日は帰った。後日、放置した路地を通った時には何も残っていなかったから、誰かが片付けたか自力で帰ったんだろう。
それ以降は懲りたのか、監視で残した迷彩大梟からの異常を知らせる連絡もなく無事に日々が過ぎていった。
ナイフ製造の作業も順調に進んだある日、工房に行くとカルンから相談された。
「この、精霊石だっけ? コイツを使えばナイフに特殊な能力を持たせる事が出来そうなんだけど、どんな能力がいい?」
「能力? 切れ味を増したり、頑丈にしたり?」
「地味だなぁ。他にもあるだろ、炎を付与したり、風の刃を飛ばしたりさぁ」
う~ん。
魔法を使えばそういうのは出来そうだしな。
あ、魔法の増幅にしよう。
「杖や指輪の代わりに魔法効果を高める能力がいいな」
「増幅か……ミスリルも使ってるから普通より増幅率は高くなると思う。魔法の制御に失敗して自爆するなよ」
「ああ、気を付けるよ。……後どれ位で完成する?」
精霊石を研磨しては逐一チェックを繰り返しながら、石から目を離さずにカルンが答える。
「そうだな……二日かな? でも完成した後に微調整する必要があるかも知れないから、もう一日欲しい」
「構わないよ。思うようにしてくれ」
紆余曲折あったが、これで上等な武具が手に入る。
おかげで財布が空っぽだな。早い内にクエストを受けるか、或いは魔物の卵からレアな魔物が孵るのを期待するか。……いや、無いな。何が生まれてくるかわからないんだから、期待しないでおこう。
生活費を稼ぐ為に冒険者ギルドでクエストを探す。
一番儲かるのは討伐系か、レアな魔物の素材や増え始めた魔物の討伐、指定した魔物の生け捕りなんてのもあるな。
あれこれ見ていると、一人の男が近づいてきた。
「よお、兄さん。クエストを探してんのかい?」
声をかけてきたのは、やや軽そうな雰囲気の長身の男。使い込まれた防具に身を包み、槍を持つ佇まいには見た目に反して隙がない。先制攻撃で間合いを詰めようとしても、即座に叩き返されそうだ。
「俺はランス、よろしくな。兄さんの事は聞いてるよ、冒険者登録早々に懲罰を食らうなんて、年の割りにヤンチャしてんなぁ」
やっぱりアレはやり過ぎた、のか?
「実は、兄さんに聞きたい事があってよぉ。先日、この街で眠り病が発生してただろ。これを解決したのが聖なる盾ってパーティーらしいんだけど、本当かねぇ?」
何だ、コイツ。探りを入れてるのか。
「さぁな、生憎と俺は加入して日が浅い。クエスト関する裏事情なんてよくわからないな。受け付けで職員に聞いた方が早いんじゃないか」
「ギルドの公式発表を鵜呑みにはしねぇよ。聞いた話しじゃ、パーティーリーダーがこの眠り病にヤられてたそうじゃないか。だったら他の奴が解決させたんじゃねぇのか? 兄さんは何か知らないのかい」
「兄さん呼びは止めろ。誰が解決したかなんて、俺は興味ないね。聖なる盾が解決してなかったとして、それが何か問題か?」
この一件は、ギルド側から情報制限が掛かっていて詳しい内容を話す事を禁じられている。まぁ、禁止されていなくてもベラベラ喋る気は無い。特に初対面の相手にはな。
「いやね、ある人が気にしてんだよ。ギルドが何かを隠しているんじゃないかってね」
ある人? コイツ、ただの冒険者じゃないな。どこかの雇われか。
「さぁ? 隠してる事があるかも知れないが、どうでもいいさ。けど、ギルドの意思に反して探るような真似をすれば」
わかってんだろうな。
「へへへ、わかってるさ。けど、ヤンチャしてる兄さんがギルドの肩を持つなんて意外だね。てっきり組織に阿らない、何にでも噛みつく荒っぽい人かと思ったぜ」
なんじゃそりゃ。随分といい加減なイメージが付いたもんだ。
これでも俺は組織のルールに従い秩序を重んじる、ちゃんとした大人だぞ。多分。
「仕事の邪魔して悪かったな。まぁ、兄さんの言う通りアレコレ嗅ぎ回ってると面倒を引き起こしそうだし、ここらで手を引くわ」
「そうしてくれ。痛くもない腹を探られるのは不快だからな」
「へいへい。そんじゃ、またな」
軽く挨拶をしてランスが出口に向かう為に、背を向けた。
種族『人間 伊織 奏』 職業『召喚術士』
『影に潜み、会話を探れ 召喚・影蛇』
呼び出した影蛇がランスの影と同化し、一緒に出ていった。
念の為、ランスを調べておく必要がある。上手くいけば、ある人ってのが誰かわかるかもしれない。
意識を影蛇に集中させて、情報を受け取る。
『……んだってよ。多分、ギルドとイオリって冒険者の間だけで共有してる情報がある』
『その冒険者が眠り病を解決したんじゃないのか』
お、早速誰かと接触しているな。
『ん~、眠り病を解決出来るほどの実力があるとは思えねぇがな。相性からいって、まだ聖なる盾のハルの方が可能性があるんだが』
『だが、そのハルって冒険者は被害者だろ? やはりあの御方の言う通り』
『ちょい待ち……』
『どうした?』
あ、まずい。潜れ。
ランスの槍が自身の影に突き刺さる衝撃が伝わってきた。だが一瞬早く、影蛇をランスの影から地面の中へと潜らせて回避出来た。意外と、いや、やはり油断出来ない相手だ。このままランスの影に潜むのは難しい、誰かは知らないが相手の影に移動させよう。