24 ガツン!
パキッ!
軽い音と共に、手にしたナイフが折れた。
「あちゃ~、やっちゃったよ」
獲物を解体していて、骨と筋を断とうとして力を込めた時に呆気なく折れた。露天市場で買った安物だから仕方ないか。
代わりのナイフを探してアイテムボックスを開く。
「え~と……無いなぁ」
剣、槍、斧、弓、敷物、食器、保存食、木材、炭、水袋、油壺、何かの骨、まな板、鍋、精霊石、魔石……
しまった。武器の予備はあるけど、解体用のナイフは一本しか用意していなかった。
仕方ない。残りの大まかな解体は、戦闘用の斧で済ませてアイテムボックスに放り込んだ。
戦闘用の武器は色々用意してあるけど、それ以外の道具は適当だったな。折れたナイフも、解体以外にも料理に使ったり、蔦を切ったり、布を切ったり、便利に使ったなぁ。
思い返せば、意外と酷使していた。もう少し丈夫な物を買えば良かったな。
アケルの露天市場。色々な所から持ち寄られた品々が並ぶ、アケルの街の住人御用達の市場だ。
食料品から日用雑貨、武具に到るまで様々な物が売られている。値段は店主との交渉で決まる為、概ね相場より高値で始まりほどほどの値段で収まるが、質に関しては買う者の目利き次第。下手をすると粗悪品を掴まされる事にもなる。
幸い、俺には商人スキルの鑑定がある。最近は鑑定した品のおおよその品質がわかるようになったおかげで、大きな損はせずに済んでいる。ただ本職の商人相手に儲けられる程の才が無いので、交渉が苦手だ。
以前、剣や弓等の武具を買い揃えた時も苦労した。
熟練の商人は透視能力や念話能力でも持ってるんじゃないかと疑うくらい勘が鋭く、演技も上手い。安い物なら値引きもしてくれるが、武具など高値の品を相場内まで下げるのは大変だった。
結果、複数の武具をまとめ買いして、手持ちの魔石を売却する事で何とか予算内に収めたっけ。この時は、多少質が悪い物が混じっても文句は言えなかったな。
あの時に比べて、今は財布には余裕があるし求めているのは、予備も含めてナイフ二本程度。ちょっと良い物を探してみるか。
市場で武具を売っている区画を歩き回って物色する。
やはり店によって値段も質も違う。形状、材質、見れば見るほど迷うな。
あれこれ見ていると一軒の店に置かれたナイフが目に入った。
「ん……おめぇは」
「あ、この店」
見覚えのある髭モジャ店主は、前に武具をまとめ買いした店の店主だった。あの時は適当に選んだ店だったからあんまり覚えていなかったが、向こうは変な買い方をする奴だと覚えていたようだ。
「あん時の奴か、今日はどうした?」
「解体で使えるナイフが欲しいんだよ。前に買った奴は折れたからさ」
「まあ、低予算内で買えるナイフだったからな。長持ちはしねぇとは思ったが。つか、他の武器は大丈夫なのか? どれも品質は良くないもんだったからな、早い内に買い換えろよ」
確かに、すでにいくつかは壊れている。
「ああ、そのうちな。それよりこのナイフ……」
鑑定で確認しても店先に並べられた数あるナイフの中で一本だけ、妙に品質が良い。ついでに値段も一番高い。
「並みの長剣より高いじゃないか」
「そらぁ、コイツはミスリルが少量含んでいるからな。値段が張るのは仕方ない。どうだ、買うか?」
貴重なミスリルが使われているなら、この値段も納得だ。むしろ総ミスリル製のナイフに比べれば安いし、お買い得な品だと思う。解体用のナイフだけじゃなく戦闘用の武器でも欲しいな。
……あれ?
「このナイフだけ? 他の武器にミスリルは使われてないのか」
「まぁな。うちみたいな小さい店がミスリル武具を扱うなんて普通無理なんだが、このナイフだけ特別さ。ナイフを造った鍛冶士から直接仕入れたからな」
「ミスリル武具を安く? 大丈夫なのか?」
偽物じゃないだろうな。いくら高品質でも、貴重なミスリルを使っているかどうかで値段が変わるからな。
生憎、俺の鑑定ではそこら辺が分からない。
「これでも長年、商人としてやってきてんだよ。この程度の品を見誤るわけねぇだろ。疑うってんなら、何か道具を寄越しな、俺の鑑定を見せてやらぁ」
「じゃあ、その鑑定が合ってたらナイフを買うよ。もし間違ってたら割り引きしてくれ」
「面白い、ほれ寄越せ」
アイテムボックスから大鬼騎士の剣を取り出し、渡した。
「ふむ……コイツは、ダンジョン産の大剣だな。元々は大型魔物の武具として生み出されたものだ。材質は鉄と魔力を含んだ金属、あまり使用された形跡が無いから売却した場合は大銀貨五枚くらいか」
「へぇ、そこまで分かるのか」
約束通り合金製のナイフを購入した。手持ちが足りなくて大鬼騎士の剣を下取りしてもらった。
「このナイフを造った鍛冶士の事を聞いていいか?」
「構わねぇよ。もしかして製作依頼でもするのか? ちぃと気難しい奴だが、まぁ大丈夫だろ」
うへ。偏屈な職人か、ちょっと面倒くさい。
「そうだな、手土産でも持ってけばいいかもな」
店主の話しによると、鍛冶士はドワーフ族との事。鍛冶士、ドワーフとくれば酒か? でもなぁ、ちょっと安直な気がする。
種族『狂地霊 伊織 奏』 職業『僧侶』
狂地霊に変身し地中に潜ると、ひたすら下を目指す。
数十メートル降下すると、それまで水のように感じていた周囲の土に、泥や重油のような抵抗を感じるようになり、移動が困難になってきた。
『我に更なる力を与えよ 身体強化』
魔法による強化で、更に潜る。
数百メートルほど進んだ所で限界がきた。
すでに身体が押し潰されそうなほどの重圧が掛かっている。
種族『狂地霊 伊織 奏』 職業『魔法使い』
『我が感覚を果てまで広げよ 広範囲探知』
周囲の地層に探知魔法をかけて、目当ての物を探す。
出来れば手土産になりそうな金属でも見つかればな、と思ったが見つからない。場所を変えて何度か探ったが、そう都合良くはいかないらしい。
いつまでも潜ってはいられない。無理をしているので潰れる前に地表に出ないといけない。
最後の探知魔法を放った時、範囲ギリギリの所に反応があった。
『お? 良かった、いい物が見つかった』
小石ほどの大きさだがミスリルが手に入った。
実物は初めて見たが、手に持ったミスリルからは熱いほどの迸る魔力を感じる。これなら魔法武具の材料として十分だな。
この手土産で剣の一本でも造ってくれればいいが。
露天の店主から教えてもらった鍛冶士の名はカルン。住所は、数多くの工房が建ち並ぶ職人街らしいのだが、件の鍛冶士はそこの外れに住んでいるそうだ。
カルンは鍛冶士としては良い腕を持っているのだが、材料を拘り過ぎたり、客を選び過ぎて仕事の浮き沈みが激しいらしい。
だから気に入る手土産でも持っていけば、仕事を受けてくれるんじゃないかと露天の店主は言っていたな。
でもなぁ、交渉とか苦手だからな、俺。
開口一番、失せろとか言われたら、翻意させる自信がない。
思い悩んでいる内に自宅兼工房に着いてしまった。どうやら工房で作業中のようだ、人の気配がある。
ん~、どう切り出すか。
「すまないが、カルンさんはいるか。仕事の依頼をしたいんだが……」
返事がない。
「カルンさん? 寝てるのか?」
工房の扉に手をかけると、鍵は掛かっていなかった。
返事も無しに入るのは気が引けるが扉を開けて工房内に入ると、仕事の最中だったのか小鎚を手にした作業着姿の女性が一人、床に倒れていた。
「おい、しっかりしろ! 大丈夫か!」
抱き起こした女性は小柄ながら筋肉質な身体つきで、ドワーフ族の特徴を持っている。状況から見て彼女がカルンで間違いないだろう。
「ぅ……」
カルンがうっすらと目を開けた。
「良かった、起きたか。どこか……」
「わっきゃあ!」
あろうことか心配して顔を覗き込んでいた俺のこめかみに握っていた小鎚を叩き込みやがった。
「あ、あれ? 誰こいつ? ぅえ、殺っちゃった?」
狼狽するカルンが小鎚と倒れた俺を交互に見て。
「ど、どうしよう…………埋めるか」
俺の両足を掴み、工房の奥へと引き摺っていった。