22 お気持ちだけで
試合開始の合図と共に、両者が突進する。
チャンプのボルダートが片方の戦槌を投げるが、マスクドタイガーは易々と避けてアクロバティックな宙返りを繰り返してボルダートの上を跳び越えた。
「えぇ……アイツ、僧侶じゃなかったのかよ」
「ん~詳しい事は知らないけど、パーティーで戦う時は前衛だって言ってたよ」
「完全に格闘家じゃねぇか」
マスクドタイガーの連打をボルダートが戦槌で防ぎ、お返しとばかりにフルスイングで闘技台の瓦礫を飛ばす。だがその瓦礫をマスクドタイガーは異常な速度でかわした。ただの身体強化にしては速すぎる。油断すると見失いそうだ。
「子どもの世話と冒険者と闘技場の闘士。どれか一つでも大変なのに三つ掛け持ちとか、体力バカなのか」
「闘技場の方はたまにだよ。普段は孤児院がメインで、生活費稼ぎに冒険者してるんだよ」
「それにしたって……あ、最前席にゴランがいるな」
マスクドタイガーの猛攻の前に、ボルダートが徐々に後退していくが、あれは誘いだ。
狙いは、最初に投げた戦槌を拾うことだな。
マスクドタイガーの宙返り蹴りで戦槌が弾かれ、ボルダートに隙が生まれる。
猫のようにしなやかな動きで体勢を整えたマスクドタイガーが前に出るが、カウンターで一撃を食らった。
ボルダートの手にまだ拾っていない筈の戦槌がある。
「戦士系のスキル『武器召喚』だな」
「頑張れタイガー!」
闘技台の端まで飛ばされたマスクドタイガーに止めを指す為に、両手に戦槌を握ってボルダートが攻める。
まだ起き上がれないマスクドタイガーにボルダートの戦槌が迫る。
「キツいの貰ったな。これは決まりか」
「あぁ~! ヤバいヤバいヤバいヤバいぃ!」
叩き潰そうと降り下ろされた戦槌の一撃を、マスクドタイガーが身をくねらせて紙一重でかわす。
さらに繰り出される前に、マスクドタイガーが回転蹴りで戦槌を弾いてかわし、仰向けの体勢から身体を捻って起き上がり、ボルダートの右腕を駆け登るように飛び越えて後ろを取ると、素早く背中に抱きついた。
「お、いくか」
「ぃいけえぇぇ!」
体重差が倍近くあるのに、ボルダートの身体を一気に持ち上げて跳んだ。
「身体強化ありだとしても凄いな」
「ぅうう~! がおぉっ!」
急直下で闘技台にボルダートが突き刺さる。
激突の寸前に脱出したマスクドタイガーが油断なく警戒して数秒、ボルダートの戦闘不能を確認した進行役のレフェリーが試合終了を宣言した。
「ふぃ~、何とか勝ったぁ~」
「ハルの意外な一面を見たな。これで、ハルが闘技場のチャンプか?」
「違うよ、マスクドタイガーだよ。それにこれはチャンピオン決定戦じゃないから、勝っても賞金しか貰えないよ。もっともマスクドタイガーは、出場回数こそ少ないけど、ほぼ負け無しだから幻のチャンプって呼ばれてるけどね」
たまにしか出てないのに、結構な人気っぷりだったな。ゴランも最前席で、賭け札握り締めて応援してた。
「イオリさん、ルウ」
立ち見席にペレッタが来た。試合中に見つけられてたのかな。
「良かったら控え室に来ない? マスクドタイガーが会いたいって」
あくまでもマスクドタイガーか。ファンへの気遣いなのか?
関係者専用通路を通って、マスクドタイガーの控え室を訪れた。
「あ、いらっしゃいイオリさん、ルウちゃん」
試合後の汗を拭いているハルがいた。覆面、脱いでるし。拘りがあるんだかないんだか。
「よぉ、お疲れ。試合凄かったな、腹の傷は大丈夫だったか? かなりキツい攻撃を食らってただろ」
「うふふ、ありがとう。でも、平気ですよ。鍛えてますから」
痩せ我慢という訳でもなく、すでに自分で治したんだろうな。格闘家でありながら、僧侶でもある。接近戦でハルを倒すのは難しそうだ。特に試合中に時々出していたあの速度は驚異だな。
「試合中の身体強化が普通と違うように感じたが、あれは何だ? 単純に消費魔力を増大させて効果を高めたのか? 教えてもらう事は可能かな」
戦士にとって自分の手の内を他人に教えるのは愚行。
駄目元でハルに聞いてみた。
「そうですねぇ……あれは自分で改良したもので、かなり扱い辛いんですよ。暴れ馬の背で逆立ちするような? 感じですかねぇ」
ふむ。教えてもらっても、そのまま使いこなすのは難しいか。ハルがやったように自分の感覚に合わせて魔法を調整した方がいいな。
「あれは他人が使うと制御出来なくて、逆に身体を傷つけてしまうんです。ごめんなさいね」
「いや、こちらこそ無理を言ったな。気にしないでくれ」
「イオリさんにはご恩がありますし、力にはなりたいんです。だから、せめてこれを」
ハルがそっと手渡してきた。
使用済みのマスクドタイガーの覆面を。
「気にしないで下さい。予備もありま」
「いらない」
ハルは尊敬できる人だが、グッズを欲しいとは思わないし、使用済みだからちょっと匂いが……。