02 俺と二郎と三郎と
シンニュウシャヲコロセ
(背中、痛い……)
意識が戻って最初に感じたのは、ゴツゴツとした石の硬さと背中の痛みだった。
起き上がって、ただジっと地面を見る。
何だか頭がぼんやりする。寝起き直後だからかな?
辺りを見回すと、そこは岩肌だらけの洞窟だった。
(あー……まずは記憶の確認か)
俺、伊織 奏 年齢、35歳。
職業、会社員。独身。
好きな食べ物は、豚汁。嫌いな食べ物は、二枚貝。
うん、記憶はそのままだな。
はぁ……来ちゃったのか、異世界。
記念すべき異世界、最初の一歩がただの洞窟ってのが残念だけど、その代わりに「これぞ異世界」ってのが近くにいる。
メタリックカラーのマネキンたちだ。彼らは俺に対して、警戒も威嚇もしない、何の反応もせずウロウロしているのだ。
そして俺も、彼らに危機感を覚えない。
彼らは同族だ、間違いない。誰かに教わったわけでもないがわかる。
しっかし予想してたのは、もっと生物的な姿だったんだが、これがシェイプシフターかぁ。
もっとよく観察しようと、彼らの周りを回ったり覗きこんだり、手を振ってみても反応はない。
自我が薄いのか?
とりあえず、やる事がない。暇潰しにこの洞窟を探ってみようか。何とか出口を見つけて、外の世界にいきたいし。
行動を開始しようと通路に向かう。
シンニュウシャヲ、コロセ
そうだった、侵入者を殺しに行かないとな。
他のシェイプシフターたちも動き出した。
手分けして、何となく侵入者がいそうな場所に向かって歩き出すと、俺の後ろに二人着いてきた。
よし、二郎と三郎とでも呼ぼう。さぁ二人とも、兄ちゃんについてこい!
などと遊んでいる間にも色々な魔物とすれ違う。
コウモリ型に昆虫型、犬型に人型、色々いるな。詳しい情報は分からないがスキルに使えそうだという事が何となく、分かる。
視認したものに変身出来るようだ。ちょっと試しにやってみようかな。
シンニュウシャヲ、コロセ
そうだ、侵入者を殺すんだった。ちゃんとついてこいよ、二郎、三郎。
薄々気づいていたが、やはりここはただの洞窟じゃなかったんだな。俺を産み出し、他の魔物がウヨウヨいるって事は、ダンジョンってヤツだよな。
どこかに宝箱でも落ちてないかな。
ん? 音?
シンニュウシャヲコロセシンニュウシャヲコロセ
はいはい。侵入者を殺しにいきますよ。
近くから戦闘音と人の声が聞こえる。
歩くスピードを上げて近づくと、人間が三人いた。ちょうど戦闘を終えた直後のようだ。
向こうもこちらに気づいたな。疲れているようだが、しっかりと武器を構えている。
まず最初に二郎が剣士の男に『変身』した。続いて三郎が魔法使いの女に『変身』した。
俺の番だ。少し、緊張するな。俺はスキルを使おうと意識を集中する。
種族『人間 カウカ』 職業『格闘家』
頭の中に二つイメージが浮かぶ。二つだ。
どうやら俺は種族と職業の二つを変えられるようだ。
転生する時に選んだもう一つの『変身』スキルが、こういう形になるとはねぇ。
とりあえず、選んだカウカという人間に変身し、職業も格闘家になった。すると、身体が軽くなったように感じ、筋力も上がったように思う。
これは、格闘家に変身したからか? ちょっとシャドーボクシングのように素早く攻撃の型を繰り出してみると、拳や蹴りが鋭く空を斬る。
前世の自分では絶対に出来なかった、足を真っ直ぐ真上に上げたり、宙返りをやってみると、難なく出来た。すごい身体能力だ。
隣で二郎と三郎がポカンっとしている。すまんな、もうちょっと待ってくれ。
ついでに初異世界人とコンタクトをとろうかな、こちらの世界の話しでも……
シンニュウシャヲ、コロセ!
くそ、邪魔が入るな。
でも、何とか……
シンニュウシャヲコロセシンニュウシャヲコロセシンニュウシャヲコロセシンニュウシャヲコロセシンニュウシャヲコロセシンニュウシャヲコロセシンニュウシャヲコロセシンニュウシャヲ……
「だああぁぁ! うるっせぇ! 引っ込んでろ!」
思わず、頭に響く声を拒絶すると、何か目に見えない鎖のようなものが千切れる感じがした。と、同時に。
スキル『支配無効』を獲得
お? 頭がスッキリして、何だか気分もいい。
支配無効? って事は、さっき千切れたのはダンジョンの支配者との繋がりか。
「ガアァ!」
突如、二郎が剣を抜いて襲いかかってきた。
なっ、何をするだぁ二郎!
俺が慌てていても、身体は自然と反応してくれる。
振り降ろされた剣をギリギリで避けて、素早く身体を密着させると、柔道の一本背負いを繰り出そうとした。
だがこのまま硬い地面に落とせば、二郎がどうなってしまうのか。
脳裏に二郎との思い出が……思い出が……思い出?
無いな。気にせず、脳天から落とそう。
地面に頭をめり込ませて、二郎が行動不能となる。
今度は、魔法使いの女に変身した三郎が手にした杖で殴りかかってきた。こっちは、動きがかなり酷い。
魔法使いのくせに、魔法は使わず、杖もただ振り回すだけ。やはり普通のシェイプシフターは姿形しか真似出来ないようだ。
あっという間に三郎の背後を取ると、腕を首に回して締め上げる。
非力な今の三郎では振りほどく事など出来ず、すぐに沈黙した。
さて。ゆっくりと人間たちの方を向くと、やはり警戒している。
「どうなってんだ? 仲間割れしたぞ」
「油断するなよ。敵味方関係なく襲いかかる異常種かもしれん」
どうしたものか。二郎と三郎を倒したせいで、こっちが一歩近づいただけでも斬りかかってきそうだ。ここで友好的な関係を築くのは無理だな。
「イサン、やるぞ。リンは他の魔物が来ないか見張っててくれ」
格闘家のカウカが指示を出し、二人が頷く。
まずは剣士のイサンが来た。こちらは素手だから剣士の方が有利と思ったのかな。
だが、こっちには兄弟たちがいる! いけ、三郎!
俺の足元で白目を剥いてぐったりとしている三郎をイサンに向かって放り投げた。
「うぉ! なんて事しやがる!」
上から降ってくる三郎に、イサンの意識が傾く。
その隙に、イサンの足にタックルして素早く押し倒すと、両足を抱え込みジャイアントスイングをかます。
「ぅわあああぁぁ!」
「イサン!」
イサンを助ける為、カウカが動こうするが、それより先に俺がカウカに向けてイサンを放り投げた。
「ちょっ、マジか!」
「カウカ、イサン!」
避ける訳もいかず、そのまま二人はぶつかりながら倒れた。
チャンスだ。
俺はスキル『変身』を発動。
種族『人間 カウカ』 職業『魔法使い』
よし、問題なく職業を変えられた。そして、まだ倒れたままの二人に向けて魔法を放つ。
『深き眠りに落ちろ 深催眠』
「なっ! どう、し……」
カウカの姿をした俺が魔法を使うとは思わなかったようで、抵抗らしい抵抗も出来ずに、二人は眠りについた。
残るは、魔法使いのリンだけだ。
まさか仲間がこうもアッサリ倒されるとは思っていなかったのか、呆然と立ち尽くしている。
それでも俺が近づくと慌てて。
『ほ、炎よ、敵を撃て! 炎の弾』
距離が近いから威力よりも発動の早さを優先したか。だが残念、今の俺は魔法使いだ。だから、その魔法の制御が雑だと分かるし、それを奪い取ることも出来るんだ。
飛んできた火の塊を素手で掴むと、リンに向かって投げ返した。
「嘘でしょ!」
辛うじて避けたが体勢を崩して転んでしまい、無防備な状態のリン。この体勢からでは反撃するより先に、俺の攻撃を食らってしまうと理解したのか、顔色が悪い。
「……ぁ」
最早、戦う意志は無さそうなので、俺はその場を去ることにした。