十九 勇者召喚
アーク王国。伊織の住むアケルの街がある国で、大陸に数ある国々の中では、地位が低い弱小国である。
国内に小規模ながらもミスリル鉱脈を持つが、三つの禁域も存在する為、国土の広さに対して兵力、生産力などの国力はあまり高くない。
そんなアーク王国の首都に建つ王城の一室で、第八王女ピナリーは政務に追われていた。女性王族ではあるが、政治に長けた者が少ないアーク王国で彼女は大臣職を兼務していた。
「ぴーちゃん」
長い髪を纏め、魔法道具の眼鏡をかけて忙しく書類を書き上げる彼女の手が止まる。
「そのような呼び方は止めて下さい、兄上」
書類と資料とインクで占領されている彼女の机の対面に男が一人座っていた。わざわざ椅子を持ってきて机の真ん前に座る男は、アート・デルタ・ウィルテッカー。
アーク王国第三王子で彼女の兄である。因みに、彼は役職には就いていない。
「俺、働きたくないんだよね~」
「そうですか」
いつもの戯言だと受け流し、事務作業に戻る。
「誰かのヒモになりたい」
「そうですか」
「俺って、王族だし、Aランク冒険者だし、顔がいいからモテてもいい筈なのに、全然なんだよね」
「そうですか」
「あ~あ、誰でもいいから俺を養ってほし~」
「そうですか」
「そう言えば、てっちんがぴーちゃんを探してたよ」
「そうです……何?」
思わず聞き逃しそうになったが、寸での所でピナリーの手が止まった。
「ティロンが私を? 用件は?」
「知らね」
「ちっ」
不機嫌な顔を隠さず舌打ちして、ピナリーは部屋を後にした。
彼女の部下ティロンは、城の機密区画の管理者だ。
何か問題でも発生したかと、少しばかり憂鬱な気持ちになった。
幾つかの通路を歩き、ティロンの持ち場である機密区画に近づくと足早にティロンが駆け寄ってきた。
「ピナリー殿下!」
「ティロン、何があった? 侵入者でも出たか」
城の機密区画は、一般人や階級の低い役人は立ち入り禁止の場所だ。金目当て、情報目当ての侵入者が出てもおかしくない。
「いえ、例の第三魔法陣の間が活性化し始めました。間もなく発動するかと」
「! すぐに陛下に連絡を、それと万が一の為に処理部隊も用意させろ」
第三魔法陣の間。それは勇者召喚の魔法陣が敷かれた広間だった。そこの魔法陣が発動する、即ち勇者が召喚されるということだ。
「この忙しい時に、厄介な事になった。せめて真っ当な人間であってくれよ」
ピナリーが広間に到着すると、魔法陣は強い光りを発し、発動寸前の状態だった。
「殿下、危険です。ここは私どもが……」
「いや、事と次第によっては召喚された者達を処理せねばならんかもしれん。そこは王族として見極める必要がある。それより、警護の人間を半数、扉の外に出せ。万が一、処理しきれず討ち損じた場合は、直ぐ様城中に知らせよ」
「承知しました。警護班の半数は外で待機! 中で問題が発生した場合は、即座に王族の方々を避難させよ」
召喚された者が常識的な人間なら良し、だがもし極端な思考を持つ人間だったり、人格に問題があるような人間だったなら、アーク王国第八王女にして国内治安維持担当大臣兼異界部門担当大臣の名において。
「ぶっ殺す……」
王族の権力を使ってAランクになった兄アートと違い、地道にCランクを獲得したピナリーの実力は本物だ。
目の前の魔法陣が魔力を解き放ち、勇者召喚術が発動した。
発動後に残ったのは、若い黒髪の男たちだった。
ピナリーは声をかける前に、素早く男たちの所作を観察する。
(若い三人の男。困惑した様子。一見した所、格闘家の身体つきではないが、暗殺系の可能性あり。こちらが飛ばす殺気に反応なし。警戒は続行)
「ようこそ、我がアーク王国へ。私の名は、ピナリー・デルタ・ウィルテッカー。この国の第八王女です」
ゆっくりと一礼して自己紹介したが、召喚された者達はキョロキョロするばかりで返事をしない。
「突然の事で混乱していらっしゃるようですが、まずあなた方のお名前をお聞かせ願いますか?」
「これって……あれなヤツ? ドッキリみたいな」
「え? まじかよ。ウけるわ~」
「お姉さん女優さん? 見たことないんだけど」
ピナリーの優しい笑顔に緊張が解けたのか。三人の男は無造作に近寄ろうとした。
そこで一斉に警護の騎士達が手に持った槍の石突きで石畳を鳴らした。
明らかな警告であるが、三人は意味を理解してはいない。それでもとりあえず動きを止める効果はあった。
「どうやら、先にこの状況を説明した方が良いみたいですね。あなた方は神がこの世界に召喚した勇者候補達なのです」
「勇者……候補? 候補って何だよ! 神に選ばれたんなら俺達はもう勇者だろ!」
「いいえ。あくまでも候補です。主に二つの試練をクリアする事で、真の勇者となれます。ですが、あなた方は勇者にならない道も選べます」
予想外だったのか、男達は怪訝そうにお互いを見ている。
「あなた方は苦難の多い勇者を目指す道、手にした力で戦う冒険者の道、或いは争いとは無縁の道。好きな道を選べます。勇者を目指すなら、我が国も支援致しましょう。それ以外の道を選んでも、出来うる限りの事は致します」
「でもさぁ、勇者になる為にこの世界に召喚されたんだろ? 勇者にならなかったら魔王とかどうすんの?」
「大丈夫です。現在、魔王はいますが敵対はしておりません。むしろ討伐しようとするなら、全力で止めます」
男達は拍子抜けした様子だった。
勇者がいれば魔王がいる。魔王を倒すのは当たり前と思っていたからだ。
「いきなり生き方を選ぶのは難しいでしょう。ひとまず部屋をご用意致しますので、一晩ゆっくりとお考えになって下さい」
「は、はい」
「へ~い」
「……」
ピナリーを先頭に、一行は客室へと案内された。
客室へたどり着くまでに、隠れて鑑定や軽い調査などが行われていたが、男達が気づくことはなかった。
「では、こちらの部屋から順に三部屋お使い下さい。部屋に入る前にお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「えっと……青葉 純です」
一人目が名乗ったときドアノブが一瞬、光った。
「え? 今のは……」
「セキュリティを上書きしました。これであなたも自由にドアを開ける事が出来ます」
安全の為、登録されていない者はドアを開けられない事を説明すると、三人は感心していた。
もっともドアを開けた者の記録も取られている事は説明しない。
残りの二人も名乗っていく。
「飯田 哲也っす」
「上田 航平」
三人はそれぞれの部屋で寛ぐ。
大人しく部屋に入ったのを確認して、ピナリーは隠れていた部下を呼び寄せた。
「三人の鑑定結果は?」
「名前は間違いありません。アオバ ジュン、イイダ テツヤ、ウエダ コウヘイ。所持スキルは、アオバが『剣聖術』、イイダが『魔力量・極大』、ウエダが『上級従魔術』です」
ピナリーは溜め息とともに軽い頭痛を感じた。
どのスキルも強力な物だ。本来ならば相当な修行や研究を重ねなければ得られないスキルだ。それをあんな未熟者達が使う。上手くフォローしなければ大問題を引き起こしかねない。
「バレないように監視しろ」
「承知しました」
興味本位で暴れられては堪らない。せめて街中で騒ぎを起こさない程度の自制心を持っていてほしい、とピナリーは溜め息をつくのだった。
そんな彼女を離れた場所から覗く者がいた。
「へぇ、勇者か。これでうちの国にも国定勇者誕生かな? ぴーちゃんはあんまり乗り気じゃないみたいだけど、親父なら強引な手を使ってでも逃がさないだろうな……でも、全員男って……無いわ~」