18 まっするまっする
暖かいな……。
前回はいきなり変な空間に飛ばされたけど、死後の世界ってのは本当はこんな感じでゆったり出来るのか。
まるで静かな水面を漂ってるみたいに身体が軽い。
けど、さっきから何の変化もないな。てっきり死神か水先案内人でも現れて、天国か地獄にでも行くのかと思ってたのに。
「流石にずっとこのままじゃ、飽きるな」
デハ、オキマショウ
「そうだな。十分に休息は取れたし……ん? 誰だ?」
どこからか聞こえてきた女性の声に答えると、身体がとてつもない勢いで引っ張られた。
気分は一本釣りされる小魚だ。抗い様のない圧倒的な力で上に下にと引っ張られる。
「おぼぼぼ! ひぃああぁぁ! よ、酔うぅぅ……」
「!」
気づくと地面の上に寝かされ、誰かに膝枕されていた。見覚えのない顔だ。
長い金髪の妙齢の女性だが、顔色が悪い。よく見ると寝間着のような質素な服装だ。
見覚えはない。ないが、不思議と誰かはわかった。
「ハル……ウェルナー」
「はい。あなたのおかげで目覚める事が出来ました。心より感謝申し上げます」
いや、それよりも。
「何で、ここに? 病み上がりだろうが。無茶するな」
恐らく魂が身体に戻って、それほど経っていない筈。
何日も寝たきりだった人間が、いきなり動き回っていいわけない。
「大丈夫ですよ、鍛えてますから。それに魂の状態でもある程度は意識はありました。あなたが命懸けで戦ってくださった事も覚えています」
むむ、と言う事はスキルの事もバレてる?
「あ~……あの戦いは全て忘れてくれ。目が覚める迄の事は何も覚えてないって事にしてくれないか?」
「……あなたがそれを望むなら、例え業火に焼かれようと喋りません」
怖い。発想が、怖い。そして、重い。
「極端な奴だな。普通に『覚えてない』だけで十分だ」
「はい、わかりま……あら?」
ハル・ウェルナーの視線が遠くに向けられた。つられてそっちを見ると、シンクとペレッタが駆け寄ってくるのが見えた。
あいつら、病人を出歩かせやがって。
「いたいた。もう、ハル姉ったら、急に……イオリさん? こんな所でどうしたの? 何で膝枕?」
「はぁ……はぁ……姉さん、足速すぎ」
「あ~……墓地の見回りをしていたら、急に体調を崩してな。気が付いたらハル・ウェルナーに介抱されてたんだ。それより、助けられた身で言うのも何だが、病人が出歩く前に止めるべきだと思うんだが?」
シンクとペレッタが困ったように顔を見合わせて。
「いや、それがさぁ。いきなり目を覚ましたかと思ったら、窓を蹴破って三階から飛び出して行っちゃったんだもん」
「俺達も急いで後を追ったんだけど、目撃情報を集めながら来たから遅れちゃって」
へ? 窓を蹴破って? 三階から飛び出して?
おまけに二人の追跡も振り切った?
「お、お前……」
「おほほ、ちょっとはしたなかったかしら」
大鬼の血でも引いてるのか。
まぁ、いいか。無理を押して駆けつけてくれたおかげで、俺は助かったみたいだし。
「こんな所に居るより、ギルドへ報告に行ったらいいんじゃないか? 俺はもう大丈夫だ」
「駄目ですよ。精神や魂のダメージは魔法では完全には治りません。時間をかけて自然治癒させた方が良いんです。無理をしてはいけません」
お前が言うな、と言いたいが確かに酷い二日酔いのような怠さが抜けない。
「ペレッタは姉さんを家まで運んでくれ、イオリさんは俺が家まで送るよ。イオリさんの家はどの辺?」
……。
「家……家は、ない」
「? じゃあ宿に泊まってるの? 何て宿?」
……。
「いや~……泊まってない」
「…………街に来てから、寝る時はどうしてたの」
「野宿」
基本的に犬やら猫に変身すれば、そこら辺で寝てても問題なかったんだよなぁ。
「ペレッタ、二人を孤児院へ運ぶぞ」
「そうね。ほらハル姉、おぶってあげるから」
なにやら気を使わせたか。いや、普通に呆れてるだけか。
とりあえず三人の住んでいる孤児院に行くことになった。正直ありがたい、宿屋に泊まる金くらい無くはないがずっと懲罰クエストばっかりで手持ちが減り続けてたんだよな。
今は、ゆっくり休みたい気分だ。
「リッキー、洗濯物取り込んで!」「ねぇ、オヤツは? オヤツないの?」「フェイ! アニスをいじめんな! ヤンとサティは、晩ごはんの準備を手伝って!」「いまいそがし~、エリオにやらせろよ」「アニスが私の人形とった!」「リッキーいねぇ!」「サティ、オヤツ食べよ」「エリオ、窓の修理は終わった?」「ルウちゃん、リッキー逃げたよ」
うるさ。孤児院の二階の一室に寝かされたけど階下の音が丸聞こえだよ。
この建物、元は貴族の屋敷だったらしいけど、随分と老朽化が進んでいて廃墟のような見た目だ。
実際、部屋に案内された時も幾つかの部屋は使用不能で立ち入り禁止と言われた。床が抜けているらしい。
「おじさん、起きてる?」
ドアをノックもせずに、ルウが入ってきた。
「部屋に入る時は、ノックしろよ」
「いいじゃん別に。見られたら恥ずかしい事をしてても、スルーしてあげるから。シン兄の時もそうしたし」
しねーわ。そして、シンクは何を見られた?
「で、何か用か」
「おっとそうだった。おじさん、料理出来る? ちょっと人手が足りなくてさ」
「だろうな。随分な騒ぎだが、いつもこうか?」
「あははは、いつもはもう少しマシ。ハル姉が倒れてから、みんな気持ちが沈んでたから、その反動かな」
成る程ね。一階に降りると小さい子がチョロチョロ走り回り、あちらこちらで泣き声がしたかと思ったら、物が飛んできたりしている。
「あ、イオリさん。お加減はいかが?」
大きなリビングのような部屋で、子ども四人を抱えたハル・ウェルナーが声をかけてきた。
既に全回復したのか、ハル・ウェルナーの顔色はすっかり良くなっていて、立ち振舞いに危なげな所はない。
「問題ない。あんたは、回復が早いな」
「はい。シンクとペレッタが用意してくれていた魔法薬がありましたから、ご覧の通り!」
四人の子どもを抱えたまま、屈伸する。子ども達は上下に動くのが楽しいのか、キャッキャッと笑っている。
軽く四十キロはある筈なのに軽々と。どうなってるんだ、こいつ。
「おじさ~ん」
ルウに促されて、調理場に行くとエプロン姿のペレッタと少年が動き回っていた。
「イオリさん、手伝って! そっちの肉を薄切りでお願い! あと、エリオの鍋を補助して! ルウ、ポテトサラダを人数分の倍で用意して」
「腕、疲れた~。おっさん変わって」
「エリオ! 焦げる焦げる!」
「あれ? 芋足んないよ。おじさん、裏の倉庫から鍋二つ分持ってきて」
忙し。