17 相討ち
『ウゥギィヤアアアァァ!』
くくく、ラータの口から汚ない悲鳴が溢れ出す。
体内からの聖属性魔法は有効だったようで、霧が晴れるように胸から下が無くなっている。まぁ、こっちも右腕が無くなったがな。なるべく抑えたが、それでも怨霊が聖属性魔法を使うのは無理があった。
『テ、テメェ……テメェ、イカレテンノカアァ!』
『お前が言うな』
地面に這いつくばるラータの身体から、囚われていた魂が脱け出し、身体のある街の方へ飛んでいった。
『よしよし、どうやら間に合ったようだな。後は、お前を消すだけ……』
ほんの少し余所見をした瞬間、ラータの身体が黒い煙りになると俺の身体に纏わりついた。
『オ、オ、オォ、オ前ヲ取リ込ムゥ!』
さらに周囲の瘴気を吸収し、失った身体を復元させ始めた。ここは墓地だ、回復に必要な瘴気は十分にある。
そして怨霊の力と死霊術士の力、両方で俺を抑え込み丸飲みにするつもりだな。
『学習しない奴だ』
『マァタ聖属性魔法カァ? オ前モ消エルゾォ!』
そうだな。こうも密着した状態では、ラータに対する攻撃は俺にとっても致命的だ。
種族『怨霊 伊織 奏』 職業『召喚術士』
『彼の地へと至る門よ、開け 転移門』
目の前の空間が裂けて、その先には真っ暗な亜空間が広がっている。
『お前は、俺と一緒に地獄へ行くんだよ』
ラータに纏わりつかれたまま、ゆっくりと裂け目に向かって歩き出す。
『ナ、ナンダアァ! ナンダ、コレハァ! ジゴク? ジゴクダトォ!』
目の前の暗闇に恐怖したラータが、俺の歩みを止めようとするが。
『ト、止マレ! ナゼダ、支配出来ナイィ!』
支配無効スキルのおかげで、怨霊であっても死霊術士の力をはね除ける事が出来る。
『ごちゃごちゃ言うな。やっと終われるんだ、素直に受け入れろ』
『イイヤアァダアアァァ!』
空間の裂け目に飛び込む寸前にラータが俺から離れ、裂け目は俺だけを飲み込んで消えた。
『ィイヤダ、イヤダ、イヤダ……ヨウヤクトゥラヤメイヲマモレルクライツヨクナッタンダ……』
恐怖に震え、身を縮ませていたラータだったが、聖光によって消された身体を瘴気によって復元させた事で気持ちを持ち直したのか、ゆっくりと立ち上がり。
『……ソウダ……俺ハ、強イ。強インダ、モウオ前タチノオ荷物ジャナイ! モット……モット、強クナル。モット餌ドモヲ食ッテ』
『そんな事、させるわけねぇだろ』
歩き出そうとしたラータの背後から、握り潰すつもりでラータの首を締め上げる。
『ナ、ナゼ? ジゴクニ落チタンジャ……』
敵の言ったことを真に受けるなよ。こいつ焦ると視野が極端に狭まるタイプか。
今の俺に地獄行きの転移門なんて開けるわけがない。
せいぜい、数メートル移動するだけで精一杯さ。
それでもこいつを化かすには十分だった。
『ア、アァ……放』
『あばよ。降り注げ浄化の陽よ、一切の容赦もなく邪を払い、魔を滅し、二度と蘇る事の無いよう』
『ィイヤダアァ! 助ケテクレェ、トゥラァ!』
『欠片も残さず焼き払え 神聖陽光』
首を掴んだ左手を狙って空から暖かな日の光りが降り注ぐが、怨霊であるラータや俺にとっては灼熱の溶岩に等しい。
『……!!…………ァ…』
俺の左腕を道連れにして、ラータは消え去った。
三十年越しに漸く成仏出来たんだ、感謝しろよ。
『さて、元に戻るか。変身』
種族『人間 伊織 奏』 職業『僧侶』
「良かった、両腕はちゃんとある。霊体のダメージがどういう風に出るか分からなかったからな。最悪の場合、両腕が無くなった状態になってたかもしれない」
そうなってたら死んでたな。
「よし、帰るか……今頃は」
足を動かそうとして、派手に転んでしまった。
むむ、何だ? ダメージが足にきてるのか?
起き上がろうとしても力が入らない。
「あ、あれ? どうしたんだ?」
まさか。
無茶したツケが回ってきたか? 霊体のダメージを抑えたつもりだが、駄目だったのか。
肉体は無傷でも、霊体の崩壊が止まらないのか。
「く、ぬぅ……駄目だ、動かない」
徐々に呼吸も弱くなってきた。嫌な寒気が身体を蝕んでいく。
「どうにか……変身」
変身スキルで職業を呪術士に変えて、精気搾取をすればなんとかなると思ったが。
「スキルが、発、動しな、い……」
そうか、霊体にダメージを受けすぎるとスキルさえ使う事が出来なくなるのか。
これはもう、お仕舞いだな。
「……依頼、は完了した、から……良しと、する、か」
まさか、こうも早く二度目の死を迎えるとは。
もう少し、鍛えれば良かったな。
後悔、先に立たずだな。
あ、眠気が……。
暗く…。
……。
「あなたを死なせません。『大いなる慈悲を 救済』」