16 怨霊
今回の犯人は別人とギルドマスターは言っていたが、俺はそうじゃないと思う。まあ、確信があるわけじゃないが。
ただ、ギルドマスターの話しを聞いて気になる所があったんだよな。三十年前、ラータは身体の一部を亡霊に作り替えた。その状態で死んで果たして成仏出来ただろうか、もし肉体という重しを失っただけだとしたら?
恐らく動けるようになるまでに三十年の時間が掛かったんだろう。
資料によれば、ラータは街の共同墓地に葬られたと書いてある。だとしたら、ラータの居場所は墓地だ。
「さて、ここがラータの墓か」
先日、ギルドマスターが墓参りしていた場所だ。
周囲に怪しい気配はない。以前、掃除でここに来た時もおかしな所はなかった。上手く隠れているのか。
だが、見つける手立てはある。
種族『人間 伊織 奏』 職業『呪術士』
『ハル・ウェルナーとルウの想いを繋げ 想念糸』
ルウから貰ったタイガースメダルに術をかける。
メダルから二つの光の筋が延びる。一方は街にいるルウを示し、もう一方は、目の前の墓石に向かっている。
種族『人間 伊織 奏』 職業『僧侶』
「……もうバレてるぞ。出てこい」
だが反応はない。無視を決め込むつもりか。
『出てこい! 死霊術士ラータ!』
今度は、声に魔力を乗せて叫ぶ。死霊術士ほどではないが多少の強制力が働いたのか、目の前の空間が歪み、僅かに異臭が漂ってきた。
『……ククク、ワザワザ餌ノ方カラヤッテ』
先制攻撃。
『邪を払い、魔を滅せよ 聖光』
死霊に有効な聖属性の魔法を、完全に出てくる前に叩き込む。これで決まりはしないだろうが、ある程度ダメージがあれば儲けものだ。
しかし。
ダメージを確認する前に反撃の鞭が飛んできた。
「くっあぁ! 痛ってえ……」
至近距離からの攻撃を避けきれず、黒い鞭に打ち据えられた。
死霊術士のスキルで生み出された特殊な鞭は、肉体のダメージより精神のダメージの方が大きい。まるで腕を食い千切られたかのように左腕が麻痺してしまった。
『アッヒャヒャヒャ! 聖光ナンザ効クカヨ、バーカ』
笑いながら繰り出される鞭の攻撃を、転がりながらギリギリで避ける。
どういう事だ? アンデット系に絶大な威力を発揮する聖属性魔法を食らった筈なのに、ラータの放つ瘴気に減退した様子はない。
『邪を払い、魔を滅せよ 聖光!』
青白い光がラータを飲み込むが、ラータは意に介さず鞭を振るう。
『死ネエェ!』
今度はしっかりと見た。空を裂いて迫る鞭をかわす。
死霊術士としては平凡という情報は正しかったようで、大振りで雑な攻撃をかわすのは可能だ。
そして、ラータが身体を大きく動かした時、ボロ切れのような服の奥、胸の辺りに光りがあるのが見えた。
「……成る程。聖属性が効かないのは、取り込んだ魂のせいか」
ハル・ウェルナーは僧侶。その魂から力を吸い上げれば、聖属性魔法を防ぐ障壁を纏う事も出来るわけだ。
『アッヒャヒャヒャ! ソウサ、取リ込ンダ餌ドモノオカゲデ、今ノ俺ハ亡霊ヲ超エテ怨霊トナッタ! モウオ前ヨリ強クナッタゾ、トゥラ!』
「別人だ、ボケてんじゃねえよ」
さて、どうするか。
聖属性魔法が効かないとなると、後は変身スキルを使って同じ怨霊となって殴りあうか? 駄目だろうな、種族が同じでも、あっちは三十年物の怨霊、こっちは基本性能の怨霊だ。勝ち目は薄い。
鞭の攻撃を避けながら、付け入る隙を探る為に荒れ狂うラータを観察していると、胸の中に取り込まれた魂のある事に気付いた。
一番大きなハル・ウェルナーの魂の側に、小さな魂が四つ、まるで隠れるように存在している。
実際、庇っているんだろうな。魂を奪われた連中がまだ生きているのは、ああしてハル・ウェルナーの魂が他の魂を守っていたからなんだろう。
大したもんだ。自力ではどうにも出来ない状況下で、まだ諦めずにいるんだからな。
こうなったら、俺も覚悟を決めるしかない。
奴を倒す事は可能だ。相討ちを覚悟すればな。
『ドウシタンダ、トゥラ! イツモノヨウニ説教デモシテミロヨォォ!』
「だから別人だっていってんだろ」
種族『怨霊 伊織 奏』 職業『死霊術士』
『食らいな、死者の鞭!』
ラータの振り回す鞭に、同じスキルの鞭で迎え撃つ。
威力ではラータの鞭の方が上だが、上手く攻撃を逸らす事で打ち負けずにすんだ。
『ウギィアギャアア! クソクソクソガァ!』
思ったようにいかなくて、興奮したラータが頭を掻き毟りながら、奇声をあげて両手降り下ろした。
『! 二本目だと』
辛うじてかわしていた死者の鞭が、もう一本追加された。二本の鞭が縦横無尽に暴れまわる。
これが力量の差か。最早、猶予は無くなった。
俺は鞭に打たれるダメージを無視して、間合いを詰める。二度三度と打たれても前に出る。
『アッヒャヒャヒャ! オ、オ前ハモウ終ワリダァ!』
鞭の攻撃を掻い潜ってラータの前まで来たが、すでに深刻なダメージで立っていられない。
膝をつき、霊体の身体が崩れかけている俺を見下ろして、ラータの顔が愉悦で歪む。
『誰ダカ知ラネェガ、オ前モ取リ込ンデヤル』
ラータの胸から伸びてきた触手に巻き付かれ、俺の右腕が飲み込まれていく。
『……覚悟はいいか』
『アァ?』
種族『怨霊 伊織 奏』 職業『僧侶』
『邪を払い、魔を滅せよ 聖光』
取り込まれた右手に意識を集中し、ラータの体内で聖属性魔法を放つ。