15 トゥラ・マス
「クエストを引き受けるとして、あまり時間が無いんだよな。ハル・ウェルナーが残した資料とか無いのか?」
「あります。ありますが、ギルド規定により正式な後任者以外には閲覧禁止なんです」
冒険者ギルドに駆け込んできたルウは家に帰した。ルウの話しではハル・ウェルナーがかなり危険な状態らしく、ゼロから眠り病について調べていては間に合わなくなる。なのに、アーリが面倒な事を言い出した。
「ギルド規定とか言ってる場合か? 命が係っているんだろ」
「わかっています。ですので、今から言うのは私の一人言です」
成る程、そういうグレーゾーンでいくわけね。
「眠り病が始まったのは約一ヶ月ほど前、最初の被害者は他の街の冒険者でした。その後、次々と被害者が増えて最後の被害者ハルを含めて八人、その内最初の三人はすでに亡くなっています」
アーリの話しでは、被害者に共通する部分は見当たらないそうだ。年齢も、性別も、普段の行動範囲もバラバラ。最初の被害者に至っては街の外から来てる。
普通の病気ではないというなら、これは呪術士が使う『呪病』とか呪いの類いかも知れない。
「ハルは倒れる寸前にメッセージを残しています。恐らく犯人の見当がついていたのではないかと思います」
それはありがたい。
「アルファベットのZ、数字の2、数字の11、です」
「Z、2、11? 面倒だな。普通に名前を残してくれよ」
「かなり乱れた字でしたから、本当に余裕がなかったんでしょう」
「ふむ……確認するが、最初はアルファベットのZで間違いないんだな? 数字の2ではなく」
ここで間違えていたら笑えない。
だが、アーリはしっかりと頷き。
「間違いありません。Zの真ん中に短い線がありました。あれはハルがZの文字を書くときの特徴なんです」
ならメッセージは、Z、2、11でいいんだろうな。
「ハル・ウェルナーも何とか伝えようとしたんだから、そこまで複雑な暗号ではない筈……この暗号を伝えようとした相手は、冒険者ギルドだよな」
「そうだと思います。自分が倒れた後の事を考えて残したんですから」
だったらギルドの人間だったら気がつく内容なのではないか? ギルドでアルファベットと言えば。
「アーリ、冒険者のランクでZランクなんて無いのか?」
「ありません。ランクは七種類だけです。その内にZは入っていません」
だよな。S、A、B、C……そして最後にF。
……最後? アルファベットの最後が、Z。
難しく考えるな。もっとシンプルに。
「アーリ、ギルドには冒険者リストがあるか?」
「え、えぇ。二階の資料室にあります。たしかハルも調べてはいましたが……」
「そのリストに現役冒険者以外の名前があるか?」
「現役以外? ……ありますね。人物リストの最後にまとめて置いてあります」
やはりそうか。
「アルファベットのZは、終わりって意味だろ。終わり、終わった冒険者」
「成る程! アルファベットが冒険者のランクを表しているなら、Zはランク外、現役を退いた冒険者って意味ですね!」
残りの2と11は、実際に資料を調べてみる事にした。
ギルドの二階、様々な資料が保管されている資料室。
「この棚に冒険者の資料を纏めたファイルが納めてあります。順番にS、A、B、C……端にFランク冒険者の資料があって、その横が追放、死亡などで冒険者登録を抹消された人たちの資料があります」
資料自体は簡素化してあるが、それでも結構な数があるな。一人一枚に纏めてあるが、それでも何冊ものファイルが並んでいる。
「暗号の残りは、この資料の二冊目の十一人目かな」
「え~と、それだとずいぶん古い人になるんですが」
目当ての資料は、数十年前の資料になるようだ。
それでも一応、確認する。
「これですね。名前は、ラータ。職業は死霊術士、最終ランクはD、追放処分の後に死亡しています。追放処分される少し前に所属パーティーも抜けています。パーティーは……え?」
読み上げていたアーリが戸惑いの声をあげた。
「どうした?」
「パーティーメンバーは、魔法使いのメイ・リーブ、剣士のトゥラ・マス、です」
それで? 何か変な所があるか?
よくわかっていない事が伝わったのか、アーリが呆れた様子でこちらを見ている。
「トゥラ・マス、この冒険者ギルドのギルドマスターですよ!」
ああ、あのおっさんか。これは直接話しを聞く必要があるな。
「まさかとは思うが……」
「ギルドマスターを疑っているのならば、それはあり得ません! あの人は多少不器用でも、街の為に、ギルドメンバーの為に力を尽くしてきた人なんです! 間違っても……」
「間違っても……何だって?」
不意に第三者が会話に割り込んできた。
それは、アケルの冒険者ギルドのギルドマスター、トゥラ・マスだった。
「ギルドマスター……」
「おめぇら騒ぎすぎだぞ。あとアーリ、クエスト内容を部外者にべらべらと喋るんじゃねぇ。て言っても、最早おめぇくらいにしか頼めねぇか」
資料室に入ってきたギルドマスターは、椅子に腰かけると静かに話し出した。
「今回の眠り病については、俺の方から聖なる盾のハルに指名依頼を出した。能力や適性を考えて適任だと判断したからだ。そして俺の知る限りの情報も出した」
情報? 成る程、ハル・ウェルナーが短期間で核心的な部分まで調べられたのは、事前にギルドマスターから情報を貰っていたからか。
「その情報ってのは?」
「……この眠り病、三十年前にも起こった事だ。その時の犯人が、俺のかつてのパーティーメンバーのラータっていう死霊術士だったんだ。ラータはその時に死んだから今回の犯人は別だろうが、眠り病解決の手助けになればと思ってハルには伝えていた」
三十年前に死霊術士が眠り病を起こした?
……ああ、そうか。眠り病の原因がわかった。
「死霊術士の仕業なら、魂魄剥離のスキルか。元々は、実体のあるアンデットから魂を引き剥がすスキルだったかな? 普通なら生きた人間には通用しない筈だが」
「そうだ、普通ならな。だが三十年前、ラータはそれを無理矢理やった」
そこからギルドマスターは、三十年前に起こった事を話し始めた。
三十年前、まだギルドマスターが現役の冒険者だった頃に組んでいたパーティーメンバー、メイとラータ。
ギルドマスターとメイは戦闘を得意としていて、いずれは高ランクに上がるのは間違いないと、誰もが思っていた。しかし、ラータは死霊術士としては平凡で、パーティーの中で、実力が一歩も二歩も劣っている事を気にしていたそうだ。ギルドマスターとしては大事な仲間だから、例え戦闘が不得意でもそれ以外の部分で頑張ってくれていれば何も問題ないと思っていたそうだ。
だが、他の人間は違ったらしい。
明らかに能力的に劣るラータを見る目は冷たいものだった。
将来を有望視されているパーティーの中で、その足を引っ張るお荷物。蔑みの意思は、徐々にラータを追い詰めていった。
そんなある日、突然ラータが変わった。
まるで生まれ変わったかのように、戦闘能力が上昇し魔力量が跳ね上がったのだ。
当初は他のメンバーたちもラータの変化を喜んでいたが、強さが増すに従って言動が荒れていくラータに戸惑うようになった。
パーティー崩壊の切っ掛けになったのが、戦闘中に魔法使いのメイがした些細な失敗だった。特に被害が出たわけでもないその失敗に、突如ラータがキレた。メイに罵声を浴びせて、反論したメイに襲いかかったのだ。
これ以上は一緒に居られないと、ラータはパーティーから追放、そのまま冒険者ギルドも追放された。
その直後、アケルの街で眠り病が発生した。原因不明の死病に一時、街中の人が恐れ戦いた。が、この事件はすぐに終わった。
犯人のラータが正気を失い、見境なく人を襲い始めたのだ。すぐさま討伐隊が組まれ、ギルドマスターも参加し、ラータは討たれた。
「トドメを刺したのは、俺だ。その時のラータはすっかり人相が変わっていた。いったいラータに何があったのか、死体を検分してわかった。アイツは、自分の身体を改造して、一部を亡霊に作り替えていやがったんだ」
……随分と思い切った真似をしたもんだ。身体能力や魔力が上昇したのは亡霊の、瘴気を吸収し強化するスキルを利用したんだろうな。でも、瘴気なんて人間が吸収すれば発狂するのは当然だろうに、追い詰められた人間は無茶をするな。