142 迷宮・水の入り口
三台の馬車に三人の勇者候補達がそれぞれ乗車してレーベテットの街を出発した。
「驚いたよなぁ……小太り中年親父からチビガキになるとか。あいつの人生どうなってんだ」
「あれも魔法の副作用らしいけど……時空魔法は制御が難しくて失敗した時の反動が恐ろしいって聞いた事があるわ。特に古代戦争時代は様々な魔法が開発されては消えていった時代で研究が不十分な状態で実戦に用いられた魔法が多いと言われているの、テツヤの魔法もまだ改善しなきゃいけない部分が多そうね。失敗の反動が年齢と性別がおかしくなる程度ならまだ軽い方よ」
「へぇ~、シェリアは詳しいなぁ。そういうのも学園で学ぶのか?」
「そうよ、魔法歴史学については私が在籍していた戦闘学科は研究学科ほど重点的ではなかったけど、この辺は基礎知識として学んだわ。そのうちアオバにも教えてあげるわね」
「やだよ、勉強なんて。俺が勉強しても意味無いだろ」
「何言ってんの。学んだ知識がいつ必要になるかわからないだから、少しずつでも学ぶべきよ……テツヤのケースだって予め古代の逸失魔法の危険性を知っていれば、あんな面倒な事にはならなかったかもしれないんだから」
テツヤの『時空に干渉して同じ自分を増やす魔法』が失敗して、テツヤの姿が別次元の『全く違うテツヤの姿』にしてしまった。魔法の失敗により、小太り中年親父となった自分、少女として生きている自分、それこそ無限に存在する別次元の自分に変身してしまったわけだ。
今はパズルを解くように狂った魔法式を少しずつ改良して、元の自分の姿を取り戻そうとしている途中なんだろう。
「どうも元々の『自分を複数増やす』という魔法は、『別次元の自分になる』という魔法を下地にして開発されているみたい。今でも魔法開発の際に使われる事もある技法だね。一から造り始めるよりも時間を短縮出来るメリットがあるんだけど、上手くいかないと不具合が多発するからあまり良い方法じゃないんだよね」
「そっか……あいつ元に戻れるのかな? 試練は受けるって言ってたけど、魔法スキルはあっても身体能力は子供のままなんだろ? 大丈夫なのかなぁ」
アオバは心配で気になるようだが、あまり人に構ってる場合ではないだろうに。
「アオバ、試練に関してはテツヤ本人が決めた事よ。仲間もいるんだし、これ以上アオバが気にする事じゃないわ。今は自分の事を優先すべきよ」
「うっ……わ、わかってるよ」
レーベテットから少し離れた山頂に目的の迷宮入り口があった。
何かの神殿跡のような遺跡に三台の馬車が停車した。
「ここが迷宮の入り口……?」
「ええ、この先に転送陣があります」
シェリアが先導し、遺跡の中を進んでいくと微かに発光している魔方陣があった。
「ここが迷宮の入り口となる転送陣です。転送先はランダムで飛ばされますから、それぞれのパーティーが別々の位置から探索開始となりますね」
話し合いの結果、テツヤ率いる『エターナル』が一番手で転送陣に入った。
「よし、一番乗りだな。じゃあなお前ら、せいぜい気を……」
パーティーメンバー全員が魔方陣に入るとテツヤが喋っている途中でも転送され、一瞬で姿が消えた。
『では次は俺だな』
次にコウヘイが魔方陣に入り、転送された。
「よ~し、行くぞ!」
気合いを入れたアオバが魔方陣に入り、全員が揃うと一瞬の浮遊感の後、周囲の景色が一変した。
「すっげぇ……」
「綺麗……」
「これは……滝なの?」
俺達が立っている場所をぐるりと囲むように遥か上空から激流が流れ落ちている。周囲三方が大瀑布になっていて、思わず無言になって圧倒されている。
見たこともない景色に気を取られているアオバ達がそのまま歩き出したので事故る前に注意しておこう。
「景色に見惚れて落ちるなよ」
上ばかり見ていたアオバ達が足元に目を向けると自分達の立っている場所が断崖絶壁に突き出た岩場である事に気付た。滝に見惚れて近付こうと歩き出したら、そのまま転落していただろう。
「あっぶねぇ! 何だよ、下が見えねぇじゃんか」
「深いわね……もう迷宮内なんだから気を引き締めないと」
ルリが頬を叩いて気持ちを切り替えて、前方に続く道を進む。
断崖絶壁を離れ、道なりに進んでいると草木が茂り小さな池や水場が点在していた。
「やたらと水場が多いな」
「この迷宮が水属性寄りって事なんじゃねぇの?」
「迷宮の環境はエリアで区切られていて、ここは水属性ですけど他の場所は違うようですよ。資料によると火山地帯や砂漠地帯もあったとか」
迷宮の内が特殊な環境なのは良くある事らしいが複数の異なる環境が存在するというのは珍しいそうだ。
「この迷宮が大きな力を持っている証拠ですね。だから出てくる魔物の力も比例して強力な筈だから、注意してね」
ルリが立ち止まり、素早く防御魔法を唱える。アオバ達が戦闘準備を整えると同時に地を這う大蛇が現れた。
「俺が行く、おっさんは二人を頼むぞ!」
「任せろ」
アオバが大蛇に向かっていき、俺はルリとシェリアを守る位置に着いた。
大蛇の鱗は粘膜に覆われていて、アオバの剣が表面を滑って食い込んでいかない。
「だあぁ! 滑って斬れねぇ!」
「シェリア、砂で粘膜をどうにか出来ないか」
「わかりました『砂礫波』」
シェリアの魔法が起こした砂の波に飲まれた大蛇が苦しみ踠き、抜け出してくると大量の砂に塗れてて動きが鈍くなっていた。
「もぅらったぁ!」
踠く大蛇の頭をアオバが一撃で斬り飛ばした。頭を失っても動いていた胴体も次第に力を失い、完全に倒れた。
「食べられるかな、この蛇」
「毒は無さそうだしイケるっしょ。一部は食料にして魔石を回収するよ」
ルリとシェリアが素材回収している間、アオバと俺で見張りをしているとアオバが斬り飛ばした頭が転がっていった辺りから物音がした。
「アオバ、注意しろ。何かいるぞ」
物音がした辺りに足元の小石を蹴飛ばすと茂みから蛇の頭を咥えた狐が飛び出した。
「アオバ!」
「任せろ!」
飛び出してきた狐をアオバがすれ違いざまに斬り伏せた。
「よっしゃあ! 絶好調!」
僅か数秒の戦闘だが危なげ無く終えられたな。
追加の魔物を解体し、俺達は先に進んだ。