140 三勇者揃う
「どうよ、まだやるか?」
『愚問だな。お前こそ、そんなに調子に乗って負けたら恥をかくぞ』
大猿を失ってもコウヘイに焦りは無い。残った小鬼剛腕拳士にコウヘイが術を掛ける。
『性能強化』
アオバと相対していた小鬼の動きの鋭さが格段に上がり拳打による怒涛の攻めに押されて、思わずたじろぐアオバ。
「ち、ちょちょ、マジか……!」
アオバが狼狽えた隙を突いて小鬼がアオバの懐に入り込み、タックルを仕掛けて押し倒すとすかさず拳を振り下ろし、アオバの顔面を打った。
「はい、まず一本。アオバは残り二本だぞ」
「うるせぇ! わかってらぁ!」
続けて振り下ろされた二撃目を盾で防ぎ、小柄な小鬼の身体を強引に放り投げて脱出した。
放り投げられた小鬼が地面を転がり、体勢を立て直す前にアオバが素早く起き上がり距離を詰める。
片膝をついている小鬼にアオバが剣を振り下ろす。だが刃が小鬼に当たる前にコウヘイの術が発動する。
『定位置交換』
「なにっ!」
小鬼とコウヘイの場所が入れ変わり、小鬼を狙ったアオバの剣は待ち構えていたコウヘイが受け止めた。
そしてアオバの斜め後ろ、コウヘイのいた場所に移動した小鬼が放った飛び蹴りを食らって吹き飛んだ。
「はい、アオバ二本目。残り一本」
「くっそぉ~」
立て続けに二本取られて焦るアオバ。今までだとこういう場面では頭に血が上って雑になっていたが、どうかな?
「負けっかよ!」
起き上がったアオバがコウヘイに向かっていく。剣を振り上げて迫ってくるアオバにコウヘイは動じる事なく冷静に立ち、その後方で小鬼が構えた。
『定位置交換』
「二度も食らうかっ!」
コウヘイが小鬼と入れ変わって後ろに下がり後ろで構えていた小鬼が前に出て正拳突きを繰り出すが、それを予測していたアオバは小鬼の拳を身を捻って躱し、コウヘイに向かって剣を投げた。
『おっ』
小鬼と場所を入れ変えたコウヘイの目の前にアオバが投げた剣が迫る。
反応出来ずにいるコウヘイを守る為に、剣を手放したアオバを無視して小鬼剛腕拳士が飛んでくる剣を叩き落とした。
敵を倒す事よりも主を守る事を優先したのは『上級従魔術』の特性だろうか。だが素手とはいえ敵の前で無防備な姿を晒したのはマズかったな。
アオバ蹴りが小鬼の後頭部に命中した。
「おっしゃあ! 残り、一人!」
『……いや、俺一人では勝ち目が無いな。俺の負けだ』
従魔二体が倒された時点で後衛職のコウヘイではアオバに勝てないからここで素直に敗北を認めるのは仕方ないか。
「なんだよ、最後までやってみなくちゃわかんねぇぞ」
『模擬戦でそこまで意地を張る事も無いだろ……お前の勝ちさ』
「むぅ……じゃあここまでにしとくか」
「あとはテツヤだけか……いつ頃到着すんだあいつ? コウヘイは何か聞いてないの?」
訓練場の特訓を終えて雑談をしていると話題が三人目の勇者候補のイイダ テツヤについてになった。
『さぁな。あの野郎は約束事や決まり事に対した緩い部分があるから心配ではあるが、王国から斡旋されたパーティーメンバーはゴツい戦士系だったから首に縄を掛けてでも連れてくるだろう。案外、すぐ近くまで来てるんじゃないか』
「魔法使い系の勇者なんだっけ、そのテツヤって奴は……アオバやコウヘイと組んで三人で活動するって話しは出なかったのか? 仲は悪くなかったんだろ?」
『仲は悪くなかったが、一緒にいたいかと言うとまた話しが変わって来るのさ。何と言うか……程よく距離を保った方がお互いの為って感じだったよ』
「俺もそう思うなぁ……あいつ、魔法をブッ放すの大好きだったから訓練の時は何度も背中から撃たれたっけ……」
三人目のテツヤって奴、結構ヤバい奴みたいだな。悪気は無いのかもしれないが背中を任せるのに不安がある奴なんて絶対組みたくない。
旅立って数ヶ月、その辺が直ってるといいな。
「あら、誰かしら」
ルリが此方に近付いてくる男の存在に気付いた。言われて俺も視線を向けると、小走りで此方に近付いてくる髭面でお腹が肥えた中年男が満面の笑みで手を振っている。
「……誰か知り合い?」
『いや、知らん』
アオバやコウヘイも知らないようだ。ルリとシェリアにも視線を送るが首を振る。
「おっさんの知り合いじゃねぇの? 同い年くらいじゃん」
アオバがニヤけた顔で冗談を言う。
「何言ってんだ。どう見ても俺より一回り年上だろうが……本当に誰だよ」
髭の中年男が重い身体でようやく此方にやって来た。
「はぁ……はぁ……ちょ、待ってね……」
大した距離でも無いのに息を切らして水筒の水を呷り、一息ついたところで男がにっこり笑って話し掛けてきた。
「待たせて悪かったな。最近膝が悪くてよぉ……走るのが大変で」
何故か知り合いみたいな感じで話し掛けてくるんだが、全員がぽかんとした表情でいると。
「何? どうした」
「どうしたって……あんた、誰?」
代表してアオバが男に質問すると、男は何かに気付き。
「あぁ! そうだったそうだった。最近、ずっとだったから忘れてたわ……俺だよ俺、テツヤだよ!」
男の言葉にアオバとコウヘイが数秒ほどフリーズして、言葉の意味を理解してから絶叫した。
「いや、違うだろ! どうみてもおっさん……って言うかジジィじゃねぇか!」
『お、お前……数ヶ月で何でこんな姿になったんだよ! 別人だろ……ドッキリ? ドッキリなのか?』
慌てふためく二人に男は良い笑顔で肩を叩き。
「正真正銘のイイダ テツヤだよ。ちょっと不摂生で太っちまったけど、お前らの友達のテツヤ本人だよ!」
「嘘だろおおぉ!」