14 私の宝物
ゴランは商業ギルドに行くということで、荷馬車がアケルの街に入る前に降りた。
別れ際、ゴランが。
「イオリさんにわざわざ言う必要はないと思うけど、聖なる盾やタイガース孤児院の子たちを気にかけてやってほしいんだよ。無理のない範囲でいいからさ」
てな事を言い残していきやがった。
別に苦労してるから助けてやろうなんて気持ちはないんだが。寧ろ花売りぼったくり少女に関しては、こっちが良いように転がされた気がする。
そんな事を考えていたら、門を越えた所で花売りぼったくり少女がいるのを見つけてしまった。
向こうもこちらに気づいて近寄ってきた。
「待ってたよ! おじさん」
「ぬぅ。聞いたぞ、この間の栞を随分な値で売ったらしいな」
「ふん、私が仕入れた品を私が幾らで売ろうが、私の勝手でしょ」
勝ち気で、ふてぶてしい。まぁ、その通りではあるが。
持っていた籠をこちらに突きだし。
「また、お願いね。今度は三十本で、大銅貨三枚」
「……断る」
「むぅ、値段交渉ってわけ?」
ゴランにお願いされてはいたが、ここで応じるのは気が進まない。
「別に値段はどうでもいい」
「じゃあ何? ぼったくりが駄目とか、子どもらしくないから駄目とか、つまんない事言うわけ?」
途端に不機嫌になる。今までさんざん言われてきたんだろうな。ゴランの話が本当なら、こいつががめついのは孤児院やシンクたちの為なのか?
「違う。この籠の花だ」
「花?」
一見すると何の変哲もない、ただの花だが。
「全部同じ花じゃないか。いくら珍しい品でも、一種類だけじゃ物足りないだろ。色々な種類から選ぶ方が、物欲を刺激するんじゃないか?」
「あぁ、成る程。たくさん種類があれば好みの花とか見つけられていいかも!」
「あとは……一緒に花言葉を一筆添えるとか」
花言葉という文化がないのか、花売りぼったくり少女が首を捻る。その姿は年相応だ。
「花言葉なんて知らないよ?」
「好き勝手に決めていいんだよ。赤い花なら情熱的な言葉、黄色い花なら明るい言葉、みたいな感じでさ」
少し考え込みながら、頻りに頷いている。
「うん……うん……いける。いけるよ、おじさん!」
パッと弾けるように笑うと、花売りぼったくり少女は籠を持ち上げ。
「それはそれとして、これはお願いね。さっきのアイデアは明日から試すよ。これお代ね、サービスしといたから」
そう言って手渡してきた代金は、大銅貨三枚と銅貨一枚。
渋い。
翌日、クエスト受注の為に冒険者ギルドを訪れると、受け付けカウンターの奥で職員とギルドマスターが揉めていた。どうやら、クエストを出す出さないで揉めているようだ。
「あ、イオリさん。クエストですか?」
「ああ、次の懲罰クエストは何かな」
しかし、カウンターの職員は居心地が悪そうにしながら、後ろの二人に聞こえないように囁いた。
「すみません。今、厄介なクエストがありまして……そのクエストをイオリさんに受けさせるかどうかで揉めているんです……」
厄介なクエスト? 今までだって厄介なクエストだったが、それ以上って事か?
「今までのクエストは、Fランクのイオリさんにある程度合わせた難易度でしたが、このクエストは元々Cランク相当のクエストなんです」
Cランク相当? そんなクエストを回してくんな。
「それは無理が有りすぎだろ。何でFランク冒険者にCランクのクエストをやらせようとすんだよあのギルドマスターは」
俺が懲罰クエストを順調にこなしていくのが不満そうだったギルドマスターも形振りかまわなくなってきた。
「いえ、逆です。ギルドマスターは危険すぎるから別のクエストにしろ、と」
ありゃ、これは意外。あのギルドマスターがねぇ。
てぇ事は、俺に無茶ぶりしてんのはもう一人の方か。
「イオリさんは達成困難なクエストをクリアした実績があります。ですから、手詰まり状態のクエストをお願いしたい所なんですが……」
「もちろん、お断り。命かけてまで仕事をする気は無いんで、他を当たってくれ」
即、断る。金の為に命を危険に晒すのは嫌だし、懲罰クエストなら報酬も激安だろうしな。
「そこを何とか……」
「アーリ! 余計な事をするんじゃねぇ!」
説得を続けようとした職員を、ギルドマスターが一喝する。どうやら話し合いの決着はついたようだ。
「しばらく懲罰クエストは無い。その間は、好きにクエストを選んでいい。以上だ」
それだけ言うと、ギルドマスターは自室へと戻っていった。
好きに選べという事だし、とりあえずクエストボードで探してみるか。
「イオリさん。ちょっと一杯付き合って下さいよ」
ギルドマスターに止められたのに、まだ諦めていない様子のギルド職員のアーリが、食堂のカウンター席を指差して誘ってきた。
うーむ。どう断ろうか。
「悪いが俺は下戸でな。それに、美人と隣り合わせだと緊張してお腹が痛くなってなぁ」
「まぁまぁ、そう言わず。ちょっとだけちょっとだけ」
強引に食堂まで引っ張りこまれ、已む無く話しを聞く事となった。
「今、この街に『眠り病』という奇病が発生しているのをご存知ですか。その病気はある日突然、眠りに落ちて数日の内に死に至るというもので、以前その病気を治す方法を探るために冒険者ギルドに依頼が出され、冒険者パーティー『聖なる盾』が受けたんですが……」
聖なる盾。シンクのパーティーか。
「もしかして、そのパーティーのリーダーは……」
「はい。聖なる盾のリーダー、そして私の友人ハル・ウェルナーもその眠り病にかかってしまいました」
「眠りについてから数日で死に至るって話しだが、まだ生きてるのか?」
たしか数日前にシンクやペレッタに出会った時には、リーダー不在だった。本当ならば、すでに命を落としていてもおかしくない。
「シンク君やペレッタちゃんが、必死に魔法薬を集めて延命処置をしているので、まだ生き延びてはいます。しかし、それもいつまで持つかは……」
アーリがギルド職員としての領分を逸脱して無茶を通そうとするのは、時間が無いからか。
さてどうする? これは普通の病気じゃない。恐らくハル・ウェルナーは原因となる何か、或いは犯人と接触し返り討ちにあったのだろう。下手な行動をとれば俺も二の舞になるだろうしな。
「このクエストはギルドマスターの承認を受けていませんのでギルドから報酬は出ません。でも、私に出来ることならどんな事でも……」
「おっと。俺みたいな奴に、どんな事でもするなんて言ったら大変な事になるぞ」
「うっ……します。しますよ、どんな事でも!」
自棄になってないか?
友人の為にそこまですると言うなら、やってみるか。
「おじさん!」
冒険者ギルドの入り口から花売りぼったくり少女が息を切らして駆け込んできた。
「おじさんは、ペレ姉を助けてくれたよね。お願い! ハル姉も助けて!」
「ルウちゃん、急にどうしたの?」
隣に座るアーリが、慌てた様子の花売りぼったくり少女ルウを宥めようとするがそれで落ち着くわけもなく。
「シン兄の用意する薬でも、もう、駄目だって……お願い! お金、今ある分、全部あげるから」
今にも泣き出しそうな顔で小銭の入った袋を差し出すが、それは受け取らない。クエストの報酬はアーリの『どんな事でも』で十分だからな。
小銭を受け取らないでいると、拒否と思ったのか、さらにポケットから一枚のメダルを取り出した。
「こ、これ、あげる! ハル姉から貰ったタイガースメダル! 良い子にしてたねって褒めてくれた、私の大切な宝物なの!」
ほほう、宝物まで差し出すか。他人にしてみればただのメダルでも、この子にとっては何物にも勝る宝ってわけだ。
宝物まで出されたら、受けるしかないな。
「いいね。命懸けの仕事の報酬として、悪くない」
「イオリさん、引き受けて下さいますか!」
「ああ、二人の報酬と引き換えにクエスト『眠り病からの快復』受けよう」