138 仮面の勇者
三人の勇者候補達が揃うまでの数日間、休息と特訓を繰り返していたある日。
いつものようにレーベテットの冒険者ギルドにやって来ると漆黒のローブにフードを目深に被り顔の見えない者が一人、テーブル席に座っていた。
周囲の反応が不自然なほど無い。この怪しげな姿で一人佇んでいる者に対して、誰も声を掛けようともしないし視線を送る事もしていない。
まるでそこには誰もいないかのように無視している。
「……なぁルリ、そこにいる奴に気付いてるか?」
「え、何? 誰もいないけど……あれ? いつの間に座ってたんだろ」
俺が指摘するとルリは存在を認識出来たようだ。ルリの隣りにいるアオバやシェリアも同様に、俺が教えるまで座っている奴に気付いていなかった。
「あんな怪しげな存在に気付かなかったなんて……」
「隠蔽系のスキルかしら……でも何で街中で?」
ルリとシェリアが警戒している間に、アオバがローブとフードで姿を隠している奴に近付き。
「……お前、もしかして」
アオバが半信半疑ながら何かしら思い当たる事があるのかフードに手を掛けた。不意にフードを脱がされた少年が、慌てて振り返り激しく動揺している。
「な、なな、何で……バ、バレ……なん」
「やっぱ、コウヘイじゃん! 何してんだよ」
コウヘイと呼ばれた少年が周囲の視線から身を隠すように蹲り、またフードを被った。すると俺達以外の離れた所にいる者達はコウヘイに興味を無くしたように勝手気ままに談笑を始めた。
「やっぱり存在感を消す隠蔽系のアイテムか……近くにいて存在に気付いている俺達には効かないが離れた場所にいる連中には再度効果を発揮するんだな」
周囲の反応を見ていたら、いつの間にかコウヘイが冒険者ギルドを出ようとしていた。
「おい、待てよコウヘイ。迷宮の試練を受けに来たんだろ? まずは冒険者ギルドに到着の報告をして残りのテツヤを待たないと駄目だろ」
アオバがこそこそと立ち去ろうとするコウヘイの首根っこを捕まえてギルド内に引き戻した。
「アオバ、知り合いみたいだが……もしかして」
「そう、こいつが俺と同じように召喚された勇者候補のコウヘイだよ。遅かったなコウヘイ、何してたんだよ」
「えへへ……」
親しげに肩を組むアオバとは対照的にコウヘイは顔をひきつらせて脂汗をかいている。
何やら二人の間に認識の差を感じるんだが、大丈夫か?
落ち着かない様子のコウヘイがローブの内から白い仮面を取り出し、顔に着けると。
『やれやれ、相変わらず馴れ馴れしい奴だな。俺は騒がしいのが苦手なんだから気安く声を掛けないでもらいたいもんだな』
仮面を着けるとそれまでの態度が一変し、堂々とした口調でアオバの腕を払った。
『ギルドへの報告なら既に終わらせている。数日前にお前達が街に到着したと聞いたから此処で待ってい……ま、まま待って、と、取らなぃ…」
コウヘイが話している途中でアオバが仮面を取ると途端に弱気になって声がか細くなった。
「うぇ~い、取ってみろよぉ」
「ちょ……返し」
アオバがすっかりイタズラ小僧の顔で仮面をコウヘイの前で左右に振って遊んでいると、後ろからルリが杖でアオバを叩いた。
「やめなさい! 全くもう、それが久しぶりに会った友人にする事なの!?」
ルリはアオバから仮面を取り上げ、コウヘイへと返却した。戻ってきた仮面を慌てて着けるとまたコウヘイの態度が変わり。
『全く、いつまでもガキ臭くて敵わん! そんな事で立派な勇者になれると思っているのか! 王国の期待を……止めろ、此方来るな!』
じわじわと近寄ろうとするアオバをルリが止める。いつまでも言うことを聞かないと特訓量を倍にすると言うと素直に大人しくなった。
「え~と、コウヘイと呼んでいいかな? 俺はイオリ。アオバ達のパーティー『ブルーリーフ』に今回限りで加入した臨時メンバーだ」
『む? お前は……まぁ出自などどうでもいいか。俺の名はウエダ コウヘイ。コウヘイと呼んでくれていい』
「そうか、宜しく。他のメンバーは、後でそれぞれ聞いてくれ。それよりコウヘイに聞きたいんだが……コウヘイのパーティーメンバーはどうした? 姿が見えないようだが、別行動をしているのか?」
アオバも王国が仲介してルリがパーティー加入したと聞く、ならばコウヘイにも同じようにパーティーメンバーが斡旋されたと思うんだがこの場にはコウヘイしかいない。
『奴か……奴はもういない』
遠くを見るようにコウヘイは顔を逸らした。
これは不味い事を聞いてしまったか。危険な冒険をしていれば命を落とす可能性も当然ある。ルリだって何度もアオバの危機に身を挺してきた。コウヘイの仲間も同じように……
『この闇夜のローブと覇気の仮面を手に入れた時に撒いてやった』
「……は?」
撒いてやった? 撒くってどういう事?
『見知らぬ相手とマンツーマンで生活するなど俺には耐え難い苦痛だった……狭いテントで横に気配を感じながらの就寝、移動中の馬車内の重い空気……俺の心はボロボロだ』
こ、こいつ。
『この二つのアイテムを手に入れた時、俺は意を決して奴を街に置き去りにして旅立った。たとえ追い付かれても何度も何度も繰り返し……そしてついに、俺は自由の身となったのだ』
それは愛想を尽かされたと思っていいのかな。
『つい先日、王国から正式にソロ活動を認められて晴れて俺はこの街にやって来た。この街で俺は再スタートを切る!』
「そ、そっか……そういう性格なら仕方ないよな。だが、戦闘面は大丈夫なのか? 一人で戦うのはキツいんじゃないか」
性格の不一致、相性の問題。共同生活が難しいとなればソロ活動もやむ無し、とはいえ単純に手が足りない場面が出てくると思うんだが。
『ふ、問題無い。俺には『上級従魔術』がある。頼りになる仲間は多いのさ』
コウヘイのローブから小さな白鱗の蛇が顔を覗かせた。従魔か、なるほど。
アオバも『剣聖術』を持っているからな、コウヘイの力は『上級従魔術』なんだな。
「アオバにコウヘイ、それから……テツヤだったか」
『うむ。その三人が今回、試練に挑む者達だ。召喚してすぐの基礎訓練では、揃って教官にシゴかれて悲鳴を上げていたなぁ。まともに剣も持てなかったアオバに、魔法一つ使えなかったテツヤ。ふふ、懐かしい』
アオバにおちょくられて喧嘩はしても共に苦労をした者同士、通じあうものがあるんだな。
「どうだい、コウヘイ。この後、一緒に食事でも行かないか? アオバ達のパーティーメンバーと親睦を深める為にもさ」
『見知らぬ相手と食事を共にする……竜に挑むより難儀な事だが……善処しよう!』
これは……どっちだ?