135 目下の課題
翌日、早めに目が覚めて静かな街中に出ると深呼吸をして日が昇る前の冷たい空気を吸い身体を解す。
「お早うさん。随分と早いな、まだ飯まで時間があるぞ」
水汲みをしていたダッドと挨拶を交わす。
「ちょいと身体を動かしたいんだが適当な場所がないかな」
「そうだな。近くで言うならすぐそこの川岸が広いな……あとはちと遠いが冒険者ギルドの訓練場かな」
本格的な修練なら冒険者ギルドへ向かう所だが、身体を動かす程度なら川岸でいいな。
ダッドが教えてくれた街中を流れる川の岸辺に向かった。
この川は水質が高く水量も豊富で、街の用水として非常に多くの人々が利用していて、朝早くに訪れてもすでに水汲みや魚釣りの姿がちらほらと見受けられた。
邪魔をしちゃ悪いので人のいない場所を探して移動すると丁度良い場所があった。
足元に大きめ石が転がり、周りに人もいない。
種族『人間 伊織 奏』 『』
職業『格闘家』 『暗殺者』
石の上に片足立ちをしてゆっくりと攻撃の型を繰り出す。不安定な石の上でバランスを崩さずに数分間、蹴り、突き、防御の型を繰り返して身体が本調子になってきたら今度は剣を抜き、ハンカチを宙に舞わせて素早く叩く。
二度と三度、ひらひらと舞うハンカチを叩く。
勿論、剣の峰ではなく刃でハンカチを叩いている。俺の悪魔剣パルスは何度も強化を繰り返し、その攻撃力はそこらの石容易く両断出来る程の切れ味がある。
だから、ただの布切れを斬らずに叩くのはそれなり集中力がいる技なんだ。
剣を収め、ハンカチを見る。
「う~ん……ちょっと布地が傷んだ……かな?」
及第点くらいかな。まだまだ精進か必要だ。
身体能力はかなり上昇しているが技術面が追い付いていないし、精神面の修行なんてしたことがない。どうやればいいんだろう?
何事も『心・技・体』が大切だといわれるが、今の俺はそのバランスが大きく崩れていると思う。
「ふぅ……どうしたもんか。座禅でもしてみるか?」
朝の訓練を切り上げて戻ろうかと思っていたら、アオバが剣を持って駆け寄ってきた。
「お~い。おっさんも朝練か? 俺も混ぜてくれよ」
「俺は終わった所なんだが……まぁいいか、少しだけ付き合ってやるよ」
「よし、そんじゃ向こうでやろうぜ」
アオバは開けた場所に移動しようとしたが、それを止めてこの場で行なう事にした。
「アオバ、折角の訓練なんだ。どうせなら厳しい所でやろう」
「ここでかぁ? まぁいいけど……転びそうだな」
俺とアオバが鞘付きのままで剣を構え、訓練を開始する。
「おりゃ!」
アオバが斬り込んでくるがいつもの勢いの良さがなく精彩に欠いている。どうやら足場の
が気になって集中出来ていないようだ。
「どうした? いつもはこんなもんじゃ無いだろ、もっと打ち込んで来い!」
「だってよぉ……足元が気になって」
「足元をチラチラ見てんじゃないっ! もっと感覚を研ぎ澄まして周囲の状況を把握しろ! 目で見るだけじゃなく五感を使うんだ!」
アオバは攻撃力、攻撃技に傾倒し過ぎていて他の技術を疎かにしている。その所為で不利な状況になると力任せに状況を変えようと無茶をしてしまう。オマケにあまり効果が無い。
「くそ、当たりさえすれば!」
「甘いっ!」
足場の悪さに適応出来ず適切な距離を取らずに強引に攻めてきたが、力が乗っていない緩い攻撃となり、容易く反撃出来た。
俺はアオバの手首を掴み、足払いを掛けた。バランスの崩れたアオバが半回転して石の転がる地面に倒れた。
「痛ってえぇ!」
「はい、終了。相変わらず攻め一辺倒だな……今回のパーティーじゃ俺はサポート役に徹するから、前衛の攻撃役であるお前があっさり負けたらその時点で撤退しなきゃならんかもな」
「わかってるよ……痛てて」
歯を食い縛り、身体の痛みを堪えながらアオバが立ち上がる。
ピナリーとの約束で『ブルーリーフ』に臨時加入したが、あくまでも主役はアオバ達三人だ。迷宮で三人が戦闘不能、もっと言えばアオバが力尽きた時点で何人残っていても撤退するつもりだ。アオバが聖武具を手に入れる為の試練なのだからアオバ以外が残っても仕方ない。
事前にアオバ達にもその旨は伝えてあるので何としてもアオバを生き残らせないといけないんだが。
「どうする? もう一戦やるか?」
「いや、いい……痛たた、ルリに治してもらう」
アオバに肩を貸して宿屋に戻る。アオバは自身が持つ『剣聖術』スキルをまだ十分には活用出来ていないようだ。
もしかしたら試練をクリア出来ずに撤退する事になるかもしれないな。まぁ誰かが命を落とす結果になるよりかはマシだろう。
宿屋に戻るとアオバは寝起きのルリに治癒魔法を掛けてもらい、アオバ、ルリ、シェリアが席に着くとダッドと俺が朝食をテーブルへ運んだ。
「何でも『サンドイッチ』なる料理があるそうだな。パンに具材を挟んだ料理だとか……見様見真似で作ってみたぞ」
ダッドの挑戦した『サンドイッチ』は中々面白い。固いパンをカリッと焼いて中に燻製肉と野菜を挟んだ物で、どちらかと言うとバーガーに近い物になった。
「寝起きで食べるにはちょっとヘビィかも……」
「ルリ、此方の野菜だけのヤツなら美味しいよ」
「うん、旨い! 運動した後は特にうめぇ」
アオバ達の感想をダッドはふむふむと聞きながら、メモしている。ついでに調味料での味付けも助言しておこう。
「一応、ソースを使ってはいるが……もう少しさっぱりした味にしたいな」
試行錯誤してそのうち新しい物が出来そうだ。
「今日はこの後、どうする? 俺は商業ギルドに行く予定日だが」
「連携確認で簡単なクエストを受けようと思います。アオバとルリもそれで良い?」
シェリアの問いにパンを頬張っていたアオバとルリも頷いた。
レーベテットに辿り着くまでに何度か戦闘を行ったが、あまり訓練になるような魔物が現れず俺と『ブルーリーフ』の連携が上手く取れるか心配なんだよな。迷宮に出発するまでにどれだけスムーズにこなせるようになるだろうか。