134 チョコレートアイス
アオバの挙げた食べたい物リストに出来るだけ詳細な情報を書き加えて数十枚のレシピ表にして、一応纏めてみたが全てが役立つわけでもない。
現代日本なら難なく手に入れられる材料であっても、此方では流通していない品も多い。それに予算の関係で実現不可能な物もある。
低予算で材料を揃えられたとしてもあまり手の掛かる凝った物も難しい。『満天の宙』はダッドの他に従業員は一人しかいない。通常営業時には宿屋と食堂の二つを切り盛りしなくてはいけない為、営業中に一から作るやり方は負担が大き過ぎる。なるべく営業時間外で調理して作り置き出来る物が望ましいか。
そうなるとリストの中で条件に合いそうな料理ってあるかな。
レーベテットの街で材料が揃い、低価格で提供出来て、作り置き出来る料理。
「なぁなぁ、ラーメンとかどうかな?」
「駄目に決まってんだろ。どんだけ手間暇掛かかると思ってんだ。そもそも材料費の上限超えてるから無理だ」
自分が食いたいだけのアオバが適当な事を言ってくる。
「それじゃ此方の唐揚げって料理は? 鶏肉を油で揚げた料理って書いてあるからイケるんじゃない?」
ルリが興味を持った唐揚げのレシピ表を推してきた。油を大量に使うので予算面でどうだろうかと思うが、その辺はダッドの工夫次第か。
ただ再現はそう難しく無いので、早々に他所で真似される可能性がある。そうなると客足を取り戻す前に競争に負けそうだ。
「甘味はどうですか? 私、食べてみたいです」
甘味か。アイスなら保存方法さえ用意出来れば営業中は盛り付けするだけで済むか。作り方はシンプルだからこれも真似され……いや、待てよ。
「チョコレートを使ったアイスならそう簡単には真似されないか」
俺は格安で手に入れる方法があるが、他の者がエルフの国からチョコレートを輸入するとなると時間も費用が掛かり過ぎて採算が取れないんじゃないかな。いくら珍しい料理と言っても銀貨数十枚の値段で提供するわけにもいかないだろう。
他所がチョコレート抜きでアイスを真似して作っても、此処がチョコレートアイスや他のフレーバーを売り出せば十分に儲けられるんじゃなかろうか?
「ダッド、この材料を集められるか?」
「どれ……ミルク、砂糖、卵か。どれも市場で買えるな、ちょっと行ってくる」
アイス作りに必要な材料を買って来てもらっている間に、俺はシェリアの手を借りて必要な道具を用意しよう。
鍛冶士と魔法使いの職業スキルで金属製のボウル二つを溶接し内側が空洞の玉にして、鍛冶士スキルで一部を変形させて取り外しの出来る蓋を造る。
「シェリア、凍結の魔方陣は書けたか?」
「ちょっと待ってね……ここを、こうして……うん。これで良いと思う」
シェリアの書いた魔方陣をボウルに転写し、試しに魔力を込めてみる。
魔方陣を発動させてしばらくするとボウルの外側に少しだけ霜が付き、指で触れるとかなり冷えていた。
「……お? 冷たい冷たい。上手く作動してるな。じゃあ次は回転輪を二つだ」
大きさの異なる二つのリングを用意してシェリアにリングが回転する魔法式をリングに刻んでいく。魔方陣同様に魔力を込める事で一つの単純な動作だけを魔力が尽きるまで繰り返すようにしてある。
まず金属製の玉を一番小さなリングの中に通して中央で溶接してくっつける。これで一番目のリングと溶接した玉が一緒に回転する。
次に二番目のリングの中に一番目のリングを交差するように通し、空間魔法を使ってリングの内側を二番目のリングが回転する方向に回るよう調整する。これで一番目のリングの動きを邪魔しないように二番目のリングが回り、中央の玉の中身が上手くシェイクされるようになると思う。
ダッドが市場から帰って来たので早速試作してみよう。
「それじゃあアイスを作ってみるか。え~と、確か最初に……卵を黄身と卵白に分けて……」
うろ覚えの知識で色々な作り方を試していき、何度目かの失敗を繰り返した後にようやく知っているアイスに近い物が出来上がった。
基本となるアイスが出来上がったら、次は他の味を作っていく。
「手持ちのチョコレートを少量、湯煎で溶かして材料と混ぜてみよう。その次は果物の果汁を混ぜてみるか」
テーブルの上に次々と試作のアイスが並んでいく。
「あれ、バニラ味は無いの?」
アオバの好みはバニラ味か。しかし残念な事にバニラエッセンスが無いのだ。
「今は他の味で我慢しな。他の人は気に入った味があったかい」
試食係に回ったルリとシェリアとカルレーヌが試作品を一口食べては、首を捻ったり頷いたりしながら味わっている。甘さ控えめなチョコレートアイスは中々の人気で、レモン果汁のアイスもさっぱりしていて悪く無い。ノーマルのミルクアイスはちょっと不評か。その他、香草の粉末を試してみたりした。
おおよその味見が終わり、温かいお茶で一休みして味の感想とレシピ、それから他の料理のレシピ表も一緒にダッドに差し出した。
「味の研究は引き続きダッドに任せるよ。他のレシピ表も渡すから頑張ってくれ」
だがダッドは受け取らず、ちょっと困った顔で答えた。
「それはありがたいが……さすがにレシピ表は貰えんよ。このアイスを教えて貰っただけで十分だ」
「そうか? そう詳しく書いてあるわけじゃないんだがな……まぁ料理人にとってレシピは軽々しく扱える物ではないか」
素人の俺にはよくわからんが、料理人にとってレシピは宝であり、努力の証であり、誇りってわけか。何の苦労もなく答えを知るより、創意工夫をして辿り着く方が遣り甲斐があるのかもな。
詳しいレシピは教えていないが幾つかの料理について簡単に説明はしたので、俺達が滞在中は試しに作ってみてくれるそうだ。
「今後チョコレートを仕入れるにはアケルの商業ギルドを通して『聖なる盾』に注文してくれ。この街の商業ギルドにも宣伝用に少量卸すつもりだけど、結構好みが分かれる品だから上手く捌けるか分からないだよ。ここの料理が流行ってくれればその分うちも儲かるからな。よろしく頼むよ」
「ははは、そうか。それじゃ気合いを入れて改良していくとするか。もっと完成度を高めて営業再開した時には行列を作るくらいにしてみせる!」