133 名物料理
「実は休業中の宿屋店主は私の知り合いでな。そこの宿屋でちょっとした問題があって、その解決に協力して欲しいんだよ」
「魔物との戦闘ならともかく、俺達は街中の商売に関して大した事は出来ないぜ?」
街中での問題を解決するのに戦闘職の冒険者が役に立てるのかねぇ?
「アケルのマスターからの紹介状には数々の懲罰クエストをクリアした経験を持ち、様々な手札を持つ者がいると書いてあった。ギルドマスターが書く紹介状なら不確かな情報では無いと思うが?」
アオバ、ルリ、シェリアの視線が一斉に俺に向けられる。懲罰クエストに関しては初耳だったのかもしれない。視線が痛い。
懲罰クエストを受けるような冒険者といえば、普通は相当に素行の悪い冒険者ぐらいだろう。普段の俺しか知らないこいつらが驚くのも無理は無い。
最近はあまり問題行動は取らなくなり、冒険者ギルドでもそこそこ評判が良く、早々にCランクに上がったもんな。
「私の口添えがあれば無理を聞いて空室を利用するくらいは可能だろう。解決出来なくても問題にはしないし、解決出来たなら追加で報酬も用意する。やるだけやってみてくれないか?」
デメリットは無しか。どうせ他のパーティーが揃うまで街で待たされる身だし、やってみても良いと思う。
アオバ達にも提案すると同意してもらえたので、改めてカルレーヌから話しを聞いた。
「この街には四軒の宿屋があってな。二軒は金持ち相手の高級宿屋、一軒は最低限の設備を整えただけの言ってみれば懐に優しい宿屋、そして休業中の宿屋。この四軒だ」
レーベテットの街にある四軒の宿屋。高級宿は大通り近くで比較的治安の良い場所にあり、残りの二軒は大通りから外れた下町のような場所にある。必ずしも治安が良いとは言えない場所だ。
「これまではそれぞれ客層が違う為、住み分けが出来ていたんだが数年前に高級宿屋『金色の海原』が敷地を拡げて建物を増築し、新たな客層を取り込み始めたんだ」
「ふむ。つまり、これまでの金持ち層だけでなく、一般客も利用出来るプランを出してきたわけか」
「その通り。その結果『金色の海原』はレーベテットで一番の宿屋となり、その煽りを受けたのがお前達に力を貸して欲しい宿屋『満天の宙』だ」
『金色の海原』の店主は中々の商売上手のようだな。それなりに工夫をして店としてのグレードを落とさずに上手く一般客を取り込んだわけだ。お陰で『満天の宙』の客がそっちに流れてしまったが、それは仕方ない事だよな。
選ぶのは客だ。同じ価格帯なら治安の良し悪しが宿選びの大きな要因となる。旅をしていて荷物が盗まれる、暴漢に襲われるというのは避けたいものだろう。
「『満天の宙』の店主も色々と考えて部屋の改装をする為に休業しているが、それだけで客足が戻るとは思えん。そこでお前達に考えて欲しいのは遠退いた利用客を取り戻し方法だ」
う~ん……集客方法か。パッと思い付くモノもあるが取り敢えず『満天の宙』の店主と話してみないと何とも言えないな。というわけでカルレーヌにその宿屋へ案内してもらう事となった。
レーベテットの大通りから小路に入り、小さな店が連なる商店街や民家の脇を抜けて目的の宿屋『満天の宙』へとやってきた。
建物の中から小鎚と鋸の音が聞こえてくる。
「さて、ここだ……ダッドッ! ダッド、いるかい!」
カルレーヌが無人の宿屋に入り、誰かを大声で呼ぶと一階の食堂の奥から大柄の中年男性が現れた。
筋骨粒々で豊かな口髭を貯えた男は一見すると商売人とは思えない程体格が良く、眼光の鋭さは戦士のようだ。
ただ着ている可愛いデザインのエプロンがひどくミスマッチだ。
「何か用か、カルレーヌ? 今、手が外せないんだが」
「悪いね、前に話したろ? 勇者候補パーティーを泊めてやってくれないかい」
カルレーヌとダッドが話している間、奥の方から微かに煮込み料理の匂いが漂ってくる。
「使える部屋はまだ二つしか無いぞ。他の部屋は改装中だ」
「それで構わんさ。使わせてやっとくれ」
ダッドが二つの鍵を投げて寄越した。
鍵を受け取り二階に上がると男女に分かれてそれぞれの部屋に入る。
「おっ? 二段ベッドじゃん! 俺、上の段!」
「好きにしな」
部屋に荷物を置き、再び一階の食堂へ降りるとカルレーヌが皿に盛られたシチューを味見していた。
「……う~ん」
「そのシチューがどうかしたのか?」
営業していない閑散とした食堂のテーブルに着くとダッドが俺達にもシチューを振る舞ってくれた。
「へへ、腹減ってたんだよな。いっただきま~す」
「いただきます」
「……んん」
アオバ達がシチューを頬張るとすぐに顔が曇った。続いて俺もシチューを口にする。
口に入れた肉が固い、酸味が強くあまり出汁の旨味を感じない。あと、臭い。
「あまり旨くは無いだろ」
作った本人のダッドが仏頂面でそんな事を言う。
「ダッドの料理の腕は悪く無いが、それでも材料の質はどうにも出来ないからねぇ」
「カルレーヌから話しは聞いた。色々と協力してくれるそうだが、あまり気にせんでくれ。何か名物になるような物をと考えてはいるが、そう簡単にはいかないからな。君達は君達の本来の仕事に専念してくれ」
カルレーヌにしろダッドにしろ駄目で元々といった感じなんだろう。
香辛料やワインで臭みを消そうとはしているようだが肉の固さと臭みはしつこく残り、隠し切れていない。何の肉だ、これ?
人々の気を引く料理と言えば、やはり肉料理。限られた予算で用意するとなると質の低下は避けられんなぁ。
「……アオバ、好きな料理は何だった?」
あまり食が進んでいないアオバに尋ねてみた。いきなり解決策が浮かぶとは思わないが取り敢えず色々考えてみよう。
「好きな料理? う~ん、ラーメン、焼き肉、唐揚げ、ハンバーグ、ポテトチップス、ピザ、肉まん、カレー、コーラ、アイス、トンカツ、海鮮丼にぃ……」
次から次へと出てくるなぁ。紙に書き出していくとルリとシェリアが聞きなれない料理名に興味が惹かれたのか紙に書かれた料理名をジッと見詰めていた。
再現可能かどうかは置いといて、まずは知り得る限りの情報を提示して後はダッドに任せようかな。先入観が無い者なら案外、何かを閃く可能性もある。
「……ホットドッグ、海老フライ、牛丼、チョコレート、ドーナツ、フライドチキン、たこ焼き、ハンバーガー……」
止まんねぇな、こいつ。