132 レーベテットの街
「つ、い、にぃ……来たあぁ! 俺の勇者への道が始まるぜぇ!」
「元気だな、アオバは」
狭い馬車の中で新装備の竜の胸当てを着けたアオバがハシャいでいる。
「もう、うっさいなぁ……少しは静かにしてよ、ガキなんだから」
「まぁまぁ、アオバにとって特別な事なんだし仕方ないよ、ルリ。少しは大目に見ようよ」
帳簿を開いて頭を悩ませているルリが苦い顔で能天気にハシャぐアオバに文句を言っている。ルリとシェリアの手には揃いの竜の杖がある。
竜の胸当て三つと杖二本の加工費が『ブルーリーフ』の活動費を相当に圧迫しているようで、ここ最近ルリの頭痛の種になっているようだ。
「何とか試練をクリアしてアオバが正式に勇者として認められれば国からの褒賞で借金をチャラに……」
ブツブツと呟きながら帳簿の数字を睨んでいる。
アケルの街を出発した俺と『ブルーリーフ』の三人は他の勇者候補と合流すべくアーク王国北部を目指していた。
勇者に聖武具を授ける特殊迷宮は勇者召喚陣と共にアーク王国に古くから伝わる場所でそれらを守っていく事がアーク王国の重要な勤めであると同時に誇りなのだそうだ。
ロゼス王国が執拗にアーク王国に侵略の手を伸ばすのも勇者召喚陣と特殊迷宮を手に入れたいという目論見もあるのかもしれない。
「目的地の迷宮近くの街って、何と言う街だっけ?」
迷宮に一番近い街で他の勇者候補パーティーの到着を待ち、全員が揃ったら迷宮に挑戦するという段取りになっている。
街に到着するのは俺達のパーティーが一番乗りになるだろうという事なので、暇な時間にその街の商業ギルドに顔を出してコーヒー豆とチョコレートのサンプルを渡し、営業を掛けようと思っている。
実際の売買はアケルの商業ギルドに任せる事になるだろうが、直接品物を紹介して流通先を開拓するつもりだ。
「最寄りの街はレーベテットですよ。学園で実習があった時に来た事があります」
シェリアは一度、その街に訪れた事があるらしい。シェリアが技術を学んでいた学園では学習の一環として、色々な街に訪れて歴史ある建造物を見学したり魔物との実戦経験を積んだりするらしい。これから俺達が向かうレーベテットの街も、神々が造った特殊迷宮を見学する為に訪れたそうだ。
「当時は中には入れず、外からちょっと見学するだけでしたけどね……まさか、こうして自分が迷宮に入れる日が来るなんて……」
その特殊迷宮は他の迷宮以上に管理が厳しく、入れるのは勇者パーティーだけ。しかも国が許可した時期だけだという。
「歴史書や迷宮資料によればその特殊迷宮は侵入者に試練を与え、見事勝利した者には伝説級の武具を授けてくれる迷宮で、過去には勇者と偽って入り込んだ不届き者がいたそうですがそういった不届き者は誰一人生きて帰っては来なかったそうです」
シェリアは何度も読み返したのであろう書物の記録を得意気に語った。
「魔族との戦争が激化した時代の話しですね。神に選ばれた勇者だけでは戦力として足りず、国王に選ばれた強者に勇者の称号を与えて迷宮に送り込んだという過去があったらしいです」
試練をクリアすれば強力な武具が手に入るのなら万に一つの可能性に賭けて、無謀な挑戦をしていた時代があったわけだ。
「魔族との戦争が終結して数十年。勇者の数は少なくなり迷宮に挑戦する者も減った近年では私達は久しぶりの挑戦者となりますね」
アオバではないが、そんな迷宮に挑戦出来るとなると俺も少し胸が高鳴る気分だ。
馬車を走らせて数日、遂にレーベテットの街に入った。
街の造りとしてはアケルとそう違いは無い。
まずは街の冒険者ギルドに赴き、到着の知らせと宿の手配をしよう。
ギルドの職員にアケルのギルドマスターからの紹介状を渡して便宜を図ってもらう。
「少々、お持ち下さい」
職員が紹介状を持って奥に引っ込んでいき。数分後、義足の中年女性が現れた。
どうやら彼女がこの冒険者ギルドのマスターのようだ。
「あんたらが例の迷宮に挑む勇者パーティーかい……ふ~ん」
出会って早々、不躾な視線でジロジロと見てくる。
「竜素材の防具に杖……肝心の勇者はそっちの坊やかい」
「坊やじゃねぇよ、ババァ! 俺の名前はアオバ! 歴とした勇者だぜ!」
「こら、アオバ! 口の利き方に注意しなさいっていつも言ってるでしょ。すみません、まだまだ未熟なもので……こいつがアオバ、私はルリ、それからシェリアとイオリです」
アオバの言葉に気を悪くしたかと思ったが、ギルドマスターは高らかに笑い。
「構わん構わん。冒険者なんて大半はそんなもんだ。此方こそ、失礼したな。私はこのレーベテットの冒険者ギルドのマスター、カルレーヌだ」
「よろしく、カルレーヌさん。紹介状に書いてあったと思うけど、街の宿屋を手配して欲しいんだけど頼めるかな? 俺達、野宿続きだったから疲れてんだよね」
ようやく街の宿屋で休めるぞと思い、早速宿屋の手配を頼んでみたが。
「その事なんだが、この街には宿屋が四軒あるんだが高級宿の二軒はともに満室で、普通の宿屋の一軒は休業中、もう一軒は信用の観点から他所さんにはあまりお勧め出来ない宿だ」
なんてこったい。この街、割りと人気のある街なのか人の出入りが多いようだ。
「う~ん、何とかなんない? 最悪、ギルドの休憩室とかでもいいからさ」
アケルの冒険者ギルドには仮眠を取れる休憩室がある。多分、レーベテットの冒険者ギルドにもある筈だが。
「うむ、これは提案なんだが一つ依頼を受けてはくれんかな? その報酬として休業中の宿屋に泊まれるように取り計らう。どうだ?」